謎は「何ぞ?」と呼びかける語の名詞形ですが、単なる言葉遊びとは違いかなり高度なもので、一種のmental exercise(メンタル・エックスサイズ)といったものです。信仰に関連があり、巫子(みこ)の使う隠語、忌み詞の類に近かったものとわれます。
奈良末期の歌経標式(かきょうひょうしき)にもすでに謎々を織り込んだ歌がみられます。種々の歌の体を挙げて説明しているのですが、その中に譴警(けんけい、不正や過失を警告すこと)の歌というのがあります。譴警の語自体には、謎の意味はありませんが、譴警の歌の実体を見ると、謎の歌ということができます。
禰須弥能伊幣 与禰都岐不留比 紀呼岐利弖 比岐岐利伊ダ須 与都等伊不可蘇礼
ねずみのいへ よねつきふるひ きをきりて ひききりいだす よつといふかそれ
鼠の家 米搗き篩ひ 木を伐りて 挽き伐りい出す 四つといふかそれ
鼠の家=穴→あな(感動詞)、米搗き篩ひ=粉(こ)、木を伐りて挽き伐りいだす=火、四つ=シ。すなわち、穴粉火四、「あな恋し」となるのだとの説明がついています。
謎の起源はかなり古く、主に上流階級によってなされたものと思われます。平安時代にはなぞなぞ物語・なぞなぞ合わせの語が現われますし、なぞの歌合せもあったようです。ここでも和歌がなぞの温床であったわけです。和歌から連歌、時代も平安・鎌倉・室町となるにつれ次第に盛んになったといいます。室町時代には「謎(なぞだて)」と読んでいたようです。この頃に出来たと思われる謎の本に「後奈良院御撰何曾」という本があります。
十里の道を今朝歸る→ 濁り酒(五里が2つで十里、「けさ」の返りは「さけ」)
酒の肴→ 袈裟(さけの逆名だからケサ)
母には二度あ浸れど父には一度もあはず→ 唇(ハハfafaと発音するときは唇が二度あうが、チチchichiと発音するときは唇が合わない)
腹の中の子の声→ 柱(はらの中の子だから〈は子ら〉となる子の声は子という字の音であり、子(シ)となる。そこで「ハシラ」となる)
破れ蚊帳や→ 蛙(カイル、蚊いる)
蝋燭の先足袋の中にあり→ 盥(たらい、らふそくの先で「ら」、その「ら」がタビの中にあるから、タラヒとなる)
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江戸時代の初期には「寒川入道筆記」(1613年刊)がありますが、これは松永貞徳(1571~1654年)の作ではないかと言われているものです。和歌や俳諧に関する見聞録、笑い話、巻末には「譴詰之事」(本によっては「謎詰之事」)と題して当時のなぞなぞが109題載せられており、俳諧のネタをためておくための作者のメモとしての意味が強いといいます。笑い話は、教養のない「うつけもの」の滑稽な受け答えを題材とするものが多いようです。なぞなぞとしては「親の教訓、叶わず」として、答えを「子持ち犬」(子用いぬ)とするなど洒落が利いているものが含まれています。先行する他の著作に含まれるなぞなぞも複数あり、すべてのなぞなぞを著者が創作したというわけではありません。謎の調子も和歌や連歌から離れて、庶民的となってきます。
享保年間に入ると「何曽尽」とか「謎車氷室桜」などが出版され新しく、3段式の謎が登場します。
2段式のもの
炎天の雁がね→ 彼岸(干雁)
親が子に酒を盛る→ 木の芽(子飲め)
盗人の渡し守→ すりこ木(掏摸漕ぎ)
我が子田舎へ下る→ このたび(子の旅)
我が女房は妃になる→ 薩摩(后はき先で、いろは歌で「き」の先が「サ」、我が女房は「妻」、全体で「サツマ」となる)
3段式のもの(~とかけて、~と解く、心は~の形式)
浦島太郎の玉手箱とかけて 十二月三十一日と解く 心はあけると年を取る
江戸見物とかけて 吉原のひやかしと解く 心は見ながら帰る
扇の模様とかけて 明日の日和と解く 心はあけねば知れぬ
蕎麦屋の手間取りとかけて 鬼子母神と解く 心は粉(子)だらけ
月月とかけて 盃と解く 心は月代(さかやき)の月の字、月は月(つき)なり
野次馬とかけて 池の中の金魚と解く 心は物好き(藻のすき)に出る
若後家とかけて 張り子の虎と解く 心は大きな腹で手々(父)がない
江戸時代の謎を点出してみましたが、謎とはいうものの推理を働かせるその源には、秀句や地口(添付図参照)の知識が必要だし、さらに縁語や懸詞、いろは歌や漢字の知識(音訓)など、日本語によく通じていなくてはなりません。また、歴史上の人物や事件、物語の主人公などについても一応の知識がないと謎は解けないということです。あらゆる点から当意即妙のウィットと日本語の理解が必要になります。
謎は明治に入っても盛んでしたが、次第に言語遊戯の枠をはみ出して、考え物の感じが強くなってきます。やがては大人の世界からは忘れ去られ、単なる遊びになっていきました。
sechin@nethome.ne.jp です。
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