奈良時代以前には日本語を表す文字が出来ていなかったため、古代の日本人は、中国から輸入した「漢字の読み方(音や訓)」を工夫して、日本語を書き記していました。
例えば「山」のことを『万葉集』では「八万・也末・野麻」、『古事記』では「山・夜麻」と表記しています。こうした表記法は、特に万葉集において発達し、「万葉仮名」と呼ばれています。
早くも、そこに「ことば遊び」が見られるのです。例えば、「恋」を表記するのに、「古非」「古比」とあるだけでなく、「孤悲」の字を用いた例がかなりあります。このように、漢字の音だけでなく意味を考えて表記する試みが随所に見られ、今日の「当て字(倶楽部・目出度い・型録など)」に近い、すぐれた言語感覚による「仮名遊び」と言えます。こうした、「戯れ〈たわむれ〉」を意図した「万葉仮名の用字法」を「戯書」(戯訓)と呼び慣わしています。
『万葉集』にはこうした「戯書」と呼ばれる「ことば遊び」が多く見られます。
① 巻9(1787) 笠金村(生没年不詳)の長歌
天平元年己巳冬十二月の歌一首并せて短歌 (笠金村)
虚蝉乃 世人有者 大王之 御命恐弥 礒城嶋能 日本國乃 石上 振里尓 紐不解 丸寐乎為者 吾衣有 服者奈礼奴 毎見 戀者雖益 色二山上復有山者 一可知美 冬夜之 明毛不得呼 五十母不宿二 吾歯曽戀流 妹之直香仁
読み) 現世(うつせみ)の 世の人なれば 大王(おほきみ)の 命(みこと)恐(かしこ)み 礒城嶋(しきしま)の 日本(やまと)の国の 石上(いそのかみ) 振(ふる)の里に 紐解(と)かず 丸寝(まるね)をすれば 吾の衣(き)る 服(ころも)は穢(なれ)ぬ 見るごとに 恋はまされど 色(いろ)に出(い)でば 人知りぬべみ 冬の夜の 明(あ)かしもえぬを 寝(い)も寝(ね)ずに 吾はぞ恋ふる 妹が直香(ただか)に
訳) 現世の世を生きる人なので、大王の御命令を謹んで承って、礒城嶋の大和の石上の布留の里に上着の紐を解くこともせず、ごろ寝をすると、私が着る服はよれよれになった。貴女が紐を結んだこの衣を見る度に恋心は増さるけど、表情に出せば人は知るでしょう。冬の長き夜の明かし難いのを寝るに寝られず、私は恋慕う、愛しい貴女の目に映る姿に。
用字: 「山上復有山」を「出で」と読ませています。「山上復有山」を訓で読むと「山の上に復た山あり」です。「山」の上に「山」を載せると「出」となる、「出」の漢字を分解した「ことば遊び」です。
② 巻7(1189) 作者不詳の「羇旅の歌」
大海尓 荒莫吹 四長鳥 居名之湖尓 舟泊左右手
讀み) 大海(おほうみ)に嵐(あらし)な吹きそしなが鳥猪名(ゐな)の湖(みなと)に舟泊(は)つるまで訳) 大海に嵐よ、吹くな。しなが鳥が居る、その言葉のひびきのような猪名の湊に船が泊まるまで。
用字: 「左右手」を「まで」と読ませています。「ま」=「真」で「完全なもの」を意味します。「左右手(両手)」で「真手」となるわけです。普段から両手で何かすることを「真手(まで)」と言っていたのでしょうか。それを「~するまで」という助詞の用法に当てはめたのです。これも読む人への挑戦、クイズだったのでしょう。他にも、「諸手」「二手」で「まで」と読ませています。
③ 巻十一(2542) 作者不詳の「正に心緒(おもひ)を述ぶる歌」
若草乃 新手枕乎 巻始而 夜哉将間 二八十一不在國
讀み) 若草の新(にひ)手枕(たまくら)を枕(ま)き始(そ)めて夜をや隔(へだ)てむ憎くあらなくに訳) 若草のような初々しい貴女と手枕での共寝を始めた、そんな夜の訪れに間を置くでしょうか。嫌いでもないのに。
用字: 「二八十一」を憎く」と読ませます。「二」=「に」、次の「八十一」を「くく」と読ませるのです。言うまでもなく「九九=八十一」のかけ算です。こうした「漢数字を使った戯書」は多く見られます。他には、「猪(しし)」を「十六」で表すもの、「三五月」を「望月(満月)=十五夜」と読ませるものがあります。
④ 巻一(48) 「伊勢国に幸しし時、京に留まりて柿本朝臣人麻呂(660?~724年)の作れる歌」
東 野炎 立所見而 反見為者 月西渡
讀み)「東(ひむがし)の野に 炎(かぎろひ)の 立つ見えて かへり見すれば 月〔五文字〕」
訳) 東の野原を見れば空を真っ赤に染めていままさに朝陽が昇ろうとしている。振り返って西の空を見ればまだ月が沈まずに残っている。
用字:有名な柿本人麻呂の歌です。暗記している人も多いでしょうね。「月西渡」を何と読んでいましたか? 恐らく「月傾(かたぶ)きぬ」と覚えていた方が多いでしょう。賀茂真淵が読んだ訓で、月が「西へ渡る」を「傾く」と読むセンスは「さすが」という感じですが、この読み方、「なおも問題あり」で専門家には「暫定的な読み」と考えられているようです。
まだまだ『万葉集』も読めていない歌が何首もあります。万葉人が残した「謎解き」解明すべき課題はまだまだ残されているといいます。
⑤ 巻十二(2991) 作者不詳の「物に寄せて思い陳ぶ歌」
垂乳根之 母我養蚕乃 眉隠 馬聲蜂音石花蜘蛛荒鹿 異母二不相而
讀み) たらちねの 母が飼ふ蠶(こ)の 繭隠(まよごも)り いぶせくもあるか 妹に逢はずして
訳) “たらちねの”母親に飼われるカイコが、繭にこもっている。せつないよ。あの娘に会えないので!(あの娘は母親の監視が厳しくて、家から一歩も出られないよ)
用字:心が晴れない様子を「いぶせく」と言います。なぜ、「馬声蜂音石花蜘蛛荒鹿」を「いぶせくもあるか」と読めるのでしょうか。「馬声」=「イ」/「蜂音」=「ブ」/「石花」=「セ」/「蜘蛛」=「クモ」/「荒鹿」=「アルカ」と分けて読むのだそうです。つまり、「イブ」に「馬声蜂音」の擬音を当てた「ことば遊び」です。奈良時代にあっては、馬のいななきを「イ」「イイン」と聞いていたらしいですね。蜂の羽音は「ブブブ…」でしょう。当時の「音」の感覚がわかる便利な「万葉仮名」です。
石花は「セ」と読み、牡蠣・かめのて・珊瑚などの事を著すと言います。駿河湾の真ん中辺りを石花海(せのうみ)と言うそうです。
なお、この一句を「すべて動物につながる漢字(馬、蜂、牡蠣、蜘蛛、鹿)」で表記してあるのも、万葉人の「遊び心」と言えるでしょう。前に挙げている蠶まであわせると、この歌には全部で六種類もの動物が登場します。しかも全部強壮剤、強壮食品として名高い、またはセックスに強い動物ばかり―― 馬はもちろんのこと、女王蜂や女郎蜘蛛(ぐも)は雌対雄が一対うん十、うん百のセックスの女王たちです。それにローヤル・ゼリー、鹿茸(ろくじょう)、牡蠣(かき)、蚕のさなぎにいたるまで強壮剤・強壮食品ばかり(韓国では今でも蒸した蚕のさなぎをよく食べるといいます)です。この文字の使いようでよく分かるとおり、作者は激しい性愛行為を描写しているのという説があるそうですが、如何なものでしょう。
さらに、「妹」を「異母」と表記しているのも意味深な感じですね。
いやはや、まるで頓智教室のようですが、漢字勿論九九や動物の鳴き声まで知らないと、「万葉集」も読めないということです。こうした「なぞ」はかなり昔からあり、どうやら中国から学んだものでしょうね。
sechin@nethome.ne.jp です。
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