瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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栂(つが)を詠んだ歌
 
(つが)はマツ科ツガ属の常緑高木です。高さは20メートルを越えるまでに成長します。2月頃に花が咲きます。
 
 
万葉集には5首に詠まれています。いずれも、「つぎづきに」を導く枕詞(まくらことば)として使われています。
 
巻1-0029: 玉たすき畝傍の山の橿原のひじりの御代ゆ.......(長歌)
 
巻3-0324: みもろの神なび山に五百枝さし.......(長歌)
 
巻6-0907: 瀧の上の三船の山に瑞枝さし繁に生ひたる.......(長歌)
 
※笠金村(かさの-かなむら、生没年不詳)
 
奈良前期の歌人。卑官に終わりましたが、山部赤人とともに、柿本人麻呂を継承する宮廷歌人として評価されていました。赤人が自然詠にすぐれるのに対し、人事詠に特徴があるとされます。天皇の行幸に従った際の作歌が多い。志貴皇子挽歌(巻二)が著名です。《万葉集》に長歌11,短歌約30首が載ります。
17-4006: かき数ふ二上山に神さびて立てる栂の木.......(長歌)
 
19-4266: あしひきの八つ峰の上の栂の木の.......(長歌)


 

(すもも)を詠んだ歌
 
李はバラ科サクラ属の落葉小高木です。4月頃、桃の花より少し小さめの白い花を咲かせます。中国原産で、日本にはかなり古く渡ってきたそうです。桃の実に似ていますが、味はすっぱいので「すもも」と呼ばれるようになったそうです。
 
 
万葉集には一首だけに登場します。
19-4140:吾が園の李の花か庭に散るはだれのいまだ残りたるかも
 
ウェブニュースより
 
大阪)夏の甲子園中止、「野球王国」に衝撃広がる ―― 今夏の全国高校野球選手権大会と、その代表校を決める大阪大会の中止が決まった。「覚悟はしていたけど、くやしい」。甲子園を目指してきた球児や関係者らは声を落とした。
 
 
創部3年目で夏の大阪大会初勝利を目指していた羽衣学園(高石市)。朝西知徳監督(55)は「甲子園への出場や試合での勝利は『目標』の一つだが、野球をする本来の目的は自己鍛錬。人間として成長する機会ととらえたい」と話す。
 
チームは昨年秋に公式戦初勝利を挙げ、勢いに乗っていた。3年の牧野義大(よしひろ)主将(18)は「創部に努力した先輩方に夏の1勝をプレゼントできないのは悔しいが、積み上げてきたことを無駄にせず、しっかりとした終わり方ができるようにしたい」と語った。
 
南大阪代表として100回大会に出場した近大付(東大阪市)。夏の甲子園は過去5回出場した。藤本博国監督(49)は「2年前の出場で高校野球の歴史を身にしみて感じただけに、今回の中止は残念で仕方ない」と声を落とす。
 
部員は夏を目標に自宅などでトレーニングを続けてきた。藤本監督は「部員の気持ちを考えると無念だが、野球人生はこれからも続く。前を向いて野球に取り組ませたい」と話した。
 
市岡(大阪市港区)は府内で唯一、第1回から大阪大会への出場を続けてきた。部員は家で素振りや筋トレなどに励み、LINEで報告し合ってモチベーションを高めていた。
 
野口諭史監督(38)は「どう受け入れたらいいのかわからない。言葉がない」と声を詰まらせる。「高校野球をつくってきた皆勤校の野球部員であることには変わりない。必死で努力をしてきた部員たちには誇りを持ってほしい」
 
3年の森田周太郎主将(17)は「夏の大会があると信じて、できることをやってきたので悔しい。昨年の夏の大会は経験したので、後輩には夏でしか味わえない緊張や喜びの経験を伝えたい」と語った。
 
夏の甲子園を5度制した大阪桐蔭(大東市)の西谷浩一監督(50)は「覚悟はしていたが、中止を聞いた時は3年生の顔が浮かんで胸が苦しくなった」。
 寮
で暮らす部員には自身の口から伝えるつもりだが、「(出場予定だった)春の選抜大会が中止になった時は『夏がある』と伝えた。今回はどんな言葉をかけても穴は埋められない」。それでも、何とか部員が前を向けるように方法を考えたいという。
 
「甲子園で優勝するために大阪桐蔭に来た子たち。1日や2日で気持ちは切り替えられないと思うが、寄り添って今後の野球人生の道標を作ってあげたい」
        

 
府高校野球連盟の伊原登・専務理事は「非常に残念だが、新型コロナウイルスの感染状況を見つつ、意見を出し合った結果だ」と話した。
 
甲子園への代表校を決める大阪大会は中止となったものの、「選手には球場でプレーさせてあげたい」として、府高野連として独自の大会を開く方向で検討するという。
 
ただ、国の緊急事態宣言が続いており、府内の大半の高校は練習すらできていない。伊原専務理事は「事故防止のためにも最低1カ月程度は練習する必要があるだろう。授業や部活動の再開時期、感染予防対策など、いろんな条件を踏まえつつ、大会が実施できるか判断したい」と述べた。
           (朝日新聞DIGITAL 2020521 930分)


黒川検事長が辞表 政府高官、総長の監督責任言及 ―― 東京高検の黒川弘務検事長(63)が新聞記者らと賭けマージャンをした疑いがあると報じられた問題で、森雅子法相は21日、黒川氏が辞表を提出したと明らかにした。首相官邸で安倍晋三首相に報告後、記者団に述べた。
 
 
政府は22日の閣議で辞職を承認する。政府高官は21日、稲田伸夫検事総長の監督責任について「調査結果次第だ」と言及した。
 
森氏は黒川氏を国家公務員法上の懲戒処分ではない訓告にしたことを明らかにし、黒川氏の辞職に「責任を痛感している」と述べた。関係者によると、後任に林真琴・名古屋高検検事長(62)が浮上している。
 
黒川氏は新型コロナウイルスによる緊急事態宣言期間中の5月1日と13日、産経新聞社の記者2人や朝日新聞社の社員1人とマンションの一室で賭けマージャンをした。
 黒
川氏は21日、「報道内容は一部事実と異なる部分もあるが、私の行動は緊張感に欠け、軽率にすぎるものであり猛省している」とのコメントを出した。
 
黒川氏は2月に63歳の定年を迎える予定だった。首相は21日、政府が1月に定年の延長を閣議決定したことについて「最終的に当然責任がある。批判は真摯に受け止めたい」と述べた。「法務省から厳正なプロセスを経て請議がなされた」とも強調した。首相官邸で記者団の質問に答えた。
      [日本経済新聞 2020/5/21 20:21 (2020/5/22 4:51更新)]


 

(すみれ)を詠んだ歌
 
(すみれ)は、スミレ科スミレ属のスミレです。春に野原や道端に小さな花を咲かせます。ちなみに、花が大工道具の墨入れ(すみいれ)に似ていることから菫(すみれ)と呼ばれているそうですが、はっきりとはしていません。
 
 
第8巻に3首、第17巻に1首が詠まれていて、「すみれ」、もしくは「つほすみれ」と詠まれています。
巻8-1424: 春の野にすみれ摘みにと来し我れぞ野をなつかしみ一夜寝にける
 
巻8-1444: 山吹の咲きたる野辺のつほすみれこの春の雨に盛りなりけり
 
※高田女王(たかだのじょおう、生没年不詳)
 
奈良時代の歌人。「万葉集」巻4に大原今城(いまき)におくった歌6首、巻8に1首がおさめられ、注に高安王(大原高安)の娘とあります。
巻8-1449: 茅花抜く浅茅が原のつほすみれ今盛りなり我が恋ふらくは
 
※大伴田村大嬢(おおともの-たむらのおおいらつめ、生没年不詳)
 
奈良時代の歌人。大伴宿奈麻呂(すくなまろ)の娘。「万葉集」に異母妹大伴坂上大嬢(さかのうえのおおいらつめ)におくった歌9首や大伴稲公(いなきみ)からおくられた恋の歌がみえます。
※坂上大嬢(さかのうえのおおいらつめ、生没年不詳)
 
奈良時代の歌人。父は大伴宿奈麻呂(おおとものすくなまろ)で、母はその異母妹で万葉歌人の坂上郎女(いらつめ)です。従兄弟(いとこ)の大伴家持(やかもち)の妻。家持と恋愛関係にあったころ(730年代)彼に贈った短歌11首が『万葉集』に収められています。歌風は後期万葉の傾向を反映して、おおむね類型的で平明ですが、ときに新鮮な感覚・表現の作もあります。「春日山(かすがやま)(かすみ)たなびき心ぐく照れる月夜にひとりかも寝む」(巻4-0735)もその一例で、一種甘くやるせない思いを誘う眼前の景を通してひとり寝のせつなさを訴えた佳作です。
 
17-3973: おおきみの命かしこみあしひきの山野さはらず.......
◎この歌には、次のような標題がついています。


 

(しきみ)を詠んだ歌
 
(しきみ)は、シキミ科シキミ属の常緑小高木の樒(しきみ)です。3~4月に、ごく薄黄い、または白い細長い花をさかせます。樒の実は有毒なので気をつけましょう。
 
 
万葉集に樒(しきみ)を詠んだ歌は、一首だけです。
4476: 奥山のしきみが花の名のごとやしくしく君に恋ひわたりなむ
 
※大原今城(おおはらの-いまき、生没年不詳)
 
奈良時代の皇別氏族出身の官僚。歌人。姓は真人。もと今城王といいました。穂積皇子と大伴坂上女郎の子。天平11(739)年高安王らと共に大原真人の氏姓を与えられました。同20年兵部少丞正七位下などを経て、天平勝宝9(757)年、従五位下、治部少輔。天平宝字7(763)年左少弁に任じられますが、藤原仲麻呂の乱に連座して官職位階を奪われたようです。宝亀2(771)年従五位下に復し兵部少輔になり、翌年駿河守に任じられたとあるのが史料にみえる官歴の最後です。『万葉集』に18首の歌を残し、大伴家持と親交のあったことが知られます。

ウェブニュースより
 
<新型コロナ>願う 終息、秋の三社開催 浅草神社で氏子ら祈願祭 -― 台東区の浅草神社(浅草二)で十八日、新型コロナウイルスの早期終息を願う祈願祭があった。合わせて十五~十七日に実施予定だった三社祭の秋への延期を奉告する祭事も行われ、参列した氏子らは祭りが無事開催できるよう祈った。
 
 
祭事は、神職や参列者がマスクを着用して実施。神前で祝詞を奏上し、十月十六~十八日に延期された三社祭の開催と新型コロナウイルスの沈静化を祈った。笛の音が響く中、みこ二人が「浦安の舞」を舞い、終息を祈願した。神社の総代数人が参列した。
 
三社祭の今年の日程は当初、今月十五~十七日だった。約百基の町神輿(みこし)が繰り出す「連合渡御(とぎょ)」、三基の本社神輿を境内から担ぎ出す「宮出し」、木遣(きや)り隊や芸者衆らがにぎやかに歩く「大行列」、都無形民俗文化財に指定されている田楽舞「びんざさら舞奉納」などが予定されていた。
 
新型コロナウイルスの収束状況を考慮し、八月下旬に最終的な開催可否や規模について決定する見通し。三社祭が秋に開催されるのは初めてとなるという。
 
三社祭を主催する氏子団体、同神社奉賛会の宮本卯之助会長は「浅草だけでなく日本の人にとって、三社祭は一番重要なお祭り。なんとかやりたいという思いでいる」と強調。冨士滋美副会長(浅草観光連盟会長)も「今までとは違ったルールが必要になるかもしれないが、知恵を絞って開催したい」と話した。
 
浅草神社の土師(はじ)幸士宮司は「安全性を確保した上で祭礼、祭典を行うことが第一」とした上で、「神輿を担ぐことができない状況ならば、台車に載せて町を練り歩くなど、やり方を検討していきたい」と話している。
◆写真で、コメントで「祭待つ熱」寄せられ したまち支局ツイッター
 
心にぽっかり穴があいてしまった人もいる。みんなでお祭り気分を-と、本来なら三社祭本番だった十五~十七日に合わせ、東京新聞したまち支局は、支局ツイッターで祭りの過去の写真などを募集した。十四日に「#三社祭2020が待ち遠しい」のハッシュタグを付けての投稿を呼び掛けた。
 
 
アップされたのは、約百基の町神輿が集結して手締めが行われる壮大なシーンの動画や、祭りの衣装で笑顔の子どもたち、神酒所でくつろぐ町会役員の写真など。三社祭限定手ぬぐいの画像も。浅草観光連盟の関係者からは、目にするのが難しい本社神輿(みこし)が厳かに神輿庫から出発する様子の動画も寄せられた。
 
浅草の人たちは、秋開催への思いもツイート。「延期になった十月を目標に自粛を頑張りましょう」「まだまだ乗り越えるハードルはありますが(中略)明るい未来へと進みたい」と前向きなコメントがつづられた。
 
投稿内容は、「#三社祭2020が待ち遠しい」で検索すれば閲覧できる。   (東京新聞 2020519日)


 

狭野方(さのかた)を詠んだ歌
 
万葉歌に詠まれている「狭野方(さのかた)」が何を示しているかは、はっきりしていないようですが、木通(あけび)だとの説があります。
 
 
木通(あけび)は、アケビ科アケビ属の落葉つる性の植物です。4~5月頃の山の中で、淡い紫色の花をつけているのを見ることができます。つるが丈夫なので、昔からかごを編むのに使われることもあったようです。
 
春の相聞歌(そうもんか)二首と譬喩歌(ひゆか)一首に詠まれています。
10-1928: さのかたは実にならずとも花のみに咲きて見えこそ恋のなぐさに
 
10-1929: さのかたは実になりにしを今さらに春雨降りて花咲かめやも
 
13-3323: しなたつ筑摩さのかた息長の越智の小菅.......(長歌)

 


ウェブニュースより
 
検察庁法改正案、今国会での成立断念 世論の反発配慮 ―― 政府・与党は18日、検察官の定年を引き上げる検察庁法改正案の今国会での成立を断念した。野党や世論が同法案への反発を強め、採決を急げば政権運営に悪影響を与えかねないと判断した。今国会は継続審議とし、秋にも開く臨時国会での審議をめざす。
 
 
法案は検察幹部に役職定年を設ける一方、内閣の判断で幹部の定年を最長3年延長できる特例規定を盛り込んだ。SNS(交流サイト)を通じ、反対意見を表明する書き込みなどが相次いだ。
 
安倍晋三首相は18日夜、首相官邸で記者団に「様々な批判をいただくなかで国民のご理解をいただきながら進めていくことが肝要だ」と述べた。
 
首相は18日、自民党の二階俊博幹事長と官邸で会談し「国民の理解なくして審議を前に進めるのはどうだろうか」と伝えた。新型コロナウイルス対策を優先し、2020年度第2次補正予算案の速やかな成立につなげる方針で一致した。
 
これを踏まえ、自民、公明両党の幹事長と国会対策委員長が会談し、成立断念を決めた。一括審議する国家公務員法改正案と合わせて採決を見送る。自民党の森山裕国対委員長は定年延長の特例規定に関し、政府が具体的な基準などを示す必要性を指摘した。
 
検察庁法改正案は一般職の国家公務員の定年を65歳に引き上げる国家公務員法改正案との束ね法案として衆院で一括審議している。政府・与党は今週中に衆院を通過させ、617日までの会期中に成立させる日程を描いていた。
 
政府は新型コロナウイルスの経済対策を盛り込んだ第2次補正予算案を27日にも閣議決定する。今国会での法案成立を断念した背景には野党の協力を得やすくし、第2次補正予算案の早期成立につなげる狙いもある。
       
日本経済新聞 2020/5/18 15:16 (2020/5/19 0:30更新)


 

桜を詠んだ歌8
18-4074: 桜花今ぞ盛りと人は言へど我れは寂しも君としあらねば
 
18-4077: 我が背子が古き垣内の桜花いまだ含めり一目見に来ね
 
19-4151: 今日のためと思ひて標しあしひきの峰の上の桜かく咲きにけり
 
20-4361: 桜花今盛りなり難波の海押し照る宮に聞こしめすなへ
 
20-4395: 龍田山見つつ越え来し桜花散りか過ぎなむ我が帰るとに
 


ウェブニュースより
 
オバマ氏「コロナ対応に指導者欠く」 トランプ氏批判 ―― 【ワシントン】オバマ前米大統領は16日、大学卒業式でのスピーチで新型コロナウイルスを巡るトランプ大統領の対応を念頭に「(政権の)多くの人たちが指導力を発揮するそぶりさえ見せていない」と痛烈に批判した。「社会や民主主義は自分だけでなく、お互いのことを思い合った場合にだけ機能する」とも語り、トランプ政権下で進む米社会の分断に警鐘を鳴らした。
 
 
オバマ氏は多くの黒人が通う高等教育機関「歴史的黒人大学」(HBCU)の卒業式で、オンラインを通じてスピーチを行った。歴代大統領が現政権を公然と非難するのは珍しい。オバマ氏は11月の大統領選で、民主党の候補指名を固めたバイデン前副大統領の支持を表明している。
 
オバマ氏はスピーチで政権の新型コロナに関し「責任ある多くの人たちが分かった上でやっているのだという考えにとうとう完全に終止符を打った」と指摘した。トランプ政権の後手に回る対応を批判した発言だ。
 
スピーチでは「この世界が良くなるとすればそれはみなさん次第だ」とも強調した。「みなさんが指導力を発揮するときだ」と訴え、若者の力で米社会を変革してほしいとエールを送った。トランプ氏に人種差別と受け取られかねない言動が目立つことを念頭に「皮肉や恐怖に覆われることのないビジョンを持つことを望む」とも語った。
 
トランプ氏はオバマ氏のスピーチ後に「オバマゲート!」とツイートした。トランプ氏は自身の元側近を訴追するためオバマ氏が政権末期に不正な工作活動をしていた疑いがあると主張。疑惑をニクソン元大統領の辞任につながった「ウォーターゲート事件」になぞらえて「オバマゲート」と繰り返し非難している。16日のツイートはオバマ氏のスピーチに反発する意思を示したものとみられる。   【日本経済新聞 2020/5/17 7:20 (2020/5/17 16:46更新)】


 

桜を詠んだ歌7
17-3967: 山峽に咲ける桜をただ一目君に見せてば何をか思はむ
◎この歌には次のような標題がついています。
 
17-3970: あしひきの山桜花一目だに君とし見てば我れ恋ひめやも
 
17-3973: おおきみの命かしこみあしひきの山野さはらず.......(長歌)
◎この歌の前には、長い標題が述べられています。以下、2つに分けて、その標訓と標訳を記します。
題詞:七言、晩春三日遊覧一首并序
題訓:七言、晩春の三月三日に遊覧せる一首并せて序
標題:上巳名辰、暮春麗景、桃花昭瞼以分紅、柳色含苔而競緑。于時也、携手曠望江河之畔、訪酒迥過野客之家。既而也、琴樽得性、蘭契和光。嗟乎、今日所恨徳星己少欠。若不扣寂含之章、何以摣逍遥野趣。忽課短筆、聊勒四韻云尓、餘春媚日宜怜賞 上巳風光足覧遊 柳陌臨江縟袨服 桃源通海泛仙舟 雲罍酌桂三清湛 羽爵催人九曲流 縦酔陶心忘彼我 酩酊無處不淹留
三月四日、大伴宿禰池主
標訓:上巳の名辰(めいしん)は、暮春の麗景(れいけい)、桃花(とうくわ)瞼を昭()かし以ちて紅(くれなゐ)を分ち、柳は色を含みて苔(こけ)と緑を競う。その時に、手を携へて曠(はる)かに江河の畔を望み、酒を訪(とぶら)ひて迥(はる)かに野客の家を過ぐ。既にして、琴樽(きんそん)の性(さが)を得、蘭契(らんけい)光を和(やわら)ぐ。嗟乎(ああ)、今日、恨むるは徳星己(すで)に少きことか。若()し寂(じゃく)を扣(たた)き之の章を含(ふふ)まずは、何を以ちて野を逍遥する趣(こころ)を摣()べむ。忽(たちま)ちに短筆に課(おほ)せ、聊(いささ)かに四韻を勒(ろく)し云ふに、餘春の媚日(びじつ)は怜賞(あは)れぶに宜(よろ)しく 上巳(じやうし)の風光は覧遊するに足る。柳陌(りうはく)は江に臨みて袨服(げんふく)を縟(まだらか)にし 桃源は海に通ひて仙舟を泛(うか)ぶ。雲罍(うんらい)に桂(けい)を酌()みて三清を湛(たた)へて 羽爵(うしゃく)は人を催(うなが)して九曲に流る。縦酔(しょうすい)に心を陶して彼我(ひが)を忘れて 酩酊し處として淹留(えんりう)せぬなし
三月四日に、大伴宿禰池主
標訳:三月三日の佳日には、暮春の風景は美しく、桃花は瞼を輝かしその紅色を見せ、柳は色を含んで苔とその緑を競う。その時に、友と手を携えて遥かに入り江や川のほとりを眺め、酒を供に遠くの野に住む人の家を行き過ぎる。そして、琴を奏で酒を楽しむことを得、君子の交わりは人の気を和らぐ。ああ、今日の日を怨むことは賢人を最初から欠くことでしょうか。もし、この風景に心を結びて文章としなければ、何をもって野をそぞろ歩く、その趣を顕そう。そこで拙い文才でもって、いささかな四韻の詩をしるし云うには、暮春の媚日は称賛するにふさわしく、 三月三日の風光は遊覧するのに十分だ。堤の柳は入り江に臨んで晴れの姿を美しくし、桃源郷は海に通じて仙人の舟が浮かぶ。雲雷の酒樽に桂の酒を酌んで盃に清酒を湛え、 羽爵の盃は人に酒を勧めて曲水を流れる。酔うままに心は陶酔してすべてを忘れ、 酩酊して一つ所に留まることはない。
三月四日に、大伴宿禰池主。


標題:昨日述短懐、今朝汗耳目。更承賜書、且奉不次。死罪々々。
遺下賎、頻恵徳音。英雲星氣。逸調過人。智水仁山、既韞琳瑯之光彩、潘江陸海、自坐詩書之廊廟。騁思非常、託情有理、七歩成章、數篇満紙。巧遣愁人之重患、能除戀者之積思。山柿謌泉、比此如蔑。彫龍筆海、粲然得看矣。方知僕之有幸也。敬和謌。其詞云
標訓:昨日短懐(たんくわい)を述べ、今朝耳目(じもく)を汗(けが)す。更に賜書(ししょ)を承(うけたまは)り、且、不次(ふじ)を奉る。死罪々々。
下賎を遺(わす)れず、頻(しきり)に徳音を恵む。英雲星氣あり。逸調(いつてう)人に過ぐ。智水仁山は、既に琳瑯(りんらう)の光彩を韞(つつ)み、潘江(はんかう)陸海は、自(おのづ)から詩書の廊廟(ろうべう)に坐す。思(おもひ)を非常に騁()せ、情(こころ)を有理に託()せ、七歩章(あや)を成し、數篇紙に満つ。巧みに愁人の重患を遣り、能く戀者(れんしゃ)の積思(せきし)を除く。山柿の謌泉は、此(これ)に比(くら)ぶれば蔑()きが如し。彫龍(てうりゅう)の筆海は、粲然(さんぜん)として看るを得たり。方(まさ)に僕が幸(さきはひ)あることを知りぬ。敬みて和(こた)へたる謌。その詞に云ふに、
標訳:昨日、拙い思いを述べ、今朝、貴方のお目を汚します。さらにお手紙を賜り、こうして、拙い便りを差し上げます。死罪々々(漢文慣用句)
下賤のこの身をお忘れなく頻りにお便りを頂きますが、英才があり優れた気韻があって、格調の高さは群を抜いています。貴方の智と仁とはもはや美玉の輝きを含んでおり、潘岳や陸機の如き貴方の詩文は、おのずから文学の殿堂に入るべきものです。詩想は高く駆けめぐり、心は道理に委ね、たちどころに文章を作り、多くの詩文が紙に満ちることです。愁いをもつ人の心の重い患いを巧みに晴らすことができ、恋する者の積る思いを除くことができます。山柿の歌はこれに比べれば、物の数ではありません。龍を彫るごとき筆は輝かしく目を見るばかりです。まさしく私の幸福を思い知りました。謹んで答える歌。その詞は、
 


 

桜を詠んだ歌6
11-2617: あしひきの山桜戸を開け置きて我が待つ君を誰れか留むる
 
12-3129: 桜花咲きかも散ると見るまでに誰れかもここに見えて散り行く
 
13-3305: 物思はず道行く行くも青山を振り放け見れば.......(長歌)
 
13-3309: 物思はず道行く行くも青山をふりさけ見れば.......(長歌)
 
16-3786: 春さらばかざしにせむと我が思ひし桜の花は散りにけるかも
◎巻十六の歌は、題詞にあるように伝承された各種の歌を集めて作られた巻です。そこで、この題詞に従って、それぞれの歌がここで取り上げられた「由縁」を想像するのも鑑賞の一つです。
 
16-3787: 妹が名に懸けたる桜花咲かば常にや恋ひむいや年のはに


 

桜を詠んだ歌5
9-1776: 絶等寸の山の峰の上の桜花咲かむ春へは君し偲はむ
 
※石川君子(いしかわの-きみこ、生没年不詳)
 
奈良時代の官吏。和銅8 (715) 年、播磨守(はりまのかみ)となり、兵部大輔(たいふ)をへて侍従。「万葉集」に短歌があり、その注によれば、神亀(じんき)年間に大宰少弐(だざいのしょうに)に任官したようです。「播磨国風土記(ふどき)」を編集した可能性のある人物のひとりです。名は吉美侯とも書きます。
※播磨娘子(はりまのおとめ、生没年未詳)
 
伝未詳。養老四 (720) 年十月頃、播磨国守の任を解かれて帰京する石川君子に贈った惜別の歌二首が万葉集巻九に残ります。播磨国の遊行女婦(うかれめ)かといいます。
10-1854: 鴬の木伝ふ梅のうつろへば桜の花の時かたまけぬ
 
10-1855: 桜花時は過ぎねど見る人の恋ふる盛りと今し散るらむ
 
10-1864: あしひきの山の際照らす桜花この春雨に散りゆかむかも
 
10-1866: 雉鳴く高円の辺に桜花散りて流らふ見む人もがも
 
10-1867: 阿保山の桜の花は今日もかも散り乱ふらむ見る人なしに
 
10-1869: 春雨に争ひかねて我が宿の桜の花は咲きそめにけり
 
10-1870: 春雨はいたくな降りそ桜花いまだ見なくに散らまく惜しも
 
10-1872: 見わたせば春日の野辺に霞立ち咲きにほへるは桜花かも
 
10-1887: 春日なる御笠の山に月も出でぬかも佐紀山に咲ける桜の花の見ゆべく
 
◎旋頭歌(せどうか)
 
5・7・7・5・7・7の6句形式の歌をいいます。片歌を繰り返した形です。上代に多く、記紀歌謡にみられ、《万葉集》にも60余首がありますが、平安時代になるとほとんど姿を消し、《古今和歌集》《千載和歌集》などに数首あるにすぎません。〈旋頭〉は頭句にかえるの意で、5・7・7の3句を繰り返す詩形の意であろうといいます。


 

桜を詠んだ歌4
9-1747: 白雲の龍田の山の瀧の上の小椋の嶺に咲きををる.......(長歌)
 
9-1748: 我が行きは七日は過ぎじ龍田彦ゆめこの花を風にな散らし
 
9-1749: 白雲の龍田の山を夕暮れにうち越え行けば瀧の上の.......(長歌)
 
9-1750: 暇あらばなづさひ渡り向つ峰の桜の花も折らましものを
 
9-1751: 島山をい行き廻れる川沿ひの岡辺の道ゆ昨日こそ.......(長歌)
 
9-1752: い行き逢ひの坂のふもとに咲きををる桜の花を見せむ子もがも
 
ウェブニュースより
 
黒川氏人事、無関係と主張 行革相、検察官の定年延長 ―― 武田良太行政改革担当相は13日の衆院内閣委員会で、検察官の定年延長を含む国家公務員法改正案に関し、今年1月に異例の延長が決まった黒川弘務東京高検検事長(63)の定年問題とは無関係だと主張した。黒川氏の人事と法改正の関連性を問われ「黒川氏のための法改正ではない」と述べた。国民民主党の後藤祐一氏は「後付け」で黒川氏の定年延長を正当化するためだと批判した。
 
野党は検察幹部の定年延長を巡る武田氏の答弁が不十分だとして内閣委を退席、委員会は休憩となった。与党は週内に衆院を通過させる構えを崩していない。13日の質疑は採決を前提としていないが、与野党攻防が活発化した。
   (東京新聞 2020513 1301分)

 
巡業人気者の勝武士さん、土俵下で糖尿発症不戦敗も ―― 大相撲で初めて新型コロナウイルス感染が判明していた東京・江東区の高田川部屋の三段目力士、勝武士(しょうぶし、本名末武清孝=すえたけ・きよたか)さんが13日午前0時半、新型コロナウイルス性肺炎による多臓器不全のため都内の病院で死去した。28歳だった。
 
 
新型コロナ感染での死者は角界初。国内で20代の死亡は年齢が明らかになっている中では初とみられる。28歳の早すぎる死は、ウイルスの恐ろしさを改めて世間に伝える形となった。
   ◇   ◇   ◇
 
最高位は三段目11枚目、勝武士さんは持病と付き合いながらの力士人生だった。糖尿病のため、インスリン注射は欠かすことができなかった。16年には取組直前に土俵下の控えで全身が赤らんで手が震え、異例の不戦敗を経験している。糖尿病による低血糖障がいだった。
 
巡業や花相撲では知られた人気者だった。元気で明るい性格。相撲の所作や禁じ手などを力士2人が面白おかしく実演する「しょっきり」を担当することが多く、ファンを楽しませた。兄弟子で1学年上の前頭竜電とは幼なじみで、山梨・竜王中ではともに柔道部に所属。気心の知れた仲で、付け人を長く務め兄弟子を支えた。
 
あまりにも早い別れに、周囲も胸を痛めた。竜王中柔道部の恩師、佐々木秀人さん(65)は「ワシより早くいっちゃダメだよ」と、声を震わせながら悲しんだ。中学時代の勝武士さんは稽古熱心で「何事にも一生懸命。体が小さいぶん、人の倍は稽古をしていた」と、170センチに満たない体で奮闘していた教え子を誇る。最後に会ったのは今年の2月だった。山梨県内で行われた竜電の後援会による激励会後に、佐々木さん、竜電、勝武士さんの3人だけで酒を酌み交わした。「そのときも元気だった。そんなにひどい糖尿病ではなかったと聞いていた。本当に残念」と肩を落とした。
 
09年に現師匠に部屋を譲った先代高田川親方の清水和一さん(75)は、勝武士さんの入門時を知っているだけに「びっくりした。まだ若いのに、考えられない」と驚きを隠せない様子。高田川親方の誘いを受けて入門したため、自身がスカウトした弟子ではなかったが「真面目な子。たまにふざける姿も見せていたけど、仕事に関しては無口で黙々とこなしていた」。丁寧な仕事ぶりを知っていただけに、沈痛な思いを吐露した。
◆勝武士幹士(しょうぶし・かんじ)本名・末武(すえたけ)清孝。1991年(平3114日、山梨・甲府市生まれ。竜王中では柔道部に所属し、中学卒業後に高田川部屋に入門。07年春場所で初土俵を踏んだ。最高位は17年九州場所の東三段目11枚目で、通算79場所で260279敗。165センチ、107キロ。得意は突き、押し。   [日刊スポーツ 20205132121]


 

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目高 拙痴无
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1932/02/04
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