瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
[2098] [2097] [2096] [2095] [2094] [2093] [2092] [2091] [2090] [2089] [2088]

十八史略より 鶏鳴狗盗
 靖郭せいくわ)君田嬰(でんえいなる者は、斉の宣王の庶弟なり。 薛(せつ)に封ぜらる。子有り(あり)文と曰ふ(いう)。 食客数千人。 名声諸侯に聞こゆ。 号して孟嘗君(まうしやうくん)と為す。 秦の昭王、其の賢を聞き、乃すなはち先づ質(ち)を斉に納(い)れ、もって見まみえんことを求む。 至れば則ち止め、囚へて之を殺さんと欲す。 孟嘗君人をして昭王の幸姫に抵いたり解かんことを求めしむ。 姫(き)曰はく、「願はくは君の狐白裘(こはくきう)を得ん」と。 蓋けだし孟嘗君、嘗もって昭王に献じ、他の裘(きゅう)無し。 客に能よく狗盗を為す者有り。 秦の蔵中(ぞうちゅう)に入り、裘を取りて姫に献ず。 姫為に言ひて釈(ゆる)さるるを得たり。 即ち馳せ去り、姓名を変じ夜半に函谷関に至る。 関の法、鶏鳴きて方に客を出だす。秦王の後に悔いて之を追はんことを恐る。 客に能く鶏鳴を為す者有り。 鶏尽ことごとく鳴く。遂に伝を発す。出でて食頃(しよくけい)にして、追う者果たして至るも及ばず。孟嘗君、帰りて秦を怨み、韓魏と之を伐ち函谷関に入る。秦城を割きて以て和す。



現代語訳
 靖郭君田嬰(せいかくくん でんえい)という人は、斉(せい)の宣王(せんおう)の異母弟である。薛(せつ)に領地をもらって領主となった。子どもがいて(その名を)文(ぶん)という。食客(しょくかく)は数千人いた。その名声は諸侯に伝わっていた。孟嘗君(もうしょうくん)と呼ばれた。秦の昭王(しょうおう)がその賢明さを聞いて、人質を入れて会見を求めた。(昭王は孟嘗君が)到着するとその地にとどめて、捕らえて殺そうとした。
 孟嘗君は配下に命じて、昭王の寵愛(ちょうあい)している姫へ行かせて解放するように頼ませた。寵姫は「孟嘗君の狐白裘(こはくきゅう)がほしい」と言った。実は孟嘗君は狐白裘を昭王に献上していて、狐白裘はなかった。食客の中にこそ泥の上手い者がいた。秦の蔵の中に入って狐白裘を奪って寵姫に献上した。寵姫は(孟嘗君の)ために口ぞえをして釈放された。すぐに逃げ去って、氏名を変えて夜ふけに函谷関についた。
 関所の法では、鶏が鳴いたら旅人を通すことになっていた。秦王が後で(孟嘗君を釈放したのを)後悔して追いかけてくることを恐れた。食客に鶏の鳴きまねの上手い者がいた。(彼が鶏の鳴きまねをすると)鶏はすべて鳴いた。とうとう旅客を出発させた。出てからまもなく、(孟嘗君が不安に思ってたとおりに)やはり追う者がやってきたが、追いつくことはできなかった。
 孟嘗君は帰国すると秦をうらんで、韓(かん)・魏(ぎ)とともに秦を攻めて函谷関の内側に入った。秦は町を割譲して和平を結んだ。

枕草子より
 頭辨の職にまゐり給ひて、物語などし給ふに、夜いと更けぬ。「明日御物忌なるにこもるべければ、丑になりなば惡しかりなん」とてまゐり給ひぬ。
 つとめて、藏人所の紙屋紙ひきかさねて、「後のあしたは殘り多かる心地なんする。夜を通して昔物語も聞え明さんとせしを、鷄の聲に催されて」と、いといみじう清げに、裏表に事多く書き給へる、いとめでたし。御返に、「いと夜深く侍りける鷄のこゑは、孟嘗君のにや」ときこえたれば、たちかへり、「孟嘗君の鷄は、函谷關を開きて、三千の客僅にされりといふは、逢阪の關の事なり」とあれば、
   夜をこめて鳥のそらねははかるとも世にあふ阪の關はゆるさじ
 心かしこき關守侍るめりと聞ゆ。
 立ちかへり、
   逢阪は人こえやすき關なればとりも鳴かねどあけてまつとか
とありし文どもを、はじめのは、僧都の君の額をさへつきて取り給ひてき。後々のは御前にて、


 「さて逢阪の歌はよみへされて、返しもせずなりにたる、いとわろし」と笑はせ給ふ。「さてその文は、殿上人皆見てしは」との給へば、實に覺しけりとは、これにてこそ知りぬれ。「めでたき事など人のいひ傳へぬは、かひなき業ぞかし。また見苦しければ、御文はいみじく隱して、人につゆ見せ侍らぬ志のほどをくらぶるに、ひとしうこそは」といへば、「かう物思ひしりていふこそ、なほ人々には似ず思へど、思ひ隈なくあしうしたりなど、例の女のやうにいはんとこそ思ひつるに」とて、いみじう笑ひ給ふ。「こはなぞ、よろこびをこそ聞えめ」などいふ。「まろが文をかくし給ひける、又猶うれしきことなりいかに心憂くつらからまし。今よりもなほ頼み聞えん」などの給ひて、後に經房の中將「頭辨はいみじう譽め給ふとは知りたりや。一日の文のついでに、ありし事など語り給ふ。思ふ人々の譽めらるるは、いみじく嬉しく」など、まめやかにの給ふもをかし。「うれしきことも二つにてこそ。かの譽めたまふなるに、また思ふ人の中に侍りけるを」などいへば、「それはめづらしう、今の事のやうにもよろこび給ふかな」との給ふ。

現代語訳
 頭の弁(=藤原行成)が、職の御み曹ぞう司しに参上なさって、お話などしていらっしゃった時に、(頭の弁が、)「夜もたいそう更けた。明日は天皇の物忌なので、(宮中に)こもらなければならないから、うしの刻こく(=午前二時ごろ)になってしまったら、(日付が変わって)よくないだろう。」と言って、(宮中へ)参内なさった。
 翌朝、蔵人所の紙屋紙を折り重ねて、(頭の弁が、)「今日は、心残りが多い気することです。夜を通して、昔話も申し上げて夜を明かそうとしたのだが、鶏の声に催促されて(帰ってしまいました)。」と、たいそう多くのことをお書きになっているのは、実にみごとだ。ご返事に、(私が、)「たいそう夜深くに(鳴いて)ございました鶏の声は、孟嘗君の(食客による偽鶏の鳴きまねの)ことでしょうか。」と申し上げたところ、折り返し、(頭の弁から、)「孟嘗君の鶏は、函谷関を開いて、三千人の食客がかろうじて逃げ去った、と(漢籍に)あるけれども、これは(同じ関でも、愛し合う男女が逢うという方の)逢坂の関のことです。」とあるので、
(私は、)「夜が明けないうちに、鶏の鳴きまねでだまそうとしても、(函谷関の関守ならばともかく、)この逢坂の関は、けっして許すことはないでしょう。
 利口な関守がおります。」と申し上げる。
 また折り返し、(頭の弁が、)
「逢坂は人が越えやすい関なので、鶏が鳴かなくても関の戸を開けて待つとか(いうことです)。」
と書いてあった手紙を、初めの手紙は僧都の君がたいそう額をついてまでも、お取りになってしまった。後の手紙は中宮様のところに。
 ところで、逢坂(=逢坂は人超えやすき~)の歌は圧倒されて、返歌もできなくなってしまった。たいそうよろしくない。そして、(頭の弁が、)「(あなたが書いた)その手紙は殿上人がみな見てしまったよ。」とおっしゃるので、(私が、)「(あなたが私の事を)本当にお思いになっていたのだなあと、これで自然と分かりました。すばらしいことなどを、人に言い伝えないのは、かいのないことですものね。また、見苦しいことが(世間に)広まるのはつらいので、(あなたの)お手紙は、しっかりと隠して人にまったく見せてございません。(私とあなたの)お心配りの程度を比べると、等しいのでございましょう。」と言うと、(頭の弁は、)「このように物をわきまえて言うところが、やはり他の人とは違うように思われる。『(手紙の内容を人に見せるのは)思いやりがなく、悪いことをしてしまった』などと、普通の女性のように言うだろうと思った。」などと言って、お笑いになる。(私は、)「これはどうして(そのようなことをおっしゃるのでしょうか)。(恨み言を言うどころか、むしろ)お礼を申し上げましょう。」などと言う。(頭の弁は、)「(あなたが)私の手紙をお隠しになったのは、また、やはりしみじみとうれしいことであるよ。(もし、あなたが私の手紙を人に見せていたら、)どんなに不快でつらいことだっただろうか。これからも、そのように(あなたのご配慮を)頼みに思い申し上げよう。」などとおっしゃって、(その)後に、経房の中将がいらっしゃって、(経房の中将が、)「頭の弁がたいそう(あなたのことを)褒めなさっていることは知っているか。などと、真面目におっしゃるのも面白い。(私が、)「うれしいことが二つで、あの(頭の弁が)褒めなさるとかいうのに(加えて)、また、(あなたの)『思い人』の中に(私が)ございましたのを(知って)。」と言うと、(経房の中将は、)「それをめったにない、今初めて知ったことのようにお喜びになるなあ。」などとおっしゃる。


 


この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
URL
コメント
パスワード Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
プロフィール
ハンドルネーム:
目高 拙痴无
年齢:
92
誕生日:
1932/02/04
自己紹介:
くたばりかけの糞爺々です。よろしく。メールも頼むね。
 sechin@nethome.ne.jp です。


小冊子の紹介
カレンダー
10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新コメント
[m.m 10/12]
[爺の姪 10/01]
[あは♡ 09/20]
[Mr.サタン 09/20]
[Mr.サタン 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
[爺 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
最新トラックバック
ブログ内検索
カウンター
Powered by ニンジャブログ  Designed by ゆきぱんだ
Copyright © 瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り All Rights Reserved
/