千載集(964)の周防内侍の歌の詞書
二月ばかり月明き夜 二条院にて人人あまた居明して物語りなどし侍りけるに 内侍周防寄り臥して 枕をがなと 忍びやかに言ふを聞きて 大納言忠家これを枕にとて腕を御簾の下より差し入れて侍りければ よみ侍りける
春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなく立たむ名こそ惜しけれ
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現代語訳
夜更けまで人々が話しなどしている時に、内侍周防が物に寄りかかって横になっていました。周防が、ふと「枕が欲しいわ」とつぶやきました。耳にした藤原忠家が、「これを枕に」と自分の腕を御簾の下から差し入れてきました。それに対して詠んだ歌。
春の夜の夢みたいな、一時ばかりの手枕のせいで、甲斐もなく立ってしまう浮き名、それが惜しいのですよ。
※周防の返事は「他人の噂になるような遊びに乗るつもりはありませんよ」 という、洒落た断り文句。大納言忠家は、藤原俊成の祖父にあたる高位の貴族です。地方役人の娘である周防とは身分が違います。あきらかに遊びで声を掛けてきたを分かる男へ、即興の歌ではぐらかします。“春の夜の夢”は、実際の“2月(春)の夜”と、“はかない実現性の無い夢”という意味を持たせています。“かいなく”は、“甲斐がない(それほどの値打ちもない)”と、差し出された“腕(かいな)”を掛けています。技巧を駆使した見事な句に、忠家は、こう返します。
契りありて 春の夜ふかき 手枕を いかがかひなき 夢になすべき
(前世からの契りがあったので、春の夜更けにわたしたちはこうしてここにいます。御簾深く差し入れた手枕を、ただの春の夢にしてしまうのは、もったいないじゃないですか?)
無理矢理に関係を持たせようとするときの口説き文句です。“春の夜”や“かひなき”、“夢”など、周防の歌の句を使ったこちらも、技巧派の歌で返しています。雅な大人の恋の駆け引きでしょう。
sechin@nethome.ne.jp です。
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