十訓抄 第十 才芸を庶幾すべき事 10の4
帥民部卿経信卿、また、この人(藤原公任)におとらざりけり。
白河院、西川に行幸の時、詩・歌・管絃の三つの舟を浮べて、その道々の人々を分かちて乗せられけるに、経信卿、遅参のあひだ、ことのほかに御気色悪しかりけるほどに、とばかり待たれて参りたりけるが、三事兼ねたる人にて、汀にひざまづきて、「やや、どの舟にまれ、寄せ候へ」と言はれたりける、時にとりていみじかりけり。かく言はれん料に、遅参せられけるにこそ。
さて、管絃の舟に乗りて、詩歌を献ぜられたりけり。「三つの舟に乗る」とはこれなり。
※白河院が大堰川に行幸した際、漢詩・和歌・管弦の三つの船を川に浮かべ、その道に優れた人を乗せました。ところが、経信卿が遅れて姿を見せなかったので、院の機嫌が大変悪くなりました。しばらく待っているうちに経信卿参上。詩でも、歌でも、音楽でもどの道にも通じている人でしたので、経信卿は水際に膝まづいて、「おおい、どの舟でもかまわない、お乗せ下され」といいました。その場においては、これほど誇らしく、見事な振る舞いはありません。
もっとも、このような言葉をいうために、わざと遅参したとも言われている程です。経信卿はその時、管弦の舟に乗って、漢詩と和歌を献じました。
十訓抄 第十 才芸を庶幾すべき事 10の5
後三条院、住吉社に御幸ありける時、経信卿、序代を奉られけり。その歌にいはく、
沖つ風吹きにけらしな住吉の松のしづえを洗ふ白波
当座の秀歌なり。
かの卿、のちに俊頼朝臣を呼びて言はれける、「古今に入れる躬恒歌に、
住吉の松を秋風吹くからに声うちそふる沖つ白波
この歌、任大臣の大饗せん日、わが所詠の沖つ風の歌、中門の内に入りて、史生の饗につきなんや」と。俊頼いはく、「この仰せいかが。かの歌、全く劣るべからず。しかれども、古今歌たるによりて、かぎりありて、まづ任大臣候はんに、御作は一の大納言にて、当者として、南階よりねりのぼりて、対座に居なんとこそ存じ候へ」と言ふ。
「さてはさもありなんや、いかがあるべき」とて、感気ありけり。
また、自嘆していはく、「躬恒家集、歌多かるなかにも、『松を秋風』の歌のたけ・しなは、年長(た)けたる胡人の、錦の帽子したるが、尺八・琵琶を鳴らし、紫檀の脇息おさへて、詩を詠じ、うそぶき、眺望したる姿なり。このに向ひて、あひしらひしつべきは、わが、『沖つ風』の歌こそあれ」と言はれけり。
人の身には、一能の勝るるだにありがたきに、この人々、上古にすすめる英才なり。ゆゑに、能の始めに、これを注(しる)す。
現代語訳
後三条院が、住吉大社に行幸なさった時に、経信卿が、序代(和歌の序文)を奉られた。その歌にいうには、
沖つ風吹きにけらしな住吉の松のしづえを洗ふ白波
(沖の方では風が吹いたらしい。住吉の岸辺に生える松の下枝を、高くなって押し寄せる白波が洗っていることだ。)
その場にあたっての秀歌です。
その卿(経信)が、のちに俊頼朝臣を呼んでおっしゃるには、「『古今集』に入っている凡河内躬恒の歌に、(こうある)
住吉の松を秋風吹くからに声うちそふる沖つ白波
(住吉の浜に秋風が吹き、松が快い響きを立てると、沖では白波がそれに応じて楽を奏でている。)
この歌は、(この歌を大臣にたとえれば)大臣に任命された時の祝宴をする日に、私の詠んだ「沖つ風」の歌は、(お屋敷の)中門の中に入って、史生(下級役人、招待客の最下位)の御膳ぐらいはいただけるだろうか」と。
俊頼が言うには、「このお言葉はいかがなものでしょう。あの(沖つ風の)歌は、全く(躬恒の歌に)劣りはしません。しかしながら、『古今集』の歌でありますから、(比較にも)限度がありまして、まず(躬恒の歌が)任大臣の祝宴がありましたら、御作(沖つ風)は第一の大納言でありまして、当者(尊者の誤写? 主賓)として、(正面の)南の階からしずしずと昇って、(大臣の)正面の座に座るであろうと存じますが」と言います。
(経信は)「それならそうなるかもしれないな、(そうなったら)どうしようかな」と、嬉しそうでした。
また、(経信が)自賛して言うには、「躬恒の家集に、歌が多くある中にも、『松を秋風』の歌の勢いや基本は、老いた胡人の、錦の帽子をかぶったのが、尺八・琵琶を鳴らし、紫檀の脇息に寄りかかって、詩を詠じ、吟じて、あたりを眺めわたしている姿(のよう)でした。この歌に向かって、お相手することができるのは、私の、『沖つ風』の歌であろうよ」とおっしゃいました。
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