瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
社説:オバマ大統領 平和賞に恥じぬ実績を ―― ソ連がキューバに核ミサイルを据え付けた62年10月、ケネディ米大統領(当時)は米ソの「世界的な核戦争」の恐れに言及し、それが不可避であれば米国民は決しておじけづくことはないと演説した。ソ連はその後ミサイルを撤去し、幸い核戦争には至らなかった。この時の決然たる演説は、悲劇的な死(暗殺)と相まってケネディを名大統領に押し上げる原動力になったとされる。/ノーベル平和賞授賞式の演説でオバマ米大統領が武力行使の意義を説いたのも、弱いイメージを持たれたくないためだろう。受賞がアフガニスタン軍事作戦の足かせになっては困るという計算もあるはずだ。オバマ氏はガンジーやキング牧師の非暴力主義をたたえつつ「非暴力運動ではヒトラーの軍隊を止めることはできなかっただろう」として「正しい戦争」の概念を説明した。/「世界には悪が存在する」というオバマ氏の言葉は、ブッシュ前大統領が口にした「悪の枢軸」(イラク、イラン、北朝鮮)さえ連想させた。もちろんオバマ氏は超大国の軍事力を軽々しく使う指導者ではないだろう。平和を守るには時として軍事力に頼るしかないという主張には基本的に共感できる。/米国は数々の軍事行動を経験してきた。近年ではブッシュ前大統領(共和)のアフガニスタン攻撃とイラク戦争、クリントン元大統領(民主)の数次にわたるイラク空爆とユーゴスラビア空爆、その前のブッシュ元大統領(共和)のパナマ侵攻や湾岸戦争、レーガン元大統領(同)のグレナダ侵攻などが、その例だ。/偶然かどうか、再選がかかる大統領選の前に大規模な軍事行動に踏み切る例が目立つが、「力を背景にした外交」はもともと米国に特徴的なものである。オバマ氏もアフガン以外で武力使用の決断を迫られるかもしれない。「正しい戦争」であるはずのアフガン攻撃に、さらに深入りしていくことも考えられよう。/その半面、北朝鮮問題では米国の「力を背景にした外交」が期待できず、苦しい対応が続いているが、米国には「軍事力はハンマーだが、すべての問題がクギであるとは限らない」という言葉も伝わる。問題解決の手段はさまざまだ。同盟国の日本を脅かす北朝鮮の核・ミサイルに対処する強い外交力をオバマ政権に改めて要望したい。/オバマ大統領はこれまで何回か重要演説をしてきた。理念は十分に示したと言えよう。今後の課題は、打ち出したビジョンを実現する実行力を見せることだ。受賞は時期尚早などと批判するよりも、オバマ氏の今後の活躍に期待する方が建設的というものだ。(毎日新聞 2009年12月12日 2時31分)
趙襄子は翟(てき、北方の異民族、狄)を攻めさせ、戦い勝って尤(ゆう)・終(しゅう)二邑の民を収めた。使者が謁見したとき、襄子は食事に掛かろうとして急に顔を曇らせた。左右の者が「一朝にして二つの城が降ったとあれば、だれしも喜びましょうに、君の憂いは何故でございますか」と問うと、襄子「江・河の水も三日で減り、暴風雨も一日と続かぬ。趙氏がどこにも徳行を積まぬうちに、一朝にして二城が降った以上、滅亡はやがて我が家をも襲うのであるまいか」/孔子がそれを伝え聞いて「趙氏はさかえるであろう」といった。/いったい、憂えるのは栄える道であり、喜ぶのは滅ぶ道である。勝つことは難くないが、それを維持することは難い。賢主は勝ちを維持すればこそ、その福を後世に及ぼすのだ。斉・楚・呉・越はみなかつて勝者でありながら、遂には滅んだ。勝ちを維持することを知らなかったのである。ただ有道の主にのみ、勝ちは維持しきれるのだ。/孔子は城門の閂(かんぬき)を押し上げるほど力が強かったが、力で世にきこえようとはしなかった。墨子は攻守の備えに長じ、公輸般(こうゆはん、春秋時代の魯の巧匠。楚のため九度宋を攻め、墨子九度これを守った)を恐れ入らしめたが、兵術で世に現れようとはしなかった。/勝ちを維持するのに優れたものは、強くても弱く振る舞う。/さて『老子』にはいう「道は冲(ちゅう)なれどもこれを用(もち)うればあるいは盈(み)たず《道は虚ろなればこそまた使いつくせぬ》」(老子四章)
趙襄子は翟(てき、北方の異民族、狄)を攻めさせ、戦い勝って尤(ゆう)・終(しゅう)二邑の民を収めた。使者が謁見したとき、襄子は食事に掛かろうとして急に顔を曇らせた。左右の者が「一朝にして二つの城が降ったとあれば、だれしも喜びましょうに、君の憂いは何故でございますか」と問うと、襄子「江・河の水も三日で減り、暴風雨も一日と続かぬ。趙氏がどこにも徳行を積まぬうちに、一朝にして二城が降った以上、滅亡はやがて我が家をも襲うのであるまいか」/孔子がそれを伝え聞いて「趙氏はさかえるであろう」といった。/いったい、憂えるのは栄える道であり、喜ぶのは滅ぶ道である。勝つことは難くないが、それを維持することは難い。賢主は勝ちを維持すればこそ、その福を後世に及ぼすのだ。斉・楚・呉・越はみなかつて勝者でありながら、遂には滅んだ。勝ちを維持することを知らなかったのである。ただ有道の主にのみ、勝ちは維持しきれるのだ。/孔子は城門の閂(かんぬき)を押し上げるほど力が強かったが、力で世にきこえようとはしなかった。墨子は攻守の備えに長じ、公輸般(こうゆはん、春秋時代の魯の巧匠。楚のため九度宋を攻め、墨子九度これを守った)を恐れ入らしめたが、兵術で世に現れようとはしなかった。/勝ちを維持するのに優れたものは、強くても弱く振る舞う。/さて『老子』にはいう「道は冲(ちゅう)なれどもこれを用(もち)うればあるいは盈(み)たず《道は虚ろなればこそまた使いつくせぬ》」(老子四章)
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