13世紀前半に書かれたという説話集の『宇治拾遺物語』に次のような件(くだり)があります。
今は昔、小野篁といふ人おはしけり。嵯峨の帝の御時に、内裏に札を立てたりけるに、無悪善と書きたりけり。帝、篁に、「よめ。」と仰せられたりければ、
「よみはよみ候ひなん。されど、恐れにて候へば、え申し候はじ。」と奏しければ、「ただ申せ。」と、たびたび仰せられければ、「さがなくてよからんと申して候ふぞ。されば、君を呪ひ参らせて候ふなり。」と申しければ、
「これは、おのれ放ちては、誰か書かん。」と仰せられければ、「さればこそ、申し候はじとは申して候ひつれ。」と申すに、
帝、「さて、何も書きたらんものは、よみてんや。」と、仰せられければ、
「何にても、よみ候ひなん」と申しければ、片仮名の子文字を十二書かせ給ひて、「よめ。」と仰せられければ、
「ねこの子のこねこ、ししの子のこじし。」とよみたりければ、帝ほほ笑ませ給ひて、事なくてやみにけり。
訳) 今となっては昔のことですが、小野篁という人がいらっしゃいました。嵯峨天皇の時代に、(誰かが)宮廷に札を立てたのですが、(そこには)無悪善と書いてありました。天皇は篁に「(立て札を)読みなさい。」とおっしゃったところ、
(篁は)「読むことは読みましょう。しかし、恐れ多いことですので、申し上げることはできません。」と(天皇に)申し上げたので(天皇は)「とにかく読みなさい。」とたびたびおっしゃったので(篁が、)「性(嵯峨天皇の嵯峨とかけている)がなくてよいと申しております。つまり、あなた様を呪い申し上げているのです。」と申し上げると、
(天皇が)「(札の内容がわかるのだから)これはお前以外に、誰が書くというのだろうか。」とおっしゃったので、
(篁は)「だからこそ(犯人と疑われるからこそ)、(読めるけどその内容は)申し上げまいと申しておりましたのに。」と申し上げると、帝が、「それでは、何でも書いてあるものは、きっと読めるのか。」とおっしゃったので
(篁は)、「なんでも、きっと読みましょう。」と申し上げたところ、(天皇は)片仮名の子の文字を十二個お書きになって、「読んでみろ。」とおっしゃったので
(それを見た篁が)、「猫の子の子猫、獅子の子の子獅子。」と読んだところ、帝は微笑まれて、お咎めがないまま(この件は)終わりになりました。
「さが」は、生れつきの性であって、善悪のどちらにも通じます。易林本『節用集』(室町時代から昭和初期にかけて出版された日本の用字集・国語辞典の一種)に、「無レ悪」を「サガナシ」と読んでいるそうです。ここでも、「悪(さが)なし」と読んで、「嵯峨なし」に掛けているのです。
福井県三方上中(みかたかみなか)郡若狭町には、「無悪(さかなし)」という地名があって、小野篁(たかむら)に由来すると言われています。嵯峨天皇の怒りを買い、隠岐へ流罪となった小野篁は、隠岐から帰郷中に暴風に遭って小浜に漂着、そこから三年間、無悪で過ごしたと言います。地元の人から愛され人望があった小野篁は、当時嵯峨天皇が在位していなかったら無罪だったろうという意味で、この地が「さかなし」と名付けられたというのです。
古来漢字は一字に多くの音・訓があり、名乗り字や宛字があって「生」などは150通り以上あって正確な所はよく判らないほどです。
「子」の字にしても、接尾語に用いるものだけでも、冊子、杏子、様子、餃子、面子どれも読み方が違います。
皆さんは、「海海海海海」(海五文字)「烏烏烏烏烏」(烏五文字)さらに「木木木木木木木木木木木」(木十一文字)を讀めますか。
sechin@nethome.ne.jp です。
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