瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
今朝のウェブニュースより
庶民の生活とかけ離れた体質 愛想が尽きました杉本和巳 5日離党する民主議員の言い分 ―― ついに単独過半数割れまでマジック5――。民主党の杉本和巳衆院議員(52・愛知10区)が、5日離党届を提出した。みんなの党に移る意向だ。離党直前に日刊ゲンダイ本紙に語った野田民主党への決別宣言。/「7月19日、野田首相が参院の委員会に出席する前に会いに行き、手紙を渡しました。福島の教訓を生かすためにも『脱原発』を強力に推進して欲しい、といった内容でした。すると、当日の夜に総理から直接携帯電話に連絡があり、総理は『原発はゼロしかない』と、ハッキリ言ったのです。ところが結局、脱原発は曖昧になった。野田首相は『原発ゼロ』を決められなかった。野田さんがやっているのは、足して2で割る『利害調整の政治』。ドイツやスイスが脱原発を決めているのに、なぜ我が国はできないのか。経団連の意向や原子力ムラの言い分を聞いていては、決断できないのです」/野田を筆頭に松下政経塾のメンメンは、雄弁に語っても実行力がない。社会経験不足で現場感覚がない。エリート意識が強く、庶民感覚がない。そう批判されることが多い。
<身を削る革命を訴えても「余計なこと言うな」>
「ある政治アナリストが政経塾出身の政治家について『出たがり、目立ちたがり、しゃべりたがり』と言っていましたが、うなずけるところもありますね。3・11の大震災で日本人の意識が変わり始めている時だからこそ改革が必要。しかし、第三極を除く既成政党は変わろうとしていない。代議士会で、『議員報酬削減など身を削る改革をすべき』『政党助成金を被災地に寄付しよう』と言っても誰も賛同しないどころか、終了後に『余計なことを言うな』とブーイングを浴びせる先輩議員が結構います。庶民の政治とかけ離れた体質。これも民主党を離れる理由です」/これで民主党は、衆院であと5人離党すれば単独過半数割れ。/くすぶる離党予備軍に杉本和巳氏は、こう言った。/「離党を口にすると『対立候補を立てられたくないだろう』という脅しがくる。しかし、政治は行動力、有言実行。(離党予備軍の)みなさんも動くと確信しています」 〔日刊ゲンダイ 2012年10月5日 掲載〕
一昨日は、Andersenをアンデルセンという奇妙奇天烈な呼び方をする日本語が定着してしまったたことを述べたが、このような綴り字発音は、外国語を取り入れる際だけでなく、受け入れてから後の仮名書きにまどわされて起こる場合もある。
Kamchatka〔カムチャッカ、ロシア語〕これは本来はカムチャツカとあるべきところを、「ツ」を詰まる音を表す文字と勘違いしてカムチャッカになったものだという。Vodka(ウォツカ)が「ウォッカ」となったのと似たり寄ったりである。
fan〔ファン、特定の対象に対する応援者、愛好者)が「フアン」と言われたり、film(フィルム)が「フイルム」と発音されるのはア、イの読み違いから生じた誤りである。Filmなどはむしろフイルムのほうが普通になっている。フランス語のcafé(カフェー)から入ったカフェー〔コーヒーのこと〕とカフェー〔女給のいる酒場風の飲食店〕となると、「エ」一つの読み方で違った内容をさすことになる。
また、Browning〔ブラウニング、銃〕がブローニング〔銃〕となり、alcohol〔アルコホル、オランダ語〕がアルコールとなり、Europa〔エウロパ、ポルトガル語、オランダ語〕がヨーロッパとなったのは、歴史的仮名遣いの読み方からきた間違いである。
古くは外来語を漢字で表したために、その漢字の誤りから生ずるずれもあった。駝鳥のことを江戸時代には「ホーゴロー」と言ったそうだが、駝鳥の原語はオランダ語のstruisvogel〔ストライスフォーヘル〕といった。当時この言葉を取り入れるに当たって、「鳥」の意味のフォーヘルだけを取り上げて(ホウゴ《-》ル)としたのだが、これに人名のような「鳳五郎」と言う漢字が当てられた。この漢字から「ホーゴロー」というのが一般化したという。
かなり以前には外国人の発音を耳にしたとき、聞き取りにくい音を落とすと言うことが間々あったようだ。abóbora〔ボーブラ、ポルトガル語で南瓜〕やamerican〔メリケン、アメリカの・アメリカ人〕のように、単語の初めの強勢のない母音が落ちた例があるが、cement(セメン)、concrete(コンクリ)、platenum(プラチナ)、lemonade(ラムネ)、handderchief(ハンカチ)、cold meet(コール・ミート) などのように、語尾子音の取れたものは特に多い。外国語に慣れていなかったため、聞き落としたものであろう。
同じ語尾子音の脱落でもiced tea(アイス・ティー)やfour balls(フォア・ボール)となると少々事情が異なる。この場合にも取り入れた当時の日本人が語尾子音を聞き落としたのかもしれないし、あるいはまた、アイスト・ティーとかフォア・ボールズとは言いにくいために、アイス・ティー、フォア・ボールという形にしてしまったのかもしれない。しかし、アイス・ティーの場合には分詞形容詞語尾の-ed を落としてしまっているのだし、フォア・ボールの場合には複数語尾の-s を省いてしまっている。だから問題は発音上の上だけのことではなく文法面にまで及ぶことになるのである。アイス・ティー式に –ed の欠落した例には他にもCorned beef(コーン・ビーフ)、salaried man(サラリー・マン)、condensed milk(コンデンス・ミルク)などかなりあるし、原語の複数語尾sの欠落した例も、stockings(ストッキング)、slippers(スリッパ)、golf links(ゴルフ・リンク)などざらに見られる。この他文法面にまたがる音の脱落としては、frying pan(フライ・パン)やsocial dancing(ソーシャル・ダンス)などに見られる動名詞-ingの脱落や、野球のfelder's choice(フィルダー・チョイス)のような続各語尾 's の脱落などが見られる。
原語があまりに長いと略されてしまうことが間々ある。日本人の家庭でも朝食の定番料理となっている「ハムエッグ」は英語では ham and eggs という。この場合は間のandと単語を落とし、さらに複数語尾のsも捨てたことになる。これを原語のまま「ハム アンド エッグズ」と言ったら、実に長ったらしいではないか。それに口調も悪いし「ハムエッグ」にしてしまえ という心理も働いて、手っ取り早く言い易い形になったのかもしれない。いずれにせよ長ったらしくて発音しにくい言葉にぶつかると、短く切り詰めて言い易くする例は外来語にはかなり多い。これは長々とした複合語や熟語ばかりでなく、普段よく使われる4音節ぐらいの短い単語であっても、さらに調子よく口を突いて出るようにもっと短く切り詰められることもしばしばある。Cutlet(カツレツ)が、しっぽを切り取られてカツとなり、bifteck〔ビフテキ、フランス語〕が頭をちょん切られてテキになる。まあ、日本語でも労組・早大のような略語が用いられているから驚くには当たらないが、外来語でも Central League〔セントラル リーグ〕→ セ、Pacific League(パシフィック リーグ)→ パ、demonstration(デモンストレーション)→ デモ、Building(ビルディング)→ ビル、chocolate(チョコレート)→ チョコ、toilet(トイレト)→ トイレ、inflation(インフレーション)→ インフレ などと後の部分を略した形もあれば、flannel〔フランネルネル、オランダ語〕→ ネル、cosmetic(コスメティック)→ チック、platform(プラットホームホーム)→ ホーム、Arbeit(アルバイト)→ バイト のように前の部分を省いた略語もある。その他にも、staple fibre(ステープル ファイバー)→ スフ、general strike(ゼネラル ストライキ)→ ゼネスト、patrol car (パトロールカー)→ パトカー のような略し方もある。勿論、これらは省略形以外に、インフレならインフレーション、ホームならプラットホームという全うな形も使われている。いったいにslang(スラング)や隠語にはGeld(ゲルト)→ ゲル〔金銭〕や,sister(シスター)→ シス〔同性愛の愛人〕、address(アドレス)→ アド〔隠れ家〕のような略語が多い。
外来語は原語に比べて音節数がずっと多くなる。それだけにこういった略語がどんどん必要なのだろうが、そうなると短い音節の言葉、ことに2音節当たりが大変多くなる。その結果どうしても同音異義語が多くなる。例えば、pro(プロ)見てみよう。
programme(プログラム)、production(プロダクション)、professional(プロフェショナル)、prolétariat〔プロレタリアート、フランス語〕、promide(プロマイド)、procento〔プロセント、ポルトガル語%〕、prostitute(プロスティチュート、売春婦)、propaganda〔プロパガンダ〕など挙げればきりがない。
※propaganda(プロパガンダ)とは、特定の思想によって個人や集団に影響を与え、その行動を意図した方向へ仕向けようとする宣伝活動の総称。特に、政治的意図をもつ宣伝活動をさすことが多いが、ある決まった考えや思想・主義あるいは宗教的教義などを、一方的に喧伝(けんでん)するようなものや、刷り込もうとするような宣伝活動などを指す。要するに情報による大衆操作・世論喚起と考えてよく、国際情報化社会においては必然的にあらわれるものである。今日その方法は、必ずしも押しつけがましいものではなくなり、戦略化し巧妙なものとなってきている。
さらに、原語の頭文字だけに略してしまう場合もある。S(sister)やM(money)はかなり前から使われているが、PR(public relations)やTV(television)はすでに英語でも使われているものを取り入れたものである。略語はこれからもどんどんあらわれてくるだろうが、同音異義語が増えるばかりだから略語は出来るだけやめて欲しい。といっても、長い言葉を日本人の口に合うように言い易く短くするのを抑える訳にはいかないのである。それに、略語がアメリカ辺りでも盛んに使われていることはご存知の通りである。
<身を削る革命を訴えても「余計なこと言うな」>
「ある政治アナリストが政経塾出身の政治家について『出たがり、目立ちたがり、しゃべりたがり』と言っていましたが、うなずけるところもありますね。3・11の大震災で日本人の意識が変わり始めている時だからこそ改革が必要。しかし、第三極を除く既成政党は変わろうとしていない。代議士会で、『議員報酬削減など身を削る改革をすべき』『政党助成金を被災地に寄付しよう』と言っても誰も賛同しないどころか、終了後に『余計なことを言うな』とブーイングを浴びせる先輩議員が結構います。庶民の政治とかけ離れた体質。これも民主党を離れる理由です」/これで民主党は、衆院であと5人離党すれば単独過半数割れ。/くすぶる離党予備軍に杉本和巳氏は、こう言った。/「離党を口にすると『対立候補を立てられたくないだろう』という脅しがくる。しかし、政治は行動力、有言実行。(離党予備軍の)みなさんも動くと確信しています」 〔日刊ゲンダイ 2012年10月5日 掲載〕
一昨日は、Andersenをアンデルセンという奇妙奇天烈な呼び方をする日本語が定着してしまったたことを述べたが、このような綴り字発音は、外国語を取り入れる際だけでなく、受け入れてから後の仮名書きにまどわされて起こる場合もある。
Kamchatka〔カムチャッカ、ロシア語〕これは本来はカムチャツカとあるべきところを、「ツ」を詰まる音を表す文字と勘違いしてカムチャッカになったものだという。Vodka(ウォツカ)が「ウォッカ」となったのと似たり寄ったりである。
fan〔ファン、特定の対象に対する応援者、愛好者)が「フアン」と言われたり、film(フィルム)が「フイルム」と発音されるのはア、イの読み違いから生じた誤りである。Filmなどはむしろフイルムのほうが普通になっている。フランス語のcafé(カフェー)から入ったカフェー〔コーヒーのこと〕とカフェー〔女給のいる酒場風の飲食店〕となると、「エ」一つの読み方で違った内容をさすことになる。
また、Browning〔ブラウニング、銃〕がブローニング〔銃〕となり、alcohol〔アルコホル、オランダ語〕がアルコールとなり、Europa〔エウロパ、ポルトガル語、オランダ語〕がヨーロッパとなったのは、歴史的仮名遣いの読み方からきた間違いである。
かなり以前には外国人の発音を耳にしたとき、聞き取りにくい音を落とすと言うことが間々あったようだ。abóbora〔ボーブラ、ポルトガル語で南瓜〕やamerican〔メリケン、アメリカの・アメリカ人〕のように、単語の初めの強勢のない母音が落ちた例があるが、cement(セメン)、concrete(コンクリ)、platenum(プラチナ)、lemonade(ラムネ)、handderchief(ハンカチ)、cold meet(コール・ミート) などのように、語尾子音の取れたものは特に多い。外国語に慣れていなかったため、聞き落としたものであろう。
同じ語尾子音の脱落でもiced tea(アイス・ティー)やfour balls(フォア・ボール)となると少々事情が異なる。この場合にも取り入れた当時の日本人が語尾子音を聞き落としたのかもしれないし、あるいはまた、アイスト・ティーとかフォア・ボールズとは言いにくいために、アイス・ティー、フォア・ボールという形にしてしまったのかもしれない。しかし、アイス・ティーの場合には分詞形容詞語尾の-ed を落としてしまっているのだし、フォア・ボールの場合には複数語尾の-s を省いてしまっている。だから問題は発音上の上だけのことではなく文法面にまで及ぶことになるのである。アイス・ティー式に –ed の欠落した例には他にもCorned beef(コーン・ビーフ)、salaried man(サラリー・マン)、condensed milk(コンデンス・ミルク)などかなりあるし、原語の複数語尾sの欠落した例も、stockings(ストッキング)、slippers(スリッパ)、golf links(ゴルフ・リンク)などざらに見られる。この他文法面にまたがる音の脱落としては、frying pan(フライ・パン)やsocial dancing(ソーシャル・ダンス)などに見られる動名詞-ingの脱落や、野球のfelder's choice(フィルダー・チョイス)のような続各語尾 's の脱落などが見られる。
原語があまりに長いと略されてしまうことが間々ある。日本人の家庭でも朝食の定番料理となっている「ハムエッグ」は英語では ham and eggs という。この場合は間のandと単語を落とし、さらに複数語尾のsも捨てたことになる。これを原語のまま「ハム アンド エッグズ」と言ったら、実に長ったらしいではないか。それに口調も悪いし「ハムエッグ」にしてしまえ という心理も働いて、手っ取り早く言い易い形になったのかもしれない。いずれにせよ長ったらしくて発音しにくい言葉にぶつかると、短く切り詰めて言い易くする例は外来語にはかなり多い。これは長々とした複合語や熟語ばかりでなく、普段よく使われる4音節ぐらいの短い単語であっても、さらに調子よく口を突いて出るようにもっと短く切り詰められることもしばしばある。Cutlet(カツレツ)が、しっぽを切り取られてカツとなり、bifteck〔ビフテキ、フランス語〕が頭をちょん切られてテキになる。まあ、日本語でも労組・早大のような略語が用いられているから驚くには当たらないが、外来語でも Central League〔セントラル リーグ〕→ セ、Pacific League(パシフィック リーグ)→ パ、demonstration(デモンストレーション)→ デモ、Building(ビルディング)→ ビル、chocolate(チョコレート)→ チョコ、toilet(トイレト)→ トイレ、inflation(インフレーション)→ インフレ などと後の部分を略した形もあれば、flannel〔フランネルネル、オランダ語〕→ ネル、cosmetic(コスメティック)→ チック、platform(プラットホームホーム)→ ホーム、Arbeit(アルバイト)→ バイト のように前の部分を省いた略語もある。その他にも、staple fibre(ステープル ファイバー)→ スフ、general strike(ゼネラル ストライキ)→ ゼネスト、patrol car (パトロールカー)→ パトカー のような略し方もある。勿論、これらは省略形以外に、インフレならインフレーション、ホームならプラットホームという全うな形も使われている。いったいにslang(スラング)や隠語にはGeld(ゲルト)→ ゲル〔金銭〕や,sister(シスター)→ シス〔同性愛の愛人〕、address(アドレス)→ アド〔隠れ家〕のような略語が多い。
外来語は原語に比べて音節数がずっと多くなる。それだけにこういった略語がどんどん必要なのだろうが、そうなると短い音節の言葉、ことに2音節当たりが大変多くなる。その結果どうしても同音異義語が多くなる。例えば、pro(プロ)見てみよう。
programme(プログラム)、production(プロダクション)、professional(プロフェショナル)、prolétariat〔プロレタリアート、フランス語〕、promide(プロマイド)、procento〔プロセント、ポルトガル語%〕、prostitute(プロスティチュート、売春婦)、propaganda〔プロパガンダ〕など挙げればきりがない。
※propaganda(プロパガンダ)とは、特定の思想によって個人や集団に影響を与え、その行動を意図した方向へ仕向けようとする宣伝活動の総称。特に、政治的意図をもつ宣伝活動をさすことが多いが、ある決まった考えや思想・主義あるいは宗教的教義などを、一方的に喧伝(けんでん)するようなものや、刷り込もうとするような宣伝活動などを指す。要するに情報による大衆操作・世論喚起と考えてよく、国際情報化社会においては必然的にあらわれるものである。今日その方法は、必ずしも押しつけがましいものではなくなり、戦略化し巧妙なものとなってきている。
さらに、原語の頭文字だけに略してしまう場合もある。S(sister)やM(money)はかなり前から使われているが、PR(public relations)やTV(television)はすでに英語でも使われているものを取り入れたものである。略語はこれからもどんどんあらわれてくるだろうが、同音異義語が増えるばかりだから略語は出来るだけやめて欲しい。といっても、長い言葉を日本人の口に合うように言い易く短くするのを抑える訳にはいかないのである。それに、略語がアメリカ辺りでも盛んに使われていることはご存知の通りである。
今朝のウェブニュースより
民主党は死屍累々 小沢一郎が繰り出す刺客戦略 野田も菅も生き残れない ―― 民主党が「国民の生活が第一」の小沢一郎代表の動きに神経をとがらせている。大分県では先週、民主党中津支部の党員約100人全員が離党届を突きつけ、小沢新党に入党する動きもあった。「小沢は水面下で何をしているのか。不気味だ」というのだ。/ある民主党関係者がこう話す。「表に出ずに潜伏しているときの小沢さんは怖い。ダブル党首選や内閣改造でメディアがバカ騒ぎしている間、小沢さんは雑音から逃れて自由に動いていた。『連合』など民主党の支持団体や組織にも手を突っ込んでいるといわれる。想像もつかないような選挙戦略を練っているのではないか」/小沢は次の衆院選では100人近い候補を擁立する方針だ。/注目されるのが今月下旬にも発表される第2次公認。小沢は候補者の選定について、「政治のプロでなくてもいい。国民を裏切らない誠実で信頼できる人間でないといけない」と周囲に話しているらしい。/「小沢さんは『生活』の政党名が示すように、主婦やサラリーマン、さらには、お年寄りや子供の暮らしを理解し、共感できる“生活者”に焦点を合わせて候補者を人選しているようです。有権者は野田政権の口先エリートにウンザリしていますからね。意外な候補者を出してくるかもしれません」(政界事情通)/野田首相は小沢新党に刺客を送り込むと息巻いていたが、民主党は「選挙になれば50議席」の惨敗予測が飛び交うテイタラク。刺客を立てる余裕はないし、逆に当落線上の民主党議員は、小沢が送り込むともっぱらの「逆刺客」に戦々恐々だ。/イの一番に“標的”になるのは、ほかでもない、野田自身と前首相の菅直人だという。/「小沢さんは、国民を裏切った両首相を許さないでしょう。野田さんへの刺客には、ヤワラちゃんこと谷亮子参院議員のクラ替え出馬説が浮上しています。首相のお膝元の千葉4区では、消費増税や原発再稼働に反対するデモが繰り返され、『野田ノーだ』の怒号が渦巻いている。谷亮子が相手では勝ち目はありません。菅さんの東京18区には元リポーターの青木愛(同12区)の名前がささやかれています。青木は保育士でもあり、子育て世帯の支持もある。もともと落選危機の菅さんは、討ち死に必至です」(政界ジャーナリスト)
<玄葉、安住もターゲット>:小沢は北海道の「新党大地」、東海の「減税日本」などと選挙協力するつもりだ。主戦場は東日本、とくに東北で、岩手、宮城、福島の被災3県では全選挙区に候補者を立てるとみられる。/「刺客のターゲットになるのは、中韓との関係を悪化させた玄葉外相(福島3区)や、財務官僚の言いなりで増税に走った前財務相の安住幹事長代行(宮城5区)といったハレンチ漢の面々です。青木愛は安住代行への刺客も考えられます。元小沢グループの階猛(岩手1区)ら寝返り組も例外ではないでしょう」(前出のジャーナリスト)/小沢事件で司法権力の暴走を追及し、知名度を上げた森ゆうこ参院議員の衆院クラ替え説も取りざたされている。/「議員になるまで普通の肝っ玉母チャンだった森さんは、主婦からの人気が高い。地元・新潟では『田中真紀子の新潟5区から出てくれ』という声もあります。消費増税に反対していた真紀子文科相の裏切り入閣に怒っている県民は多いですからね。可能性は薄いかもしれないが、森さんなら、どこから出馬しても強力な刺客になり得ますよ」(地元関係者)/驚くなかれ、小沢に怯える議員からは、こんな声まで聞かれる。/「ロンドン五輪中、小沢さんは珍しく、女子サッカーを熱心に見ていたそうです。『なでしこジャパン』の佐々木則夫監督の一本釣りを狙っているんじゃないか、なんて臆測も流れています」/当落線上の民主党議員は夜も眠れない日が続きそうだ。 〔日刊ゲンダイ2012年10月4日 掲載〕
「日本維新の会」橋下代表と国会議員団ギクシャク!早くも分裂含み? ―― 国政進出で注目の「日本維新の会」で、代表の橋下大阪市長と国会議員団の間が早くもギクシャクしている。松野頼久衆院議員らは「国会のことは国会議員が決める」と言い、橋下は「重要政策決定は代表が行なう」と不愉快そうだ。
「方針・戦略は僕の方が長けてる。松浪さんは維新じゃなければブログも読まれない」
先月9日(2012年9月)の公開討論会で、「同じ方向性」「基本部分では一致」「価値観が一緒」と確認、さらに次の討論会を経て9人の国会議員が合流した結果、政党要件を満たして国政に出る体制が整った。しかし、その後に松浪健太議員がブログで「橋下独裁にはしない」「外交・安保では国会議員が議論すべき」などと書いた。橋下の「竹島は共同管理しかない」という発言を批判的に受け止めたものだった。/松浪は3回目の討論会でも、国会議員と代表の意見が食い違ったときはどうしたらいいのかと提起し、橋下が「執行部で方針は決めるべきだ」と述べると、松浪は「橋下独裁とかいわれるので、そういうことはないんだといっていただきたい」と食い下がった。/これには橋下がカチンとした。「(国会議員主導で)有権者がついてきてくれるのであれば、日本維新の会に所属しなくてもいい。松浪氏だって維新の会でなければブログのチェックなんかされなかったんですから。松浪議員もいろいろ考えてもらわないと」と、イヤなら出ていけば…と言わんばかりだった。さらに、「大きな方針とか戦略については、いまの国会議員であれば、ボクの方が長けてます。(政策の)大きな方針を決めるのがボクの役割。国政課題の一つひとつは国会議員が決めていきます。解散といわないとかは、ボクの立場でないと」ともいった。/国会議員が決める云々についても、「変なパフォーマンスに走らないように」と言ったことについても、「議員はすぐ解散とか、政局とか、過半数割れだ、不信任だとかそんな話をするんで、ボクはクギを刺したんです」と強気だ。 〔J-cast テレビウォッチ 2012/10/ 4 13:19〕
橋下代表のひとっ叩きで松浪議員シュン!「日本維新の会」じゃれあい ―― 永田町の第三極を狙う「日本維新の会」(橋下徹代表)から、国会運営をめぐる不協和音が聞こえてくる。国会議員団の一人が「橋下独裁にはしない」と言い出したのだ。さて、橋下人気にどんな影響が出るのか。/「お客さまではない。言わしてもらう」と威勢良かったが… /ことの起こりは9月29日(2012年)の「日本維新の会」公開討論会で、竹島の領有権に関する橋下発言をめぐって、松浪健太衆院議員が「誤解のないように配慮すべきだ」と発言したことだった。その後も、松浪はブログで「橋下独裁にはしない」という見出しで「もはやお客さまではない。言うべきことは言わしてもらう」と啖呵を切った。/このブログを見ていた橋下がさっそく反論した。「変なパフォーマンスに走ってもらっては最悪ですよ。本人にも言ってあります。松浪議員だって日本維新の会に所属しなければマスコミにブログのチェックなんてされてないんですから、いろいろ考えてもらわないといけない。 国会議員団の大きな方針や戦略で有権者の皆さんが本当に聞いてくれるというのであれば、日本維新の会に所属しなくてもいいじゃないですか。やはり大きな方針とか戦略については、今の国会議員団より僕の方が長けています」/ズバリ本音でクギを刺し形になり、勝負あった。/火をつけた松浪は2002年に大阪10区の衆院補欠選挙で初当選する前には、産経新聞の整理部を経験しており、「僕は整理部にいたんで、いつも見出しはきつく書くようにしていた。誤解を与えたかもしれない」と苦しい釈明をした。/コメンテーターの北山正恭・早大大学院教授は「ベンチャーですからこういう騒動が起きても仕方がないこと。じゃれているだけ。そんなこと合体する前に話し合いで決めておけという感じ。これでは心もとない」とただ呆れるばかりだった。 〔J-cast テレビウォッチ 2012/10/ 4 15:20〕
<玄葉、安住もターゲット>:小沢は北海道の「新党大地」、東海の「減税日本」などと選挙協力するつもりだ。主戦場は東日本、とくに東北で、岩手、宮城、福島の被災3県では全選挙区に候補者を立てるとみられる。/「刺客のターゲットになるのは、中韓との関係を悪化させた玄葉外相(福島3区)や、財務官僚の言いなりで増税に走った前財務相の安住幹事長代行(宮城5区)といったハレンチ漢の面々です。青木愛は安住代行への刺客も考えられます。元小沢グループの階猛(岩手1区)ら寝返り組も例外ではないでしょう」(前出のジャーナリスト)/小沢事件で司法権力の暴走を追及し、知名度を上げた森ゆうこ参院議員の衆院クラ替え説も取りざたされている。/「議員になるまで普通の肝っ玉母チャンだった森さんは、主婦からの人気が高い。地元・新潟では『田中真紀子の新潟5区から出てくれ』という声もあります。消費増税に反対していた真紀子文科相の裏切り入閣に怒っている県民は多いですからね。可能性は薄いかもしれないが、森さんなら、どこから出馬しても強力な刺客になり得ますよ」(地元関係者)/驚くなかれ、小沢に怯える議員からは、こんな声まで聞かれる。/「ロンドン五輪中、小沢さんは珍しく、女子サッカーを熱心に見ていたそうです。『なでしこジャパン』の佐々木則夫監督の一本釣りを狙っているんじゃないか、なんて臆測も流れています」/当落線上の民主党議員は夜も眠れない日が続きそうだ。 〔日刊ゲンダイ2012年10月4日 掲載〕
「日本維新の会」橋下代表と国会議員団ギクシャク!早くも分裂含み? ―― 国政進出で注目の「日本維新の会」で、代表の橋下大阪市長と国会議員団の間が早くもギクシャクしている。松野頼久衆院議員らは「国会のことは国会議員が決める」と言い、橋下は「重要政策決定は代表が行なう」と不愉快そうだ。
「方針・戦略は僕の方が長けてる。松浪さんは維新じゃなければブログも読まれない」
先月9日(2012年9月)の公開討論会で、「同じ方向性」「基本部分では一致」「価値観が一緒」と確認、さらに次の討論会を経て9人の国会議員が合流した結果、政党要件を満たして国政に出る体制が整った。しかし、その後に松浪健太議員がブログで「橋下独裁にはしない」「外交・安保では国会議員が議論すべき」などと書いた。橋下の「竹島は共同管理しかない」という発言を批判的に受け止めたものだった。/松浪は3回目の討論会でも、国会議員と代表の意見が食い違ったときはどうしたらいいのかと提起し、橋下が「執行部で方針は決めるべきだ」と述べると、松浪は「橋下独裁とかいわれるので、そういうことはないんだといっていただきたい」と食い下がった。/これには橋下がカチンとした。「(国会議員主導で)有権者がついてきてくれるのであれば、日本維新の会に所属しなくてもいい。松浪氏だって維新の会でなければブログのチェックなんかされなかったんですから。松浪議員もいろいろ考えてもらわないと」と、イヤなら出ていけば…と言わんばかりだった。さらに、「大きな方針とか戦略については、いまの国会議員であれば、ボクの方が長けてます。(政策の)大きな方針を決めるのがボクの役割。国政課題の一つひとつは国会議員が決めていきます。解散といわないとかは、ボクの立場でないと」ともいった。/国会議員が決める云々についても、「変なパフォーマンスに走らないように」と言ったことについても、「議員はすぐ解散とか、政局とか、過半数割れだ、不信任だとかそんな話をするんで、ボクはクギを刺したんです」と強気だ。 〔J-cast テレビウォッチ 2012/10/ 4 13:19〕
大学でドイツ語やフランス語を履修すると今まで高校で英語で習ってきた発音にない新しい音がでてきて悩まされるのである。母音の「Ø」の音などは「o」を発音するときのように唇を丸く突き出して、「e」を発音しろというように教わる。ドイツ語、フランス語と同じ系統の英語を一通り習っているものにとっても、ドイツ語やフランス語の音を修得するのはなかなか難しい。「Ø」の音になじみのない一般日本人がこの音に接してこれを取り入れ習慣的に使うということは到底考えられない。
ドイツの文豪 Goethe 〔gØ:tə〕 が日本語でどのように表記されているか見てみよう。
1ゴエテ、2ギューテ、3ギョート、4ギョーツ、5ゲーテ、6ギュエテ、7ゲォエテ、8ゴアタ、9グウィーテ、10グウィーテ、11ゲヱテー、12ゲーテー、13ゲェテー、14ギョウテ、15ギヨーテ、16ギョーテ、17ギョーテー、18ギヨテー、19ゴヱテ、20ギヨテ、21ギヨヲテ、22ギヨオテ、23ゲョーテ、24ゲヨーテ、25ゴエーテ、26ゲエテ、27ギヨエテ、28ゲイテ、29ギョエテ
なんともはや、実に29通りの書き方があるという。斉藤緑雨〔さいとうりょくう、1868~1904年、明治時代の小説家、評論家〕をして「ギョーテとは我のことかとゲーテ言い」という川柳すらも作らせたという。
今は大体ゲーテで落ち着いているようだが、いずれも原音をできるだけ正確に書き表したいための努力なのであろう。とはいえ、普通の日本人なら頭の中がこんがらがって、表記法から原音を思い浮かべるどころか、ゲョーテ、ゲヱテーなどはどのように読むのか判ったものではない。
世界的な童話作家Andersen(アンデルセン)とされるが、この「アンデルセン」という呼び名は世界中のどこの人にもわからない珍無類の呼び方だという。デンマークという日本人にはあまり親しみのない国の作家であったために、その国特有の読み方がわからなかったらしい。アンデルセンというとドイツ語流の呼び方に近いような気もするが、それなら「アンデルゼン」であるし、英語流なら「アンダースン」である。本国のデンマークでは「anɑsən」 だから、「アナスン」というのが一番近い。ところが「アナスン童話集」では、日本の母親や教師には通じないのである。ほかの詩人や作家の名前はだんだん原語に近い言い方、書き方がされているというのに、これだけは未だに「アンデルセン」という荒唐無稽な呼び名がされているという訳。今後もアンデルセンという不思議な綴り字発音を維持してゆくことだろう。
1ゴエテ、2ギューテ、3ギョート、4ギョーツ、5ゲーテ、6ギュエテ、7ゲォエテ、8ゴアタ、9グウィーテ、10グウィーテ、11ゲヱテー、12ゲーテー、13ゲェテー、14ギョウテ、15ギヨーテ、16ギョーテ、17ギョーテー、18ギヨテー、19ゴヱテ、20ギヨテ、21ギヨヲテ、22ギヨオテ、23ゲョーテ、24ゲヨーテ、25ゴエーテ、26ゲエテ、27ギヨエテ、28ゲイテ、29ギョエテ
なんともはや、実に29通りの書き方があるという。斉藤緑雨〔さいとうりょくう、1868~1904年、明治時代の小説家、評論家〕をして「ギョーテとは我のことかとゲーテ言い」という川柳すらも作らせたという。
今は大体ゲーテで落ち着いているようだが、いずれも原音をできるだけ正確に書き表したいための努力なのであろう。とはいえ、普通の日本人なら頭の中がこんがらがって、表記法から原音を思い浮かべるどころか、ゲョーテ、ゲヱテーなどはどのように読むのか判ったものではない。
最近のウェブニュースより
「若かりしモナリザ」の肖像、ダビンチ作品との鑑定結果 ―― 【9月28日 AFP】イタリア・ルネサンス期の芸術家Leonardo da Vinci(レオナルド・ダビンチ)が描いた世界で最も有名な絵画「モナリザ(Mona Lisa)」──その若かりし姿を描いたとされる肖像画「Isleworth Mona Lisa(アイルワースのモナリザ)」について、スイス・Zurich(チューリッヒ)のMona Lisa Foundation(モナリザ財団)は27日、ダビンチの作品であるとの鑑定結果を発表した。/「アイルワースのモナリザ」は長らく個人コレクターのHenry Pulitzer(ヘンリー・ピュリツァー)氏が所有していたが、同氏の死後40年以上、スイスの銀行の金庫に保管されていた。後の2008年に匿名の国際財団が、ピュリツァー氏の伴侶だった女性の遺産から購入し、モナリザ財団に鑑定を依頼していた。/「アイルワースのモナリザ」と「モナリザ」の顔は驚くほど似ているが、「アイルワース」のほうはモデルの年齢が明らかに若い。また背景の風景は下絵のままで、両脇には柱が描かれている。モナリザ財団によれば、こうした特徴は「未完のモナリザ」として歴史上登場する記述によく似ている上、ダビンチと同じイタリアの巨匠Raphael(ラファエロ)など他の画家が当時描いた「モナリザ」の模写やスケッチの特徴と一致しているという。/モナリザ財団がGeneva(ジュネーブ)で開いた記者会見は、報道陣やテレビカメラでいっぱいになった。鑑定結果を証言するために、同財団によって会場に集められた専門家たちは、「アイルワースのモナリザ」はダビンチが「モナリザ」の10年ほど前に描いた未完の作品だと述べた。/所有者の匿名財団を代表して出席した美術商のDavid Feldman(デビッド・フェルドマン)氏は推定価格を明かさず、個人に売却するよりも一般公開できる状態のほうがふさわしいとの見解を述べた。
■「謎めいた」表情に欠ける? との疑問も:一方、会見に出席しなかった専門家からは、「アイルワースのモナリザ」がダビンチの作品だとする鑑定結果に疑問を投げ掛ける声も出ている。/その1人、英University of Oxford(オックスフォード大学)の美術史家Martin Kemp(マーティン・ケンプ)氏は、女性の髪やベール、ドレスの透けた重なり、手の骨格など「モナリザ」が持つ細部の緻密な描写が「アイルワースのモナリザ」からは感じられないと指摘。また多くの模写作品同様、ダビンチの「モナリザ」の「謎めいた」表情を捉えていないと述べている。/こうした批判に対し、モナリザ財団側は作品を実際に間近で見てほしいと語っている。同財団は、「アイルワースのモナリザ」の鑑定結果を『Mona Lisa -- Leonardo's Earlier Version(ダビンチが描いた若きモナリザの肖像)』と題した320ページの書籍にまとめ発表している。 〔AFP BBNEWS 2012年09月28日 15:55 発信地:ジュネーブ/スイス〕
■「謎めいた」表情に欠ける? との疑問も:一方、会見に出席しなかった専門家からは、「アイルワースのモナリザ」がダビンチの作品だとする鑑定結果に疑問を投げ掛ける声も出ている。/その1人、英University of Oxford(オックスフォード大学)の美術史家Martin Kemp(マーティン・ケンプ)氏は、女性の髪やベール、ドレスの透けた重なり、手の骨格など「モナリザ」が持つ細部の緻密な描写が「アイルワースのモナリザ」からは感じられないと指摘。また多くの模写作品同様、ダビンチの「モナリザ」の「謎めいた」表情を捉えていないと述べている。/こうした批判に対し、モナリザ財団側は作品を実際に間近で見てほしいと語っている。同財団は、「アイルワースのモナリザ」の鑑定結果を『Mona Lisa -- Leonardo's Earlier Version(ダビンチが描いた若きモナリザの肖像)』と題した320ページの書籍にまとめ発表している。 〔AFP BBNEWS 2012年09月28日 15:55 発信地:ジュネーブ/スイス〕
シンボルであるピンクリボンの由来については、「まだ乳がんについての研究が浅かった1980年代のアメリカ合衆国の小さな町で、乳がんで死亡した女性の母親が、この女性の娘である実孫に、同じ悲しみを繰り返さないよう、願いを込めて手渡したものがピンク色のリボンであったことに端を発するとされる。この行為が乳がんの恐ろしさと、乳がんについて知り、考えるきっかけをこの町の住人に広め、その後、草の根的な活動により、アメリカ全土はもとより、ヨーロッパ、アジアなど全世界的に広まった」などさまざまな説がある。
日本でのピンクリボン運動が一般的に認知されるようになったのは、2000年代に入ってからである。2000年(平成12年)10月に日本最大の乳がん患者支援団体である「あけぼの会」が東京タワーをピンク色にライトアップしたことがきっかけだ。しかしながら、その運動の規模は年を追うごとに急拡大しており、りそな銀行、アストラゼネカ、アテニア化粧品、エイボン・プロダクツ、東京海上日動あんしん生命、ワコール、埼玉りそな銀行、オーティコンなど、協賛する企業、市民団体は多数存在する。また、Yahoo! JAPAN、asahi.comといった日本を代表するポータルサイト、ニュースサイトで広くピンクリボン運動が紹介されている。
10月1日には、東京都庁舎、レインボーブリッジ、東京タワー、表参道ヒルズ、名古屋城、神戸ポートタワー、明石海峡大橋などをピンク色にライトアップ(またはピンク色の電球に交換)し、いずれも大勢の人へ視覚という形で、ピンクリボン運動の認知度向上へ貢献している。
日本でのピンクリボン運動の主たる活動組織は多数ある。その中のひとつがNPO法人「J.POSH」(Japan Pink-ribbon of Smile and Happiness、日本笑顔と幸せのピンクリボン)である。 J.POSHは田中完児関西医科大学乳腺専門医をはじめとする発起人により活動が開始された。J.POSHでは、1年に1度、マンモグラフィー検診(乳腺・乳房専用のレントゲン検診)を受けることを奨励している。 《以上「ウィキペディア フリー百科事典」より抜粋》
本日のウェブニュースより
日本は中国経由で、仏教、仏典とともにサンスクリットにまつわる知識や単語などを取り入れてきた。その時期は非常に古く、すくなくとも真言宗の開祖空海まではさかのぼれる。
実際に、仏教用語の多くはサンスクリット由来であり、例えばsaṃgha〔サンガ、僧(伽)〕、ullambana〔ウランバナ、盂蘭盆〕、stûpa〔ストゥパー、卒塔婆〕、namo amitaabha〔ナモ アミタブッハ、南無阿弥陀仏〕など無数にある。“檀那(旦那)――後出”などのように日常語化しているものもある。
また、経典のうちdhaaraNii〔ダーラニー、陀羅尼〕、mantra〔マントラ、真言〕などはは漢訳されず、サンスクリットを音写した漢字で表記され、サンスクリット音のまま直接読誦される。陀羅尼などは現代日本のいくつかの文学作品にも登場する(泉鏡花「高野聖」など)。
1Arbuda〔アルブタ、痘痕〕:「arbuda(アルブタ)」の音写「頞部陀〔あぶだ〕」が訛った語。「頞部陀地獄」とも言い、寒さによって苦しめる『八寒地獄』の地獄名のひとつで、ここに落ちた者は厳寒のため、体に水疱(すいほう)ができるとされた。そこから、天然痘が治った後、顔に残る傷のようなものを僧侶の間で「あばた」呼ぶようになり、一般にも広まった。1980年、WHOが天然痘の全滅宣言を出しているため「あばた」も存在しないが、意味の派生によって、単なる吹き出物の傷跡なども「あばた」と呼ぶようになった。
2A-un〔アウン、阿吽(あうん)〕:梵語の「ア」と「フーン」を合わせたもので、「ア」は口を開く音を指し、「フーン」は口を閉じる音を指した。翻って、「吐く息」と「出る息」となって、「阿吽の呼吸」に至った。梵語 → 仏教語 → 相撲用語 → 一般語という珍しい流れ。
3 akshara〔アクシャラ、悪(あく)〕:「悪」は世の理や仏道に反することで、将来の苦を引き起こすことを指す。和語における「悪」は、「にくらしいほど並はずれた」という意味であり、古代中国における「悪」は、「規則や命令に従わないこと」を指した。また、欧米における「悪」は、「絶対神を否定するもの」を指した。このことからも、「悪」の定義は今日なおも大きく揺らいでいることが分かる。
4 kapala〔カッパーラ、瓦(かわら)」:儀式で使われる杯や器を指した。後に、人間の頭蓋骨で作られた髑髏杯のこととなり、儀式で血などを入れるのに使ったとされる。神秘主義におけるカバラ思想の「カバラ」は別語源らしい。
5 Kumbhira〔クンビーラ、金毘羅(こんぴら)〕:ガンジス川に棲むワニのこと。古代より水に棲む神として崇められていたという。「琴平」は金毘羅の当て字。
6 Samādhi〔サマーディ、三昧(ざんまい)〕:今でこそ「贅沢三昧」などと悪い意味でしか使われないが、本来は一つの対象に集中し、心を動かさないことを意味し、悟りの境地だった。今日の「一心不乱」とか「一意専心」に近く、今日でもヨガの階級では最高位となっている。
7 Samādhi〔サハー、娑婆(しゃば)」:今でこそ受刑囚が「塀の向こう側」を指す言葉となってしまっているが、本来は「現世」を意味し、転じて修行僧が「下界(山の下)」を指すものとして使うようになった。
8 Cima〔シーマ、島(しま)〕:今でこそヤクザの縄張りを指すが、本来は修行僧たちが修行する空間(領域)を意味した。
9 ksana〔クシャナ、刹那(せつな)〕:一瞬の意。正確には約75分の1秒とも言われる。数字としては、10の-18乗の数を指す。現代日本語の「刹那的」は「後先考えない」ことを意味するが、仏教の原義的には「一瞬一瞬を大切にする」「瞬間を充実させる喜び」を意味する。
10 dāna〔ダーナ、檀那・旦那(ダンナ)〕:もともとは「贈り物」の意で、転じて「お布施」となり、さらに僧が「喜捨してくれる信者」を呼ぶようになった。妻が夫を呼ぶのも、商家の者が顧客を呼ぶのも、目下が目上の者を呼ぶのも同語源である。「檀家」「檀徒」は後からできたもの。梵語と漢語を合わせて檀施とも記す。また布施する人を意味する檀越dāna‐patiと混用され、寺院や僧尼に衣食住を施与する信者を、僧の方から檀那、檀越(だんおつ)という。中国には檀家制度がなく、寺院が特定の檀越に支えられることは少なかったが、貴族豪民には一家の菩提寺を建てて、寺院に与えられた特権を横取りしたり、寺院の質庫に財産を寄託して殖産をはかるものもあった。
※、一般にも「旦那」の語は広まり、「パトロン」のように生活の面倒を見る人の意味で用いられるようになった。さらに、「面倒を見る人」「お金を出してくれる人」といった意味から派生し、奉公人が主人を、商人が客を、妻が夫を呼ぶときの敬称として用いられるようになり、現代では主に妻が夫を呼ぶ敬称として用いられる。旦那の語源には、「ダーナ」が西洋に伝わり、「マドンナ」や「マダム」などに変化したという説から、「旦那は女だった」などとするものも過去に見られた。しかし、「ダーナ」が「マドンナ」や「マダム」の語源とする説はあまり有力とされておらず、「ダーナ」が語源であったとしても、「旦那」の語源が「マドンナ」や「マダム」という訳ではないため、女性をさす言葉であったとするのは間違いである。
11 dhaaraNii〔ダーラニー、陀羅尼(だらに)〕:仏教において用いられる呪文の一種で、比較的長いものをいう。通常は訳さず(不翻)サンスクリット語原文を漢字に音写したものを唱える。意訳して総持、能持、能遮等ともいう。ダーラニーとは「記憶して忘れない」という意味で、本来は仏教修行者が覚えるべき教えや作法などを指した。やがてこれが転じて「暗記されるべき呪文」と解釈される様になり、一定の形式を満たす呪文を特に陀羅尼と呼ぶ様になった
12 naraka〔ナラカ、奈落(ならく)〕:地獄のこと。転じて、日本の劇場における舞台の下や歌舞伎の花道の床下の空間の通称。廻り舞台や迫り出しの装置があるほか、通路にもなっている。名称の由来は、深く暗い所にあるからというのが一般的。また一説に、華やかな舞台の裏には常に嫉妬があり、それが怨念となった魔物が薄暗い舞台下に潜んでおり、時折これが悪さをするから舞台事故が起こるとかつては信じられていたことによるものとも
13 Nirvāṇa〔ニルヴァーナ、涅槃(ねはん)〕:もともとは蝋燭などの炎が吹き消された状態を意味し、転じて「生命の炎が消える死」となり、さらに仏教語として「煩悩(の炎)が消えた後の静寂」を指すようになったという。
14 moha〔モーハ,莫迦・馬鹿(莫迦)〕:梵語の「モーハ」で、古くは「莫迦」と記した。元の意味は「無知」「暗愚」に近い。仏教的には、無知は人々を現世で迷わせ苦しめる元凶ということになっている。同じサンスクリット語のmahailaka(摩訶羅:無知)あるいはmaha(摩訶:おおきい、偉大な)を語源とする説もある。馬鹿は、サンスクリット語で「無知」や「迷妄」を意味するの音写「莫迦(ばくか)」「募何(ぼか)」が転じたとされる。日本では、鎌倉時代末期頃から「ばか」の用例があり、室町中期の「文明本説用集」には、馬鹿の異表記として「母娘」「馬娘」「破家」をあげ、「とんでもない」の意味で「狼藉之義也」と説明している。以上のことから、「ばか」を「馬鹿」と書くのは、当て字と考えられる。/馬鹿の語源の俗説には、『史記(秦始皇本紀)』の故事「鹿をさして馬となす」からというものがある。これは、秦の趙高が二世皇帝に、鹿を「馬である」と言って献じた。群臣は趙高の権勢を恐れて「馬です」と答えたが、「鹿」と答えた者は暗殺された。このことより、自分の権勢をよいことに矛盾したことを押し通す意味として「馬鹿」と言うようになったというものである。しかし、「鹿」を「か」と読むのは大和言葉で、漢文では「ばろく」と読むため、この故事が「ばか」の語源とは考え難く、「ばか」に「馬鹿」の字が当てられた由来として考慮するにとどまる。その他、「おこがましい」の語源となる「をこ」を語源とする説もあるが、「をこ」から「ばか」という音変化は考え難い。
15 buddha〔ブッダ、仏陀(ぶっだ)〕:「釈迦」の別名のように使われているが、本来は「悟りを開いた人」全般を指す。原義は「目覚めた人」。多くの仏教の宗派では、「ブッダ(仏陀)」は釈迦だけを指す場合が多く、悟りを得た人物を意味する場合は阿羅漢など別の呼び名が使われる。
16 bodhi〔ボーディ、菩提(ぼだい)〕:菩提とは内容的には、悟りの果としての智慧のことである。この智慧は無上の悟りなので、大乗仏教では特に阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)という。また、悟りを開いた仏の境地を表すことから、涅槃と同義と考えられた。しかし時代が下り、密教の経典である『大毘盧遮那成仏神変加持経』では「菩提とは実の如く自心を知ること」と説き、その意味が大きく変わっている。原義は「悟り」で、釈迦が悟りを開いた時に座っていた木を菩提樹と呼ぶようになったが、中国には生えていなかったこともあり、似たような木を「菩提樹」と呼ぶようになり、それが日本にも輸入された。平安時代には、「極楽浄土」の意で使われていたが、転じて「冥福」となり、今日に至っている。
17 māra〔マーラ、魔羅・摩羅魔(まら)〕:インドの悪神の一つ。人の善事を妨げる悪神。魔王。欲界第六天の王。転じて、悟りの妨げとなる煩悩(ぼんのう)をいう。魔。転じて、仏僧の修行を妨害する存在を指すようになった。後に、修行の邪魔となる愛欲=男性器を指す寺院の隠語(マラ)となり、今日に至っている。
18 mallikā〔マッリカー、茉莉花(まつりか)〕:インド原産のモクセイ科の低木。香や茶の原料として紀元前から今日に至る。省略形の茉莉は、現在ではジャスミン類の総称とすることが多い。
19 maṇḍala〔マンダーラ、曼荼羅(まんだら)〕:仏教(特に密教)において聖域、仏の悟りの境地、世界観などを仏像、シンボル、文字、神々などを用いて視覚的・象徴的に表したもの。「曼陀羅」と表記することもある。古代インドに起源をもち、中央アジア、中国、朝鮮半島、日本へと伝わった。21世紀に至っても、チベット、日本などでは盛んに制作されている。なお、日本語では、重要文化財等の指定名称は「曼荼羅」に統一されており、ここでも「曼荼羅」と表記する。
20 yakkha〔ヤクシャ、女性形はYaksni《ヤクシー》、夜叉(やしゃ)〕:古代インド神話に登場する鬼神。のちに仏教に取り入れられ護法善神の一尊となった。一般にインド神話における鬼神の総称であるとも言われるが、鬼神の総称としては他にアスラという言葉も使用されている(仏教においては、asura(アスラ)=阿修羅は総称ではなく固有の鬼神として登場)。
実際に、仏教用語の多くはサンスクリット由来であり、例えばsaṃgha〔サンガ、僧(伽)〕、ullambana〔ウランバナ、盂蘭盆〕、stûpa〔ストゥパー、卒塔婆〕、namo amitaabha〔ナモ アミタブッハ、南無阿弥陀仏〕など無数にある。“檀那(旦那)――後出”などのように日常語化しているものもある。
また、経典のうちdhaaraNii〔ダーラニー、陀羅尼〕、mantra〔マントラ、真言〕などはは漢訳されず、サンスクリットを音写した漢字で表記され、サンスクリット音のまま直接読誦される。陀羅尼などは現代日本のいくつかの文学作品にも登場する(泉鏡花「高野聖」など)。
1Arbuda〔アルブタ、痘痕〕:「arbuda(アルブタ)」の音写「頞部陀〔あぶだ〕」が訛った語。「頞部陀地獄」とも言い、寒さによって苦しめる『八寒地獄』の地獄名のひとつで、ここに落ちた者は厳寒のため、体に水疱(すいほう)ができるとされた。そこから、天然痘が治った後、顔に残る傷のようなものを僧侶の間で「あばた」呼ぶようになり、一般にも広まった。1980年、WHOが天然痘の全滅宣言を出しているため「あばた」も存在しないが、意味の派生によって、単なる吹き出物の傷跡なども「あばた」と呼ぶようになった。
2A-un〔アウン、阿吽(あうん)〕:梵語の「ア」と「フーン」を合わせたもので、「ア」は口を開く音を指し、「フーン」は口を閉じる音を指した。翻って、「吐く息」と「出る息」となって、「阿吽の呼吸」に至った。梵語 → 仏教語 → 相撲用語 → 一般語という珍しい流れ。
3 akshara〔アクシャラ、悪(あく)〕:「悪」は世の理や仏道に反することで、将来の苦を引き起こすことを指す。和語における「悪」は、「にくらしいほど並はずれた」という意味であり、古代中国における「悪」は、「規則や命令に従わないこと」を指した。また、欧米における「悪」は、「絶対神を否定するもの」を指した。このことからも、「悪」の定義は今日なおも大きく揺らいでいることが分かる。
4 kapala〔カッパーラ、瓦(かわら)」:儀式で使われる杯や器を指した。後に、人間の頭蓋骨で作られた髑髏杯のこととなり、儀式で血などを入れるのに使ったとされる。神秘主義におけるカバラ思想の「カバラ」は別語源らしい。
5 Kumbhira〔クンビーラ、金毘羅(こんぴら)〕:ガンジス川に棲むワニのこと。古代より水に棲む神として崇められていたという。「琴平」は金毘羅の当て字。
6 Samādhi〔サマーディ、三昧(ざんまい)〕:今でこそ「贅沢三昧」などと悪い意味でしか使われないが、本来は一つの対象に集中し、心を動かさないことを意味し、悟りの境地だった。今日の「一心不乱」とか「一意専心」に近く、今日でもヨガの階級では最高位となっている。
7 Samādhi〔サハー、娑婆(しゃば)」:今でこそ受刑囚が「塀の向こう側」を指す言葉となってしまっているが、本来は「現世」を意味し、転じて修行僧が「下界(山の下)」を指すものとして使うようになった。
8 Cima〔シーマ、島(しま)〕:今でこそヤクザの縄張りを指すが、本来は修行僧たちが修行する空間(領域)を意味した。
9 ksana〔クシャナ、刹那(せつな)〕:一瞬の意。正確には約75分の1秒とも言われる。数字としては、10の-18乗の数を指す。現代日本語の「刹那的」は「後先考えない」ことを意味するが、仏教の原義的には「一瞬一瞬を大切にする」「瞬間を充実させる喜び」を意味する。
10 dāna〔ダーナ、檀那・旦那(ダンナ)〕:もともとは「贈り物」の意で、転じて「お布施」となり、さらに僧が「喜捨してくれる信者」を呼ぶようになった。妻が夫を呼ぶのも、商家の者が顧客を呼ぶのも、目下が目上の者を呼ぶのも同語源である。「檀家」「檀徒」は後からできたもの。梵語と漢語を合わせて檀施とも記す。また布施する人を意味する檀越dāna‐patiと混用され、寺院や僧尼に衣食住を施与する信者を、僧の方から檀那、檀越(だんおつ)という。中国には檀家制度がなく、寺院が特定の檀越に支えられることは少なかったが、貴族豪民には一家の菩提寺を建てて、寺院に与えられた特権を横取りしたり、寺院の質庫に財産を寄託して殖産をはかるものもあった。
※、一般にも「旦那」の語は広まり、「パトロン」のように生活の面倒を見る人の意味で用いられるようになった。さらに、「面倒を見る人」「お金を出してくれる人」といった意味から派生し、奉公人が主人を、商人が客を、妻が夫を呼ぶときの敬称として用いられるようになり、現代では主に妻が夫を呼ぶ敬称として用いられる。旦那の語源には、「ダーナ」が西洋に伝わり、「マドンナ」や「マダム」などに変化したという説から、「旦那は女だった」などとするものも過去に見られた。しかし、「ダーナ」が「マドンナ」や「マダム」の語源とする説はあまり有力とされておらず、「ダーナ」が語源であったとしても、「旦那」の語源が「マドンナ」や「マダム」という訳ではないため、女性をさす言葉であったとするのは間違いである。
11 dhaaraNii〔ダーラニー、陀羅尼(だらに)〕:仏教において用いられる呪文の一種で、比較的長いものをいう。通常は訳さず(不翻)サンスクリット語原文を漢字に音写したものを唱える。意訳して総持、能持、能遮等ともいう。ダーラニーとは「記憶して忘れない」という意味で、本来は仏教修行者が覚えるべき教えや作法などを指した。やがてこれが転じて「暗記されるべき呪文」と解釈される様になり、一定の形式を満たす呪文を特に陀羅尼と呼ぶ様になった
13 Nirvāṇa〔ニルヴァーナ、涅槃(ねはん)〕:もともとは蝋燭などの炎が吹き消された状態を意味し、転じて「生命の炎が消える死」となり、さらに仏教語として「煩悩(の炎)が消えた後の静寂」を指すようになったという。
14 moha〔モーハ,莫迦・馬鹿(莫迦)〕:梵語の「モーハ」で、古くは「莫迦」と記した。元の意味は「無知」「暗愚」に近い。仏教的には、無知は人々を現世で迷わせ苦しめる元凶ということになっている。同じサンスクリット語のmahailaka(摩訶羅:無知)あるいはmaha(摩訶:おおきい、偉大な)を語源とする説もある。馬鹿は、サンスクリット語で「無知」や「迷妄」を意味するの音写「莫迦(ばくか)」「募何(ぼか)」が転じたとされる。日本では、鎌倉時代末期頃から「ばか」の用例があり、室町中期の「文明本説用集」には、馬鹿の異表記として「母娘」「馬娘」「破家」をあげ、「とんでもない」の意味で「狼藉之義也」と説明している。以上のことから、「ばか」を「馬鹿」と書くのは、当て字と考えられる。/馬鹿の語源の俗説には、『史記(秦始皇本紀)』の故事「鹿をさして馬となす」からというものがある。これは、秦の趙高が二世皇帝に、鹿を「馬である」と言って献じた。群臣は趙高の権勢を恐れて「馬です」と答えたが、「鹿」と答えた者は暗殺された。このことより、自分の権勢をよいことに矛盾したことを押し通す意味として「馬鹿」と言うようになったというものである。しかし、「鹿」を「か」と読むのは大和言葉で、漢文では「ばろく」と読むため、この故事が「ばか」の語源とは考え難く、「ばか」に「馬鹿」の字が当てられた由来として考慮するにとどまる。その他、「おこがましい」の語源となる「をこ」を語源とする説もあるが、「をこ」から「ばか」という音変化は考え難い。
15 buddha〔ブッダ、仏陀(ぶっだ)〕:「釈迦」の別名のように使われているが、本来は「悟りを開いた人」全般を指す。原義は「目覚めた人」。多くの仏教の宗派では、「ブッダ(仏陀)」は釈迦だけを指す場合が多く、悟りを得た人物を意味する場合は阿羅漢など別の呼び名が使われる。
16 bodhi〔ボーディ、菩提(ぼだい)〕:菩提とは内容的には、悟りの果としての智慧のことである。この智慧は無上の悟りなので、大乗仏教では特に阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)という。また、悟りを開いた仏の境地を表すことから、涅槃と同義と考えられた。しかし時代が下り、密教の経典である『大毘盧遮那成仏神変加持経』では「菩提とは実の如く自心を知ること」と説き、その意味が大きく変わっている。原義は「悟り」で、釈迦が悟りを開いた時に座っていた木を菩提樹と呼ぶようになったが、中国には生えていなかったこともあり、似たような木を「菩提樹」と呼ぶようになり、それが日本にも輸入された。平安時代には、「極楽浄土」の意で使われていたが、転じて「冥福」となり、今日に至っている。
17 māra〔マーラ、魔羅・摩羅魔(まら)〕:インドの悪神の一つ。人の善事を妨げる悪神。魔王。欲界第六天の王。転じて、悟りの妨げとなる煩悩(ぼんのう)をいう。魔。転じて、仏僧の修行を妨害する存在を指すようになった。後に、修行の邪魔となる愛欲=男性器を指す寺院の隠語(マラ)となり、今日に至っている。
20 yakkha〔ヤクシャ、女性形はYaksni《ヤクシー》、夜叉(やしゃ)〕:古代インド神話に登場する鬼神。のちに仏教に取り入れられ護法善神の一尊となった。一般にインド神話における鬼神の総称であるとも言われるが、鬼神の総称としては他にアスラという言葉も使用されている(仏教においては、asura(アスラ)=阿修羅は総称ではなく固有の鬼神として登場)。
アイヌ語から取り入れた外来語もいくつかはある。
1 rakko〔ラッコ、海獺、猟虎〕:イタチ科のうちで水棲に進化したのがカワウソ類(カワウソ亜科)であるが、その中から海洋に進出して、陸に依存しないでも棲息可能なまでの本格的な適応を遂げた唯一の現生種が、ラッコ属であり、ラッコである。
2 tunakkay〔トナカイ、馴鹿(じゅんろく)〕:ツンドラ地帯に生息する。群れを形成し、季節によって大規模な移動を行う。天敵としてはオオカミ、オオヤマネコ、クズリ、ヒグマ等が挙げられる。
3 susam〔シュシャム、susu(柳)+ham(葉)〕:アイヌ民族の伝説に拠れば飢えに苦しんでいたアイヌの娘が病気の父のために川岸で神に祈りをささげたところ、柳の葉が川に次々と落ちて泳ぎ回りそれがシシャモになったという。
4 etupirka〔エトゥピリカ、etu(くちばし)+pirka(美しい)〕:冬羽は顔が灰色で飾り羽がなく、くちばしの根もとも黒っぽいが、夏羽では顔が白くなり、目の後ろに黄色の飾り羽が垂れ下がり、くちばしの根もとが黄褐色の独特の風貌となる。頭部が鮮やかに彩られる様から「花魁鳥」(おいらんちょう)という別名もある。
5 ruype〔ルイペ、ru(とける)+ipe(食料)〕: 生のサケ(鮭)をいったん冷凍し、その身を刺身のように薄く切ったもの。塩鮭は使わない。切った後、とくに解凍させずにそのままわさび醤油などで食べるのが普通である。凍った鮭の身の独特の食感が特徴で、生の刺身とは風味が少し異なる。
6 aynu (アイヌ):「人間」を意味する言葉で、もともとは「カムイ」(自然界の全てのものに心があるという精神に基づいて自然を指す呼称)に対する概念としての「人間」という意味であったとされている。
7 kotan (コタン):「宅地」をさし、アイヌ民族の生活の本拠地でありアイヌの社会を形成する最も小さな単位である。
8 nispa〔ニシパ、裕福な人、~さん〕:金持ち。裕福な人。長者。旦那。紳士。主人。(男性の敬称)……さん。
※かつて織井茂子が歌った「黒百合の歌」の歌詞にある言葉である。
黒百合の歌 作詞 菊田一夫 作曲 古関裕而 唄 織井茂子
(1) 黒百合は 恋の花
愛する人に 捧げれば
二人はいつかは 結びつく
ああ あああああ あああああああ
この花ニシパに あげようか
あたしはニシパが 大好きさ
(2) 黒百合は 魔物だよ
花の香りが 沁み付いて
結んだ二人は 離れない
ああ あああああ あああああああ
あたしが死んだら ニシパもね
あたしはニシパが 大好きさ
アイヌの神の タブーだよ
やがてはあたしも 死ぬんだよ
ああ あああああ あああああああ
ああああ ああああ あああああ
ああああ ああああ あああ あああ
(3) 黒百合は 毒の花
アイヌの神の タブーだよ
やがてはあたしも 死ぬんだよ
ああ あああああ あああああああ
ああああ ああああ あああああ
ああああ ああああ あああ あああ
宜しければ、お聞きあれ。 http://www.youtube.com/watch?v=8vvWng-h0Wg
9 pirka〔ピリカ、良い、美しい〕:良い、良くなる。美しい、美しくなる。立派だ、元気だ、治る。
※「知床旅情」の歌詞に「今宵こそ君を抱きしめんと 岩陰によればピリカが笑う」とあるが、「今日こそ君を抱きしめようと(下心を持って)美しい(ピリカとかかっている)女性を岩陰に誘ったら、下心を見透かしたようにエトピリカに笑われた」という解釈するのだそうだ。これは森繁さんご本人がおっしゃったことだそうだ。宜しければ、お聞きあれ。 http://www.youtube.com/watch?v=tfjKZD03Ox8
10 kamuy〔カムイ、神威、神居〕:神格を有する高位の霊的存在のこと。アイヌ民族の伝統的信仰は日本神道に近いとする説もあり、その場合多神教に分類される。カムイが日本語のカミと共通起源の語彙であるとする説もある。日本語の「カミ」と同様、「霊」や「自然」と表現してもおかしくない(キリスト教の神のような唯一絶対の存在ではない)。日本神道の「八百万の神」も、アイヌの信仰文化と同様の「アニミズム」の特徴があるという説もある。
11 yukar〔ユーカラ、アイヌ叙事詩〕:アイヌ民族に伝わる叙事詩の総称である。短いものから何日もかけて語られる長いものまである。アイヌは文字を持たないため、口承で伝えられてきた。

12 korpokkur〔コロポックル、kor(フキの葉)+pok(下)+kur(人)〕: アイヌの伝承に登場する小人。
13 nipopo〔ニポポ、ni(木)+popo(赤ん坊) 木の人形〕:郷土玩具。「ニポポ」にはアイヌ語で「小さな木の子供」「人形」という意味がある。縦長の木に丸い顔が彫られたもので、胴は八角形のこけしのような形状をしている。一つの台座に男女一対の人形を並べたものが多い。/狩猟の際、ニポポに祈念すると必ず狩猟が成就するという信仰があり、狩猟で捕らえた動物を料理する際は、まずニポポの口に供えるという風習があった。また、ニポポに願い事をして、それが成就された時は、ニポポの首に装身具を飾る。
14 iomante〔イオマンテ、i(それを)+oman(行く)+te(何々させる《使役動詞語尾》〕:ヒグマなどの動物を殺してその魂であるカムイを神々の世界 (kamuy mosir《カムイ モシリ) に送り帰す祭りのことである。「それ」とは恐れ多いカムイの名を直接呼ぶ事を避けた婉曲表現であり、従ってイオマンテとは「カムイを行かせる」儀式の意である。また、語頭のiとoの間に渡り音のyが挿入されてiyomante=イヨマンテという発音になることも多い。
※戦後間もなく流行した唄である。
熊祭(イヨマンテ)の夜 詞 菊田一夫 曲 古関裕而 唄 伊藤久雄
アホイヤァーーーーー イヨマンテ
(1) 熊祭(イヨマンテ) 燃えろかがり火
ああ 満月よ
今宵 熊祭 踊ろう メノコよ
タムタム 太鼓が鳴る
熱き唇(くちびる) われに寄せてよ
(間奏)
ああ あああ ああああ ああああ ああああ
あああ あああ イヨマンテ
(2) 熊祭(イヨマンテ) 燃えろひと夜を
ああ わが胸に
今宵 熊祭 可愛い メノコよ
部落の 掟(おきて)破り
熱き吐息を われに与えよ
(間奏)
ああ あああ ああああ ああああ ああああ
あああ あああ イヨマンテ
宜しければお聞きあれ。 http://www.youtube.com/watch?v=baTKIgIwgd8
1 rakko〔ラッコ、海獺、猟虎〕:イタチ科のうちで水棲に進化したのがカワウソ類(カワウソ亜科)であるが、その中から海洋に進出して、陸に依存しないでも棲息可能なまでの本格的な適応を遂げた唯一の現生種が、ラッコ属であり、ラッコである。
2 tunakkay〔トナカイ、馴鹿(じゅんろく)〕:ツンドラ地帯に生息する。群れを形成し、季節によって大規模な移動を行う。天敵としてはオオカミ、オオヤマネコ、クズリ、ヒグマ等が挙げられる。
3 susam〔シュシャム、susu(柳)+ham(葉)〕:アイヌ民族の伝説に拠れば飢えに苦しんでいたアイヌの娘が病気の父のために川岸で神に祈りをささげたところ、柳の葉が川に次々と落ちて泳ぎ回りそれがシシャモになったという。
5 ruype〔ルイペ、ru(とける)+ipe(食料)〕: 生のサケ(鮭)をいったん冷凍し、その身を刺身のように薄く切ったもの。塩鮭は使わない。切った後、とくに解凍させずにそのままわさび醤油などで食べるのが普通である。凍った鮭の身の独特の食感が特徴で、生の刺身とは風味が少し異なる。
6 aynu (アイヌ):「人間」を意味する言葉で、もともとは「カムイ」(自然界の全てのものに心があるという精神に基づいて自然を指す呼称)に対する概念としての「人間」という意味であったとされている。
7 kotan (コタン):「宅地」をさし、アイヌ民族の生活の本拠地でありアイヌの社会を形成する最も小さな単位である。
8 nispa〔ニシパ、裕福な人、~さん〕:金持ち。裕福な人。長者。旦那。紳士。主人。(男性の敬称)……さん。
※かつて織井茂子が歌った「黒百合の歌」の歌詞にある言葉である。
黒百合の歌 作詞 菊田一夫 作曲 古関裕而 唄 織井茂子
(1) 黒百合は 恋の花
愛する人に 捧げれば
二人はいつかは 結びつく
ああ あああああ あああああああ
この花ニシパに あげようか
あたしはニシパが 大好きさ
(2) 黒百合は 魔物だよ
花の香りが 沁み付いて
結んだ二人は 離れない
ああ あああああ あああああああ
あたしが死んだら ニシパもね
あたしはニシパが 大好きさ
アイヌの神の タブーだよ
やがてはあたしも 死ぬんだよ
ああ あああああ あああああああ
ああああ ああああ あああああ
ああああ ああああ あああ あああ
(3) 黒百合は 毒の花
アイヌの神の タブーだよ
やがてはあたしも 死ぬんだよ
ああ あああああ あああああああ
ああああ ああああ あああああ
ああああ ああああ あああ あああ
宜しければ、お聞きあれ。 http://www.youtube.com/watch?v=8vvWng-h0Wg
9 pirka〔ピリカ、良い、美しい〕:良い、良くなる。美しい、美しくなる。立派だ、元気だ、治る。
※「知床旅情」の歌詞に「今宵こそ君を抱きしめんと 岩陰によればピリカが笑う」とあるが、「今日こそ君を抱きしめようと(下心を持って)美しい(ピリカとかかっている)女性を岩陰に誘ったら、下心を見透かしたようにエトピリカに笑われた」という解釈するのだそうだ。これは森繁さんご本人がおっしゃったことだそうだ。宜しければ、お聞きあれ。 http://www.youtube.com/watch?v=tfjKZD03Ox8
10 kamuy〔カムイ、神威、神居〕:神格を有する高位の霊的存在のこと。アイヌ民族の伝統的信仰は日本神道に近いとする説もあり、その場合多神教に分類される。カムイが日本語のカミと共通起源の語彙であるとする説もある。日本語の「カミ」と同様、「霊」や「自然」と表現してもおかしくない(キリスト教の神のような唯一絶対の存在ではない)。日本神道の「八百万の神」も、アイヌの信仰文化と同様の「アニミズム」の特徴があるという説もある。
11 yukar〔ユーカラ、アイヌ叙事詩〕:アイヌ民族に伝わる叙事詩の総称である。短いものから何日もかけて語られる長いものまである。アイヌは文字を持たないため、口承で伝えられてきた。
13 nipopo〔ニポポ、ni(木)+popo(赤ん坊) 木の人形〕:郷土玩具。「ニポポ」にはアイヌ語で「小さな木の子供」「人形」という意味がある。縦長の木に丸い顔が彫られたもので、胴は八角形のこけしのような形状をしている。一つの台座に男女一対の人形を並べたものが多い。/狩猟の際、ニポポに祈念すると必ず狩猟が成就するという信仰があり、狩猟で捕らえた動物を料理する際は、まずニポポの口に供えるという風習があった。また、ニポポに願い事をして、それが成就された時は、ニポポの首に装身具を飾る。
※戦後間もなく流行した唄である。
熊祭(イヨマンテ)の夜 詞 菊田一夫 曲 古関裕而 唄 伊藤久雄
アホイヤァーーーーー イヨマンテ
(1) 熊祭(イヨマンテ) 燃えろかがり火
ああ 満月よ
今宵 熊祭 踊ろう メノコよ
タムタム 太鼓が鳴る
熱き唇(くちびる) われに寄せてよ
(間奏)
ああ あああ ああああ ああああ ああああ
あああ あああ イヨマンテ
(2) 熊祭(イヨマンテ) 燃えろひと夜を
ああ わが胸に
今宵 熊祭 可愛い メノコよ
部落の 掟(おきて)破り
熱き吐息を われに与えよ
(間奏)
ああ あああ ああああ ああああ ああああ
あああ あああ イヨマンテ
宜しければお聞きあれ。 http://www.youtube.com/watch?v=baTKIgIwgd8
中国からの外来語はふつう漢語と呼ばれているが、なかにはすっかり骨肉化して中国語由来とは感じられないものもある。ただ、漢語という場合には日本で造った手製の漢語をも含めていうのが普通である。この漢語の問題に就いてはヨーロッパ諸国からの外来語とは別に取り扱う点が多いので、ここでは省くことにする。
1 餃子(ギョーザ、jiaozi《ジャオズ》):小麦粉に水を加えて薄くのばしてつくった皮で肉、エビ、野菜などで作った具を包み、茹でたり、焼いたり、蒸したり、揚げたりした食べ物である。中国の春秋時代(紀元前6世紀頃)の遺跡からすでに食べられていた痕跡が見つかっている。敦煌の唐代の墳墓では、副葬品として壺に入った餃子が乾燥状態で発見されているという。
2 青梗菜(チンゲンザイ、quinggengcai《チンゴンツァイ》): チンゲン菜は、「青梗菜」を中国語読みしたチンゴンツァイに由来する。「青梗」は「茎が緑色」の意味で、茎が白いものは「白菜(パクチョイ)」と呼ばれる。1972年の日中国交正常化以降、日本でも栽培されるようになった。1980年代に入ると急速に普及し、日本で最も栽培される中国野菜となった。
3 満貫(マンガン、manguan):マージャンで、上がりの点数が多くなりすぎないように一定の限度に制限した点数。ふつうマンガン・跳ねマンガン・倍マンガン・役マンガンなどがある。
4 面子(メンツ、Mianzi):もともと麻雀用語で牌の組み合わせや麻雀のメンバーのことをいう。ここからメンバー、顔ぶれ、人数という意味で使われるようになった。また中国語で面子は「面目・体裁・世間体」といった意味でも使われ、同じ意味で日本にも伝わっている。「メンツを立てる」「メンツを潰される」といったセリフで使われるメンツがこれにあたる。
5 麺麻(メンマ、mianma):シナチク(支那竹)とも呼ばれ、タケノコを乳酸発酵させた加工食品。戦前から関東地方を中心に「支那そば(東京ラーメン)」の定番具材となっていた。
6 拉麺(ラーメン、lamian):中国の麺料理を原形に、大正時代ごろから日本各地に広まり、その後日本流のアレンジが加えられ独自の進化をした麺料理である。ラーメンの「拉(ラー)」は中国語で「引っ張る」、「麺(メン)」は小麦粉を意味する。麺は製法によって、「拉麺(ラーメン)」「刀削麺(とうさくめん)」「捍麺(かんめん)」と呼ばれる。中国では、麺のみの意味で「ラーメン」が用いられ、スープを入れた汁そばは「湯麺(タンメン)」という。「老麺」や「柳麺」は当て字である。
7 辣油(ラーユ、layout):唐辛子などの香辛料を植物油の中で加熱して辛味成分を抽出した調味料である。「辣」とは熱を伴う辛さのこと。中国料理・四川料理(特に麻婆豆腐や担担麺など)の調味料、薬味として用いられる。
8 立直(リーチ、lizhi):立直(リーチ)は、麻雀において、聴牌(テンパイ)を宣言する行為、および、その宣言によって成立する役である。1翻(イーハン)。宣言後は手牌を変えることができないなどの制限が付くが、和了したときに立直という役が上乗せされるため、点数は高くなる。
9 雲呑(ワンタン、huntun、広東語では wahn-tan): 細かく刻んだ肉や魚介類、野菜などを混ぜた餡を、薄く伸ばした小麦粉の四角い皮で包み、いったん茹でてからスープに入れて供される。ワンタンは華北で生まれたが、しばらくは餃子と区別されていなかった。「渾沌」と書かれ、漢字の発達とともに「餛飩」という字になったという。日本では、平安時代に編纂された漢和字典『新撰字鏡』に「餛飥」と記載されており、「こんとん」と読める音注と餅との説明がついている。餛飩は現代の呉語では「ウンドン」、陝西省の西安語では「ホエトエ」と発音するというがが、日本に伝来したワンタンがうどん、餺飥〔ほうとう、山梨県(甲斐国)を中心とした地域で作られる郷土料理〕、さらには大分県の鮑腸〔ほうちょう、団子汁〕や栃木県のはっと〔米の生産を怠ることを憂えた殿様が、ご法度を発令した為に付けられたとも、平安時代に存在した菓子の「薄飩(はっとん)」から付けられたともいう〕のルーツである可能性も指摘されている。なお、雲呑は汁に浮かんだワンタンを空に浮かぶ雲に見立て、それを呑むことは縁起がいいからといわれる説があるそうだが、嘘か真か?
10 攙和〔チャンポン、Champon、Canpon〕:肉・野菜などをいため、中華風のうどんと一緒にスープで煮た長崎の名物料理のこと。またこれから、2種類以上のものをまぜこぜにすること、また、そのさまをいう。語源については、諸説あるが、福建語の挨拶「吃飯(シャポン)」若しくは「吃飯了(チーファンラ)」(直訳するなら「飯は食ったか?」)から来ているとの説、同じく福建語の「混ぜる」を意味する語「掺混〔福州語で読むと「サンホウン」、廈門の閩南語で読むと「チャムフン」〕」から来ているとする説が存在する。また、沖縄のチャンプルーと関連があるともいわれる。マレー語及びインドネシア語の「campur(チャンプル)」、「ちゃんぽん」、「チャンプルー」はともに「混ぜる、ごちゃ混ぜにする」という意味があり、同一語源の可能性がある。後述の沖縄のちゃんぽんはおかず載せごはんであるが、その形態はインドネシアのナシチャンプル(nasi campur ナシはご飯の意味)と一致する。さらに、鉦の音(ちゃん)と鼓の音(ぽん)という擬音としてつなげた近世(江戸時代)の造語であるとしている。「混ぜること」より発生が遅い料理名の「ちゃんぽん」について、中国語説を取り上げながらも、「混ぜること」の意味から影響された名前される。ただ、いずれも根拠が乏しく単なる連想による民間語源の可能性が強い。
まっこと、食い物と麻雀用語だけで申し訳ない。
隣国の朝鮮との交渉は、古くからあったのだから、朝鮮語からの外来語もなかったわけではなかろうが、はっきりしたことは不明である。現在も好く使われているものには、
1 Chongkak(チョンガー、総角=もと、成人式をあげる前の、髪の結い方):未婚男子の俗称。独身の者を表す日本海軍の隠語としても知られる。海上自衛隊でも使われているらしい。かつては独身男性を指す単語としてよく使われたが、現在この単語を使うのは年配層に絞られる。
2 jeogori (チョゴリ、Chŏgoriとも標記、赤古里・襦):朝鮮の上衣で,男女とも同形である。男はこの下にパジ(袴)をはき,女はさらにパジの上にチマ(裳)をつける。庶民は素色の白が主だが,灰,うすい水色,黄,紅,緑などチマよりは明るい色を好む。素材は特に限定はない。三国時代から形は変わらず,李朝の初めまでは1mくらいの長いチョゴリを着て,腰を布か革のバンドでしめたが,16世紀末の壬辰・丁酉倭乱(文禄・慶長の役)以降はこの長さが短くなり,腰のバンドもなくなった。
3 Kimchee(キムチ):朝鮮語で「野菜を漬けたもの」の意である沈菜(チムチェ)が語源とする説や、沈漬(チムチ)、鹹菜(ハムチェ)を語源とする説など各種あり、定かではない。
4 Jjigae(チゲ):キムチや肉、魚介類、豆腐などを出汁で煮込んだ、朝鮮半島の鍋料理のひとつ。
5 Galbi(カルビ):韓国語で肋骨(あばら)を意味するが、韓国料理においてはその周辺に付いている肉、つまりばら肉のことを言う。多くの場合、牛のカルビの焼肉を指すが、豚・鶏においてもカルビと言うこともある。カルビという語は、下腹を意味するモンゴル語の借用と見られるそうだが、最初の用例が現れるのは李朝時代に入ってからであるという。李朝時代の本では「乫飛」という漢字で書いあるということだ。
6 Makgeolli(マッコリ):朝鮮の大衆向け醸造酒の1つ。日本のどぶろくに相当する。語源は「マッ+コルダ(粗雑に+濾す)」という朝鮮語から来ており、「粗く濾した酒」という意味である。その見かけから「濁酒」(タクチュ)、「滓酒」(ジェチュ)と呼ばれる他に、昔は農作業をしながら水代わりに飲まれていたことから「農酒」(ノンジュ)と呼ばれたり、家ごとに自家醸造し振舞われていたことから、「家醸酒(カヤンジュ)」とも呼ばれていた。マッコリは朝鮮の固有語であるため漢字表記はないが、漢字を用いる中国語では「馬格利」と表記される。
などがある。
1 餃子(ギョーザ、jiaozi《ジャオズ》):小麦粉に水を加えて薄くのばしてつくった皮で肉、エビ、野菜などで作った具を包み、茹でたり、焼いたり、蒸したり、揚げたりした食べ物である。中国の春秋時代(紀元前6世紀頃)の遺跡からすでに食べられていた痕跡が見つかっている。敦煌の唐代の墳墓では、副葬品として壺に入った餃子が乾燥状態で発見されているという。
2 青梗菜(チンゲンザイ、quinggengcai《チンゴンツァイ》): チンゲン菜は、「青梗菜」を中国語読みしたチンゴンツァイに由来する。「青梗」は「茎が緑色」の意味で、茎が白いものは「白菜(パクチョイ)」と呼ばれる。1972年の日中国交正常化以降、日本でも栽培されるようになった。1980年代に入ると急速に普及し、日本で最も栽培される中国野菜となった。
3 満貫(マンガン、manguan):マージャンで、上がりの点数が多くなりすぎないように一定の限度に制限した点数。ふつうマンガン・跳ねマンガン・倍マンガン・役マンガンなどがある。
4 面子(メンツ、Mianzi):もともと麻雀用語で牌の組み合わせや麻雀のメンバーのことをいう。ここからメンバー、顔ぶれ、人数という意味で使われるようになった。また中国語で面子は「面目・体裁・世間体」といった意味でも使われ、同じ意味で日本にも伝わっている。「メンツを立てる」「メンツを潰される」といったセリフで使われるメンツがこれにあたる。
5 麺麻(メンマ、mianma):シナチク(支那竹)とも呼ばれ、タケノコを乳酸発酵させた加工食品。戦前から関東地方を中心に「支那そば(東京ラーメン)」の定番具材となっていた。
6 拉麺(ラーメン、lamian):中国の麺料理を原形に、大正時代ごろから日本各地に広まり、その後日本流のアレンジが加えられ独自の進化をした麺料理である。ラーメンの「拉(ラー)」は中国語で「引っ張る」、「麺(メン)」は小麦粉を意味する。麺は製法によって、「拉麺(ラーメン)」「刀削麺(とうさくめん)」「捍麺(かんめん)」と呼ばれる。中国では、麺のみの意味で「ラーメン」が用いられ、スープを入れた汁そばは「湯麺(タンメン)」という。「老麺」や「柳麺」は当て字である。
7 辣油(ラーユ、layout):唐辛子などの香辛料を植物油の中で加熱して辛味成分を抽出した調味料である。「辣」とは熱を伴う辛さのこと。中国料理・四川料理(特に麻婆豆腐や担担麺など)の調味料、薬味として用いられる。
8 立直(リーチ、lizhi):立直(リーチ)は、麻雀において、聴牌(テンパイ)を宣言する行為、および、その宣言によって成立する役である。1翻(イーハン)。宣言後は手牌を変えることができないなどの制限が付くが、和了したときに立直という役が上乗せされるため、点数は高くなる。
9 雲呑(ワンタン、huntun、広東語では wahn-tan): 細かく刻んだ肉や魚介類、野菜などを混ぜた餡を、薄く伸ばした小麦粉の四角い皮で包み、いったん茹でてからスープに入れて供される。ワンタンは華北で生まれたが、しばらくは餃子と区別されていなかった。「渾沌」と書かれ、漢字の発達とともに「餛飩」という字になったという。日本では、平安時代に編纂された漢和字典『新撰字鏡』に「餛飥」と記載されており、「こんとん」と読める音注と餅との説明がついている。餛飩は現代の呉語では「ウンドン」、陝西省の西安語では「ホエトエ」と発音するというがが、日本に伝来したワンタンがうどん、餺飥〔ほうとう、山梨県(甲斐国)を中心とした地域で作られる郷土料理〕、さらには大分県の鮑腸〔ほうちょう、団子汁〕や栃木県のはっと〔米の生産を怠ることを憂えた殿様が、ご法度を発令した為に付けられたとも、平安時代に存在した菓子の「薄飩(はっとん)」から付けられたともいう〕のルーツである可能性も指摘されている。なお、雲呑は汁に浮かんだワンタンを空に浮かぶ雲に見立て、それを呑むことは縁起がいいからといわれる説があるそうだが、嘘か真か?
まっこと、食い物と麻雀用語だけで申し訳ない。
隣国の朝鮮との交渉は、古くからあったのだから、朝鮮語からの外来語もなかったわけではなかろうが、はっきりしたことは不明である。現在も好く使われているものには、
1 Chongkak(チョンガー、総角=もと、成人式をあげる前の、髪の結い方):未婚男子の俗称。独身の者を表す日本海軍の隠語としても知られる。海上自衛隊でも使われているらしい。かつては独身男性を指す単語としてよく使われたが、現在この単語を使うのは年配層に絞られる。
3 Kimchee(キムチ):朝鮮語で「野菜を漬けたもの」の意である沈菜(チムチェ)が語源とする説や、沈漬(チムチ)、鹹菜(ハムチェ)を語源とする説など各種あり、定かではない。
4 Jjigae(チゲ):キムチや肉、魚介類、豆腐などを出汁で煮込んだ、朝鮮半島の鍋料理のひとつ。
5 Galbi(カルビ):韓国語で肋骨(あばら)を意味するが、韓国料理においてはその周辺に付いている肉、つまりばら肉のことを言う。多くの場合、牛のカルビの焼肉を指すが、豚・鶏においてもカルビと言うこともある。カルビという語は、下腹を意味するモンゴル語の借用と見られるそうだが、最初の用例が現れるのは李朝時代に入ってからであるという。李朝時代の本では「乫飛」という漢字で書いあるということだ。
6 Makgeolli(マッコリ):朝鮮の大衆向け醸造酒の1つ。日本のどぶろくに相当する。語源は「マッ+コルダ(粗雑に+濾す)」という朝鮮語から来ており、「粗く濾した酒」という意味である。その見かけから「濁酒」(タクチュ)、「滓酒」(ジェチュ)と呼ばれる他に、昔は農作業をしながら水代わりに飲まれていたことから「農酒」(ノンジュ)と呼ばれたり、家ごとに自家醸造し振舞われていたことから、「家醸酒(カヤンジュ)」とも呼ばれていた。マッコリは朝鮮の固有語であるため漢字表記はないが、漢字を用いる中国語では「馬格利」と表記される。
などがある。
昨日、西宮のYK氏から絵葉書〔高橋由一(鮭)〕が届いた。曰く、
9/25(火)、今日は鮭の絵で有名な高橋由一・展を観に京都国立近代美術館に行って来ました。鮭の絵は3種類あり、この会葉書の絵が重要文化財となっています。/久し振りの京都でしたが美術館の往復だけでした。天気は快晴で汗ばむ位でした。/最近はすっかり秋らしくなり朝夕は寒い位の時があります。/どうぞ貴兄もご自愛の上、風など引かぬ様気を付けてください。/まずは美術館行ごほうこくまで 草々
早速ネット上で、高橋由一展について調べてみた。
丁髷(ちょんまげ)姿の自画像: この作品の裏面に「これは高橋由一の四十才ころの肖像なり」と記したのは息子源吉の妻たかである。40歳頃に描かれたとすれば、満年齢ならば慶応3年(1867)、数え年ならばその前年ということになる。丁髷(ちょんまげ)を結っていたのがいつ頃までなのかははっきりしていないが、みずから「由一」と名乗るのが明治維新(1868年)頃と考えられているから、最後の武士姿を記録に留めるとともに、画家高橋由一の誕生を告げる記念碑的な制作ではなかったかと想像される。
※高橋 由一〔たかはしゆいち、文政11(1828)~明治27(1894))は江戸生まれの日本の洋画家。幼名は猪之助、のち佁之介。名は浩、字は剛。明治維新後に由一を名乗る。号は藍川、華陰逸人。居庵号は、石蒼波舎、伝神楼。近世にも洋画や洋風画を試みた日本人画家は数多くいたが、由一は本格的な油絵技法を習得し江戸後末期から明治中頃まで活躍した、日本で最初の「洋画家」といわれる。「天絵楼(後に天絵社、天絵学舎)」という画塾を開いて約4年にわたり、毎月展覧会を催したり、「臥遊席珍」という日本初の美術雑誌を創刊したり、美術館の建設運動をしたり、まさに開拓者であった。
花魁:吉原の稲本楼には代々小稲(こいな)という売れっ子の花魁がいた。明治5年(1872)4月28日の『東京日日新聞』に、由一が小稲の肖像を描いたとする記事があり、本図がそれにあたると考えられている。由一はあくまでも即物的な人物描写、衣装や簪(かんざし)に対するリアルな質感表現に徹している。そのことが怖いまでの迫真性につながったが、小稲本人は私はこんな顔じゃありませんと泣いて怒ったという。
山形市街図:明治10年(1877)に建設された山形県庁舎が画面の中央、まっすぐにのびる道の先にみえる。右手には警察本署、師範学校、左手に山形警察署、勧業博物館、製糸所など「擬洋風建築」の建物が建ち並ぶ。この近代的景観は山形県令の三島通庸(みちつね)によって数年間のうちに作り出されたものである。この作品は山形の写真師菊池新学が撮影した同構図の写真を利用して描かれたのだが、道行く人々は由一が独自に描き込んだものである。出来たての都市を写した記念写真というにふさわしい作品である。

鮭:ただ吊された鮭を描いただけの絵がなぜ重要文化財に指定され、教科書に掲載され、試験問題になるのか。理由はいくつかある。第一に、西洋の油絵技術を本格的に学び描き普及につとめた高橋由一の画業を代表する傑作であるという歴史的な価値付けはゆるがない。その上で、改めて作品をよく見てみると、まず実作品の意外な大きさに驚かされる。普段小さな図版でしか見ていないからだ。実物大かそれ以上にも感じる大きさとともに、その質感表現は、「写真みたいな」というよりも「触ってみたくなる」迫真性がある。さらに重要なことは、このような特徴をもつ作品はヨーロッパを探してもないということだ。物真似ではないところに生まれた極めてユニークな芸術的価値が近年とみに見直されている。/由一があえて吊された新巻鮭をモチーフに選んだ理由については、たとえば新年の贈答品として縁起のいい画題と考えたからかもしれないし、あるいは縦長の画面が日本家屋の柱に掛けるにふさわしいと考えたからかもしれない。いずれにしても、由一の得意とする写実的描写がもっともよくあらわれていることが評判にもなったことは事実で、気をよくした由一はしばしば同様の作品を描いたと考えられている。明治8年(1875)の京都博覧会に《鮭》という作品を出品しているし、画塾主催の月例展にも《塩鮭の図》《鮭の図》と題して数点出品している。現在、由一作とされる鮭の図は数点しられているが、それらがどれに相当するものかは判っていない。山形美術館寄託の《鮭》については由一が明治20年(1887)の東北旅行のおりに滞在した山形県楯岡の旅館に伝わったものである。
第十一代山田荘左衛門顕善像(新発見作品):長野県中野市の旧家山田家の資料のなかから発見された新出の肖像画作品。像主11代山田荘左衛門顕善は地元の公職を歴任した名士で、明治14年(1881)に引退すると東京に出ることも多くなったという。本図とともに発見された日記ほかの資料から、明治16年(1883) 4月12日に上京して由一に肖像画制作を依頼し、2ヶ月ほどで作品が出来上がり代金40円20銭を支払ったことなどもわかった。注文制作の具体的な制作過程を教えてくれる貴重な資料である。
三代目海老名権左エ門夫妻像(新発見作品):山形県村山市の旧家に伝わる男女の肖像画。この展覧会の準備段階で新たに由一作と確認された初公開作品。『高橋由一史料』には明治20年(1887)10月に「海老名老夫妻」を描いたと記されている。還暦を迎えていた由一が山形を訪れ、三代目海老名権左エ門(69歳)とその妻ふさ(58歳)の夫婦の肖像を描いたものであるとわかる。また、修理の必要性から調査したところ紙を麻布で裏打ちするという珍しい支持体に描かれていることもわかった。
早速ネット上で、高橋由一展について調べてみた。
本日のウェブニュースより
安倍新総裁:意地の再挑戦結実…「政権投げ出し」印象今も ―― 自民党総裁に初の返り咲きを果たした安倍晋三元首相(58)を支えたのは、「無念を晴らしたい」(側近)との一念だった。突然の首相辞任から5年−−安倍氏自身、首相在任中の07年参院選の大敗、その後の「政権投げ出し」が、09年の野党転落につながったことを自覚しており、迷いながらの意地の再挑戦だった。次期衆院選で政権を奪還し、自民党結党以来初めてとなる首相再登板を目指す。
「突然首相を辞任し、皆様方に迷惑をかけた。総裁選の勝利で5年前の私の責任が消えるわけではない。この責任をしっかりと胸に刻んで政権奪還に全力を尽くす」
26日午後、自民党本部8階ホール。総裁選を制した安倍氏は口を真一文字に結んだまま壇上に上がり、拳を振りながら意気込みを語った。安倍内閣が総辞職したのは07年9月25日。首相退陣からちょうど5年がたち、再び自民党総裁に就いた。
安倍氏は06年9月、52歳で首相に就任。「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げ、憲法改正などを目指した。在任中、憲法改正手続きを定めた国民投票法や改正教育基本法などが成立。しかし参院選の大敗を経て、持病の潰瘍性大腸炎が悪化し辞任を余儀なくされた。
安倍氏は失意の中で、月刊誌「文芸春秋」(08年2月)に「何より憂えるのは、首相の座を辞したことで保守の理念が色あせることだ」との手記を載せ、無念さをにじませた。その後、新薬によって体調は回復し、10年2月には、保守勢力の結集を目指す超党派議連の「創生『日本』」をつくり、復活の機会をうかがった。
しかし、今回の再挑戦には周囲も慎重だった。所属する町村派からは町村信孝元官房長官(67)が総裁選に立候補し、同派に影響力を持つ森喜朗元首相からは自重を求められた。当初は出馬しても劣勢とみられ、決選投票に残る上位2位以内に入る可能性は低かった。
追い風となったのは尖閣諸島や竹島を巡る中国、韓国とのあつれきだ。中国の反日デモや中国船の領海侵入などを受けて、安倍氏の「日本の領土、領海を断固として守る」との主張が浸透。麻生派や高村派の支持も得て、決選投票で石破茂前政調会長(55)を逆転した。
安倍氏には首相在任中、自らに近い議員を閣僚などで優遇したことから、「お友達内閣」と皮肉られた経験がある。町村氏は26日、記者団に対し「前回、挫折した経験を踏まえて、幅広く党の人材を活用してもらいたい」と注文をつけた。 〔毎日新聞 2012年09月27日 01時30分(最終更新 09月27日 08時54分)〕
今朝ほど携帯にメールが入った。曰く、
IKです。先日、松崎へ行きました。長松寺や大浜にも行きました。帰宅し西伊豆町のホームページ見たら30日に仁科地区見学会開催とのこと。長松寺も見学とあり。いやはや残念です。取り急ぎご報告まで
早速、返信しておいた。曰く、「メールありがとう。早速西伊豆町のホームページを開いてみましょう。」
西伊豆町のHPを開いてみたら、次のような記事があった。
ふるさと再発見!「仁科地区まちあるき会」を開催します! ―― 仁科地区まちづくり協議会では、「ふるさとの宝マップ」を利用して「まちあるき会」を実施しています。今回は、「築地エリア」を中心とした「まちあるき会」を開催します。/西伊豆町に住んでいて知らなかった事や、わからなかった事など、ふるさとを再発見してみませんか?/多くのみなさまのご参加をお待ちしております!
日時 平成24年9月30日(日曜日)午前9時30分から午前11時30分頃まで(※小雨決行)
場所 築地エリア 持ち物 帽子、タオル、飲み物など
内容 築地橋付近に集合し、下記コースを歩きます。
(築地橋→長松寺→神明社→戦線興業→耕地整理記念碑→外部馬頭観音→築地橋)
その他 (1)申込みや参加費用は必要ありませんので、当日現地集合でお願いします。
(2)保険は各自で加入してください。
昨日、町会の回覧で訃報が入った。葬儀一切はごく内々に身内のものだけで行なわれたらしい。同じ町内でもあり、とても気さくなごふじんで、道でお会いするとその都度、声を掛けてくださり、立ち話をしてくださる間柄である。お子さんのH子さん・Mさん・H君は塾友だし、早速近くに住む長女のH子さんに電話して、事情を聞き、遺霊にお参りさせていただくことにする。
今朝ほどT家へお悔やみに参上した。享年82歳、元気なお姿しか拝見していなかったが、H子さんの話によると、突然の死で今も信じられないという。何はともあれ、ご冥福を申し上げる。
薤露歌 (楽府詩集)
薤上露 薤上(かいじょう)の露
何易晞 何ぞ晞(かわ)き易(やす)き
露晞明朝更復落 露は晞(かわ)けども 明朝更に復(ま)た落つ
人死一去何時帰 人は死して一(ひと)たび去れば何(いず)れの時にか帰ら
(訳) 薤(おおにら)の上に降りた露の
何と忽ちに乾くことか
露はたとえ乾いても 明日の朝にはまた戻る
人は一たび死んでしまえば 元に戻るときは無い
「突然首相を辞任し、皆様方に迷惑をかけた。総裁選の勝利で5年前の私の責任が消えるわけではない。この責任をしっかりと胸に刻んで政権奪還に全力を尽くす」
26日午後、自民党本部8階ホール。総裁選を制した安倍氏は口を真一文字に結んだまま壇上に上がり、拳を振りながら意気込みを語った。安倍内閣が総辞職したのは07年9月25日。首相退陣からちょうど5年がたち、再び自民党総裁に就いた。
安倍氏は06年9月、52歳で首相に就任。「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げ、憲法改正などを目指した。在任中、憲法改正手続きを定めた国民投票法や改正教育基本法などが成立。しかし参院選の大敗を経て、持病の潰瘍性大腸炎が悪化し辞任を余儀なくされた。
安倍氏は失意の中で、月刊誌「文芸春秋」(08年2月)に「何より憂えるのは、首相の座を辞したことで保守の理念が色あせることだ」との手記を載せ、無念さをにじませた。その後、新薬によって体調は回復し、10年2月には、保守勢力の結集を目指す超党派議連の「創生『日本』」をつくり、復活の機会をうかがった。
しかし、今回の再挑戦には周囲も慎重だった。所属する町村派からは町村信孝元官房長官(67)が総裁選に立候補し、同派に影響力を持つ森喜朗元首相からは自重を求められた。当初は出馬しても劣勢とみられ、決選投票に残る上位2位以内に入る可能性は低かった。
追い風となったのは尖閣諸島や竹島を巡る中国、韓国とのあつれきだ。中国の反日デモや中国船の領海侵入などを受けて、安倍氏の「日本の領土、領海を断固として守る」との主張が浸透。麻生派や高村派の支持も得て、決選投票で石破茂前政調会長(55)を逆転した。
安倍氏には首相在任中、自らに近い議員を閣僚などで優遇したことから、「お友達内閣」と皮肉られた経験がある。町村氏は26日、記者団に対し「前回、挫折した経験を踏まえて、幅広く党の人材を活用してもらいたい」と注文をつけた。 〔毎日新聞 2012年09月27日 01時30分(最終更新 09月27日 08時54分)〕
今朝ほど携帯にメールが入った。曰く、
IKです。先日、松崎へ行きました。長松寺や大浜にも行きました。帰宅し西伊豆町のホームページ見たら30日に仁科地区見学会開催とのこと。長松寺も見学とあり。いやはや残念です。取り急ぎご報告まで
早速、返信しておいた。曰く、「メールありがとう。早速西伊豆町のホームページを開いてみましょう。」
西伊豆町のHPを開いてみたら、次のような記事があった。
日時 平成24年9月30日(日曜日)午前9時30分から午前11時30分頃まで(※小雨決行)
場所 築地エリア 持ち物 帽子、タオル、飲み物など
内容 築地橋付近に集合し、下記コースを歩きます。
(築地橋→長松寺→神明社→戦線興業→耕地整理記念碑→外部馬頭観音→築地橋)
その他 (1)申込みや参加費用は必要ありませんので、当日現地集合でお願いします。
(2)保険は各自で加入してください。
昨日、町会の回覧で訃報が入った。葬儀一切はごく内々に身内のものだけで行なわれたらしい。同じ町内でもあり、とても気さくなごふじんで、道でお会いするとその都度、声を掛けてくださり、立ち話をしてくださる間柄である。お子さんのH子さん・Mさん・H君は塾友だし、早速近くに住む長女のH子さんに電話して、事情を聞き、遺霊にお参りさせていただくことにする。
今朝ほどT家へお悔やみに参上した。享年82歳、元気なお姿しか拝見していなかったが、H子さんの話によると、突然の死で今も信じられないという。何はともあれ、ご冥福を申し上げる。
薤露歌 (楽府詩集)
薤上露 薤上(かいじょう)の露
何易晞 何ぞ晞(かわ)き易(やす)き
露晞明朝更復落 露は晞(かわ)けども 明朝更に復(ま)た落つ
人死一去何時帰 人は死して一(ひと)たび去れば何(いず)れの時にか帰ら
(訳) 薤(おおにら)の上に降りた露の
何と忽ちに乾くことか
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プロフィール
ハンドルネーム:
目高 拙痴无
年齢:
93
誕生日:
1932/02/04
自己紹介:
くたばりかけの糞爺々です。よろしく。メールも頼むね。
sechin@nethome.ne.jp です。
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