漢字の中でも読みにくいのが宛字(当て字)です。とくに漢字の音にも訓にもない読みを当てているものはまともに考えたのではなかなか思いつきません。しかし、宛字にもそれなりの法則のようなものがあって、漢語に同じ意味のやまと言葉を読みとして与えたものがあります。たとえば、
七夕(シチセキ、たなばた)、老舗(ロウホ、しにせ)、火傷(カショウ、やけど)、紅葉(コウヨウ、もみじ)、白髪(ハクハツ、しらが)、一昨日(イッサクジツ、おととい)、丈夫(ジョウブ、ますらお)、生業(セイギョウ、なりわい)、黒子(コクシ、ほくろ)、梅雨(バイウ、つゆ)、黄昏(コウコン、たそがれ)、黄泉(コウセン、よみ)、陽炎(ヨウエン、かげろう)、曽孫(ソウソン、ひまご)、狼煙(ロウエン、のろし 中国では燃やすと風が吹いてもまっすぐに立ちのぼるという狼の糞を用いたことから)
などがあり、いずれも音読み(カタカナで示す)もできます。
「欠伸(ケンシン・あくび)」は日本語では「あくび」と読みますが、「欠」があくびで、「伸」はのびで、正しくは「あくび」と「のび」のことです。
生活に密着した気象をあらわす漢語はやまと言葉を当てたものが多いようです。東風(こち)、南風(はえ)はよくご存じだと思います。西風を「ならい」、北風を「あなじ」というのも聞いたことがあります。宛字の意味と同じ意味の漢語で表すのが普通ですが、指しているものが全然違うものがあります。「東雲」は漢語では「トウウン」と読み文字通り東の雲の音ですが、「しののめ」とやまと言葉の読みを当てますと、明け方の意味になります。時雨(ジウ、しぐれ)も漢語で読むと丁度良い時に降る雨の意ですが、「しぐれ」とやまと言葉で読むと晩秋から冬にかけて降る通り雨のことになります。
「時」のつく熟語で「時鳥(ジチョウ)は漢語では時節に応じて啼く鳥の意ですが、わが国では「ほととぎす」の読みに宛てています。ほととぎすにはほかに、杜鵑、杜宇、蜀魂、不如帰]、時鳥、子規、田鵑など、漢字表記や異名が多くあります。
名詞だけでなく副詞や形容動詞にも昔の文人たちはぴたりと合った漢語を当てて読んでいました。
ただひたすらに座禅することを「只管打座(シカンダザ)」といいますが、やまと言葉ではこの只管を「ひたすら」と読みます。一向と書いても「ひたすら」と読ませます。
物事をいい加減にすることを意味する言葉に等閑(トウカン)といいます。「等閑視する」「等閑に付す」のように使われますが、やまと言葉では 等閑=なおざり と読ませます。
漢語の劫設(キャクセツ)=かえって説く、閑話(カンワ)=暇にまかせてする無駄話、休題(キュウダイ)=話すことをやめること はいずれも接続詞「さて」と読みました。あとの2語はまとめて、閑話休題と四字熟語になりますが、「それはさておき」と読みます。
「加之」は漢文調で読むと「之(これ)に加わうるに」で、そればかりでなくの意ですが、これは「しかのみならず」と読ませています。「遮莫」は「遮るもの莫(な)し」で、どうであろうとままよの意ですが、「さもあらばあれ」と読ませます。
中国から伝わった漢語ではなく、やまと言葉にそれらしい当てて作った熟語もあります。「徒花(あだばな)」は咲いても実を結ばない花のことで、「あだ」というやまと言葉に いたずらに・むだに という意味のある「徒」を当てたものです。ほかに徒事、徒名、徒桜、徒情け、徒波などがあります。音読みにも訓読みにもそんな読みはないが、見ているとそれらしい感じのするものに、飛白(かすり)・煙管(きせる)・白湯(さゆ)・山葵(わさび)・土筆(つくし)・秋刀魚(さんま)・祝詞(のりと)などがあります。
今は現代かなづかいで、動植物はカタカナ表記することになっていますが、一昔前にはこれらは漢字で表記しました。そのものの持っている性質から字が当てられたものがあります。たとえば、「無花果(いちじく)」は花は咲くのですが、外から見ると花は見当たらないまま実を結ぶことから字が当てられました。「万年青(おもと)」はユリ科の多年生植物でいつも葉が青々としています。赤い花が長く咲き続ける「百日紅」はヒャクジツコウとも読みますが、「さるすべり」とも読みます。幹の皮がなめらかなので猿でさえ滑るという意味からついた名前で、サルナメリともいいます。「馬酔木(あしび・あせび)」は花は可愛らしいのですが、葉や茎に毒をふくみ馬や牛が食べると麻痺することから当てた字です。「向日葵(ひまわり)」は太陽を追って花が回ると考えられいたことから当てられたものですが、実際はほとんど動きません。それにアオイ科ではなくキク科の植物なのです。いわば間違った情報が当てられた字なのです。
市町村名では、東の横綱が「匝瑳市」、西の横綱が「宍粟市」ということで、これを逆手にとり、街おこしに活用しようとしているそうです。
(「さいたま市」のように、「親切に」ひらがなで、という街もありますが。)
篠山で驚愕(大げさ?)したのが、「安口」で「はだかす」
という地名。ずっと気になっていたのですが、今回調べてみました。以下報告。
日本の難読地名の一つに“安口(はだかす)”があります。場所は、兵庫県篠山市安口(はだかす)は、京の都と播磨の国等を結ぶ主要街道、現在の国道372号沿いの小さな集落です。
『多紀郷土史考』(奥田楽々斉著 昭和33年)によると、元々の地名の文字は“鮟鱇(あんこう)”でしたが、両字の魚片を省略して“安康(あんこう)”となり、さらに康の字が口に変って“安口(あんこう)”と書かれるようになりました。
現在“鮟鱇”は、冬の鍋物の代表格ですが、室町時代以前から江戸初期までの一時期には、大山椒魚が「アンコウ」と呼ばれ、“海のアンコウ”は“琵琶魚”とか“老婆魚”と呼ばれていました。
“鮟鱇”の語源は、仏僧が隠って修行する“安居”という説が有力です。大山椒魚の特徴を捉えての命名なのでしょうか。
その“鮟鱇”すなわち大山椒魚には肌に糟のようなものがあるので、この地域では俗称“ハダカス”と呼ばれていたようで、結局のところ文字は“安口”、呼び名は“はだかす”となったという経緯のようです。…
以上。
山椒魚がいる自然豊かな地域を表す地名ということですね。今も変わらずのんびりとした里山です。
古い地名の意味を考えるのも面白いと思った次第です。
sechin@nethome.ne.jp です。
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