瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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 江戸の初期に石田未得(1587~1669年、松永貞徳の門人で、俳人・狂歌師)という人の著した「吾吟我集(ごぎんわかしゅう、古今和歌集をもじり、部立てもそれに倣う)」に
 また飛びぬ 女と男とあはれ ぬし知らじ 死ぬれば跡を とめぬ人魂
(またとびぬ めとをとあはれ ぬししらじ しぬればあとを とめぬひとだま)
という廻文歌が記載されています。廻文歌とは「上から読んでも下から讀んでんも同じ文句の歌」をいいます。私達も子供の頃から「しんぶんし」「竹藪焼けた」「確かに貸した」などの回文をよく口にしたはずです。これもやはり中国の回文を手本にして出発したものといわれています。
 ヨーロッパでも西暦87年ヴェスヴィオ火山の噴火によって滅亡したヘルクラネウムの街の遺跡に「Sator Arepo Tenet Opera Rotas」というラテン語の回文が刻まれている事から、回文の起源は少なくとも西暦79年またはそれ以前まで遡る事ができます。英語では「Madam, I'm Adam」(マダム、私はアダムです)のような例が知られています。

 また、ナポレオンの言葉をもじった ABLE WAS I ERE I SAW ELBA(エルバ島を見るまでは不可能ということを知らなかった ere=before )というのもあります。

 日本でも歴史は古く和歌から発生していったと考えられているようです。「奥義抄」(藤原清輔・12世紀)にある次の回文歌も古いものの一つです。
 むら草に草の名はもし備はらば何(な)ぞしも花の咲くに咲くらむ
(むらくさにくさのなはもしそなはらばなぞしもはなのさくにさくらむ)

 回文は言葉のあやが中心ですから、名歌などなかなかありません。しかし、落語などによく出て来る次の和歌などはかなりの人々に迎えられたらしく、長く歌われています。
 長き夜の 遠の睡ねむりの 皆目醒めざめ 波乗り船の 音の良きかな
(なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな)
 これを枕の下に敷いて、初夢を見るというのが江戸時代の庶民のならわしでした。

 出典元や意味・解釈については、いくつかの説があります。出典元として有力な文献に、室町時代の通俗辞書『運歩色葉集』(著者未詳。1548年に成立)、中国(当時:明)の『日本風土記』(1592年)があります。このことから風習そのものは、16世紀後半に広まり行われたものであったとされます。

 回文は和歌のほか連歌や俳諧でもさかんにおこなわれました。ここでも庶民階級の勃興をもって一般化します。江戸初期、貞門派(松永貞徳(1571~1654年)によって提唱された俳諧の流派)の俳諧は言語遊戯に重きを置いたので回文俳句が数多く作られました。和歌と違って文句が短くなるので無理も少なく作りやすかったのでしょうね。
1、冷えの気さむく酌酒(くむさけ)の酔(ゑひ)
2、ねふりつ乗は春の釣り船
3、今朝皆はのめや菖蒲(あやめ)の花見酒
4、春来るは百鳥(ももとり)共も春来るは
5、鴨か小鴨か鴨か小鴨か
6、灸(やいと)いやもぐさくさくも灸いや
 いくらか鑑賞にたえる句もありますが、所詮は遊びなのです。コトバが優先している姿をはっきり認めることが出来ましょう。中でも5、6のようにkとg音のくり返しや、y、i、m音のくり返しだと舌がもつれていわゆる「早口言葉」に展開していきます。
 親鴨が生米かめば小鴨が小米かむ 生米生麦生卵 の類です。


 


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