瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
Eratosthenes(エラトステネス)の有名な地球の大きさの測定は、経緯度を用いて距離を正確に表そうとした地図の作成に端を発している。 Eratosthenes(エラトステネス)は、図書館で入手できた膨大な情報を元に、当時の世界地図の改良を試み、Rhodios(ロドス)の街を基準に主たる緯線と経線を引いた。 この地図は古代において長い間最高の権威を持つものとされた。この地図で基準となった経線はRhodios(ロドス)から南に、Eratosthenes(エラトステネス)のいたAlexandria(アレキサンドリア)、そしてナイル川上流のSyene(シエネ)を抜けるとされていた(左図参照)。
古代ギリシアにおいては、場所によって北極星の高さが異なることなどから、紀元前4世紀頃より大地が球形をしており、宇宙が幾重もの球殻に取り囲まれているという説が唱えられるようになっていた。その後天動説として体系化されていくこの考えは、その著作は現存していないものの後世の引用からKnidos(クニドス、アナトリア半島ににあったギリシアの古代都市)のEudoxos〔エウドクソス、BC4世紀の古代ギリシアの数学者、天文学者〕が始祖であると一般に見なされている。この宇宙観では水、大気、火、天体が順に同心の球殻をなしていると見なされ、地球は天体の球殻(天球)に比べ点と見なされるほど小さいものと考えられた。 このため、太陽からの光は場所によらずほぼ平行線として降り注ぐものとされた。
Cleomedes(クレオメデス)によれば、Eratosthenes(エラトステネス)は、Syene(シエネ)とAlexandria(アレキサンドリア)の距離を当時の単位で5000スタディアと見積り、ここから比率計算で地球の全周長は 50×5000、すなわち 250 000 stadia〔スタディア〕と求めた(左図参照)。 一方、Eratosthenes(エラトステネス)を伝える他の多くの著者は、252 000 stadiaという値を与えている。 多くの研究者は後者の値をエラトステネスが元々の値にさらに2000 stadiaを加えて修正を行ったためだと考えている。 その理由は明らかではないが、正確性より実用性を重んじたため、単に当時用いられていた円周の60分割単位(すなわち角度の 6°単位)あたりの距離を切りよく4200 stadiaとするためであったという説がある。 また、Syene(シエネ)とAlexandria(アレキサンドリア)との距離は直接にはEratosthenes(エラトステネス)が作成した地図から得たものと考えられるが、それが元々どのようにもたらされた値であるかについてはわかっていない。しかしStrábôn(ストラボン、BC63?~23?年、古代ローマ時代のギリシア系の地理学者・歴史家・哲学者)はナイルが毎年氾濫を起し地形を変えるために、エジプトでは専門の歩行者を使って毎年繰り返し距離の測定を行っていたことを記述している。
このEratosthenes(エラトステネス)が求めた地球の大きさの値が現在の単位でどれだけであるかについては議論が分かれている。stadion 〔スタディオン、スタディアの単数形〕の大きさは時代や場所によって異なっており、エラトステネスが用いたstadion(スタディオン)の現在の単位での値ははっきりしていない。 もっとも広く知られている天文学者Dennis Rawlins〔デニス・ローリンズ、1937~ 、アメリカの天文学者〕の説では、1 stadion(スタディオン)は185メートルであるとされ、このとき 252 000 stadiaは地球の全周長よりおよそ 17 % 大きな 46 250 キロメートルとなる。 しかし歴史学者Carl Ferdinand Friedrich Lehmann―Haupt〔カール・フリードリヒ・レーマン=ハウプト、1861~1938年、ドイツの歴史学者〕は、stadion(スタディオン)には少なくとも6種類のものがあったと主張している。
いずれにしても地球が球体であり、かつ太陽光が平行線であるという前提の元で、このEratosthenes(エラトステネス)の推論は幾何学的に正しいものであり、その精度の範囲内において得られた値もほぼ正しいものであった。オーストリアの科学史家Otto Neugebauer 〔オットー・ノイゲバウアー、1899~1990年〕 によれば、元々この値は「距離の『測定』も天文学的『観測』も大雑把な見積もり以上のものではなく、扱いやすい概数値として表されたものであることが明らか」なものであった。なお、地球の大きさの実質的な最初の測定は10世紀アラビアの天文学者 al-Bīrūnī〔アル=ビールーニー、973~1048年)によって行われている。
古代ギリシアにおいては、場所によって北極星の高さが異なることなどから、紀元前4世紀頃より大地が球形をしており、宇宙が幾重もの球殻に取り囲まれているという説が唱えられるようになっていた。その後天動説として体系化されていくこの考えは、その著作は現存していないものの後世の引用からKnidos(クニドス、アナトリア半島ににあったギリシアの古代都市)のEudoxos〔エウドクソス、BC4世紀の古代ギリシアの数学者、天文学者〕が始祖であると一般に見なされている。この宇宙観では水、大気、火、天体が順に同心の球殻をなしていると見なされ、地球は天体の球殻(天球)に比べ点と見なされるほど小さいものと考えられた。 このため、太陽からの光は場所によらずほぼ平行線として降り注ぐものとされた。
Cleomedes(クレオメデス)によれば、Eratosthenes(エラトステネス)は、Syene(シエネ)とAlexandria(アレキサンドリア)の距離を当時の単位で5000スタディアと見積り、ここから比率計算で地球の全周長は 50×5000、すなわち 250 000 stadia〔スタディア〕と求めた(左図参照)。 一方、Eratosthenes(エラトステネス)を伝える他の多くの著者は、252 000 stadiaという値を与えている。 多くの研究者は後者の値をエラトステネスが元々の値にさらに2000 stadiaを加えて修正を行ったためだと考えている。 その理由は明らかではないが、正確性より実用性を重んじたため、単に当時用いられていた円周の60分割単位(すなわち角度の 6°単位)あたりの距離を切りよく4200 stadiaとするためであったという説がある。 また、Syene(シエネ)とAlexandria(アレキサンドリア)との距離は直接にはEratosthenes(エラトステネス)が作成した地図から得たものと考えられるが、それが元々どのようにもたらされた値であるかについてはわかっていない。しかしStrábôn(ストラボン、BC63?~23?年、古代ローマ時代のギリシア系の地理学者・歴史家・哲学者)はナイルが毎年氾濫を起し地形を変えるために、エジプトでは専門の歩行者を使って毎年繰り返し距離の測定を行っていたことを記述している。
このEratosthenes(エラトステネス)が求めた地球の大きさの値が現在の単位でどれだけであるかについては議論が分かれている。stadion 〔スタディオン、スタディアの単数形〕の大きさは時代や場所によって異なっており、エラトステネスが用いたstadion(スタディオン)の現在の単位での値ははっきりしていない。 もっとも広く知られている天文学者Dennis Rawlins〔デニス・ローリンズ、1937~ 、アメリカの天文学者〕の説では、1 stadion(スタディオン)は185メートルであるとされ、このとき 252 000 stadiaは地球の全周長よりおよそ 17 % 大きな 46 250 キロメートルとなる。 しかし歴史学者Carl Ferdinand Friedrich Lehmann―Haupt〔カール・フリードリヒ・レーマン=ハウプト、1861~1938年、ドイツの歴史学者〕は、stadion(スタディオン)には少なくとも6種類のものがあったと主張している。
いずれにしても地球が球体であり、かつ太陽光が平行線であるという前提の元で、このEratosthenes(エラトステネス)の推論は幾何学的に正しいものであり、その精度の範囲内において得られた値もほぼ正しいものであった。オーストリアの科学史家Otto Neugebauer 〔オットー・ノイゲバウアー、1899~1990年〕 によれば、元々この値は「距離の『測定』も天文学的『観測』も大雑把な見積もり以上のものではなく、扱いやすい概数値として表されたものであることが明らか」なものであった。なお、地球の大きさの実質的な最初の測定は10世紀アラビアの天文学者 al-Bīrūnī〔アル=ビールーニー、973~1048年)によって行われている。
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