瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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奥の細道35 月山
 八日、月山(がっさん)にのぼる。
 木綿(ゆう)しめ身(み)に引きかけ、宝冠(ほうかん)に頭(かしら)を包(つつみ)、強力(ごうりき)といふものに道びかれて、雲霧山気(うんむさんき)の中に氷雪(ひょうせつ)を踏(ふみ)てのぼること八里(はちり)、さらに日月(じつげつ)行道(ぎょうどう)の雲関(うんかん)に入(い)るかとあやしまれ、息絶(いきたえ)身(み)こごえて頂上(ちょうじょう)にいたれば、日没(ぼっし)て月顕(あらわ)る。
 笹を鋪(しき)、篠(しの)を枕(まくら)として、臥(ふし)て明(あく)るを待(ま)つ。
 日出(い)でて雲消(きゆ)れば湯殿(ゆどの)に下(くだ)る。
 谷の傍(かたわら)に鍛治小屋(かじごや)といふあり。
 この国の鍛治(かじ)、霊水(れいすい)をえらびてここに潔斎(けっさい)して劔(つるぎ)を打(うち)、終(ついに)月山(がっさん)と銘(めい)を切(きっ)て世に賞(しょう)せらる。
 かの龍泉(りゅうせん)に剣(つるぎ)を淬(にらぐ)とかや。
 干将(かんしょう)・莫耶(ばくや)のむかしをしたふ。
 道に堪能(かんのう)の執(しゅう)あさからぬことしられたり。
 岩に腰(こし)かけてしばしやすらふほど、三尺ばかりなる桜のつぼみ半(なか)ばひらけるあり。
 ふり積(つむ)雪の下に埋(うずもれ)て、春を忘れぬ遅(おそ)ざくらの花の心わりなし。
 炎天(えんてん)の梅花(ばいか)ここにかほるがごとし。
 行尊僧正(ぎょうそんそうじょう)の哥(うた)の哀(あわ)れもここに思ひ出(い)でて、猶(なお)まさりて覚(おぼ)ゆ。
 そうじてこの山中(さんちゅう)の微細(みさい)、行者(ぎょうじゃ)の法式(ほうしき)として他言(たごん)することを禁(きん)ず。
 よりてて筆(ふで)をとどめて記(しる)さず。
 坊(ぼう)に帰れば、阿闍利(あじゃり)のもとめによりて、三山(さんざん)順礼(じゅんれい)の句々(くく)短冊(たんじゃく)に書く。
   涼(すず)しさや ほの三か月(みかづき)の 羽黒山(はぐろさん)
   雲の峯(みね) 幾(いく)つ崩(くず)れて 月の山
   語(かた)られぬ 湯殿(ゆどの)にぬらす 袂(たもと)かな
   湯殿山(ゆどのさん) 銭(ぜに)ふむ道の 泪(なみだ)かな 曽良(そら)

現代語訳
 八日、月山に登る。木綿注連を首に掛け、宝冠に頭を包み、強力という者に先導されて、雲や霧が立ち込めて冷え冷えとした中を、氷雪を踏んで八里ばかり登れば、まさに日月の通り道にある雲の関所に入ってしまうかと思いながら、息絶え絶えに、冷え切った身体で頂上に到着すると、折から日が暮れて、既に出ていた月が鮮明となった。笹を敷き、まとめた篠竹を枕にして、横になって夜が明けるのを待つ。朝日が出て雲が消えたので、湯殿山の方へ下った。
 谷の傍らに鍛冶小屋というのがある。この国の刀鍛冶、月山という人が、霊験のある水をここに選び、身を清めて剣を打ち、ついに「月山」と銘を刻んで世にもてはやされた。これは、中国のかの龍泉の水で鍛錬したというのに通じるものだろうか。その昔、名剣を作り上げた干将と妻の莫耶の故事を慕うものである。熟達した技を身につけるには、それに深くこだわることが大切と知られたことである。
 岩に腰かけてしばらく休んでいると、三尺ばかりの桜が、つぼみを半分ほど開きかけていた。降り積もった雪の下に埋まりながら、春を忘れずに花を開こうとする遅ざくらの花の心は実に健気である。「炎天の梅花」が、ここに花の香を匂わしているようであり、行尊僧正のおもむき深い歌も思い出されて、いっそうしみじみとした思いに駈られた。
 一般に、湯殿山の細かいことは、修行者の決まりとして、他人に話すことが禁じられている。従って、これ以上は筆を止めて記さないことにする。南谷の宿坊に帰ったのち、阿闍梨の求めに応じて、三山順礼の発句を短冊に書いた。
   日の落ちた羽黒山に佇み、西の空を眺めれば、はるかな山のあたりに三日月が出ているよ。たちこめる山気の中に見る月は、神々しくさえ感じられることである。
   昼間の陽射しの中で、猛々しく起立していた雲の峰はいつしか崩れ、今は、明かりに照らされた月の山が嫋(たお)やかに横たえているばかりであるよ。
   いにしえより恋の山と聞こえた湯殿の里に分け入れば、語らず聞かずの幽谷の奥に尊き神秘を拝し、袂を濡らしたことであるよ。
   湯殿山の霊域では、落ちたものを拾い上げることが禁じられている。こうした訳からだろうか、参道は、お賽銭を散り敷いたような有様であるよ。これを踏みつつお参りに上がると、かたじけない思いで涙がこぼれるのである。(曾良) 


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なるほど
芭蕉さんは

もろともにあはれと思え山桜 花よりほかに知る人もなし

を思い出していたのですね。
勉強になりました。

湯殿山、両親と叔父上、叔母上とご一緒しました。
懐かしいです。
爺の姪 2017/03/15(Wed) 編集
プロフィール
ハンドルネーム:
目高 拙痴无
年齢:
86
誕生日:
1932/02/04
自己紹介:
くたばりかけの糞爺々です。よろしく。メールも頼むね。
 sechin@nethome.ne.jp です。


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