瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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黔(けん)に驢(ろ)無(な)し。事(こと)を好(この)む者(もの)有(あ)り。船載(せんさい)して以(もっ)て入(い)り至(いた)れば則(すなわ)ち用(もち)う可(べ)き無(な)し。之(これ)を山下(さんか)に放(はな)つ。虎(とら)之(これ)を見(み)るに尨然(ぼうぜん)として大物(だいぶつ)なり。以(もっ)て神(しん)と為(な)す。林間(りんかん)に蔽(かく)れて之(これ)を窺(うかが)う。稍(やや)出(い)でて之(これ)に近(ちか)づくに、憖憖然(ぎんぎんぜん)として相(あい)知(し)る莫(な)し。

他日(たじつ)驢(ろ)一(ひと)たび鳴(な)く。虎(とら)大(おお)いに駭(おどろ)きて遠(とお)く遁(のが)れて、以為(おも)えらく且(まさ)に已(おのれ)を噬(か)まんとす。甚(はなは)だ恐(おそ)る。然(しか)れども往来(おうらい)して之(これ)を視(み)るに異能(いのう)無(な)き者(もの)に覚(おぼ)ゆ。益(ますます)其(そ)の声(こえ)に習(な)れ、又(また)近(ちか)づきて前後(ぜんご)に出(い)ずれども、終(つい)に敢(あ)えて搏(う)たず。稍(やや)近(ちか)づきて益(ますます)狎(な)れて蕩倚(とうい)衝冒(しょうぼう)す。驢(ろ)、怒(いか)りに勝(た)えずして之(これ)を蹄(け)る。虎(とら)因(よ)りて喜(よろこ)びて之(これ)を計(はか)りて曰(いわ)く、技(ぎ)此(これ)に止(とど)まるのみ、と。因(よ)りて跳踉(ちょうりょう)大闞(たいかん)して其(そ)の喉(のど)を断(た)ち、其(そ)の肉(にく)を尽(つ)くして乃(すなわ)ち去(さ)る。

 

黔中(けんちゅう)の驢馬(ろば)

 黔中(道名。四川省彭水県が中心)には驢馬はいなかった。物好きな人が船に載せて移入した。しかし連れてきたものの使い道がなかった。山の麓で放し飼いにしておいた。虎が驢馬を見つけたが、ムクムクとしたでっかい奴なので、てっきり霊獣だろうと思った。暫くは林の中から様子を窺い、そろそろ出て近付いた所、慎ましやかに装うだけで、知らん顔をしている。

或日、驢馬が一声嘶(いなな)いたところ、虎は大いに驚き、遠くまで逃げ去った。虎は今にも自分が噛み付かれると重い、非常に恐れたのである。しかし、行き来して観察するうちに、さして異常な能力を具えたものとも思われず、その泣き声にもいよいよ馴れてきた。そこでさらに、その前後まで近付いたものの、突っかかってゆくことは、けっきょくできなかった。しかし、だんだん近付くにつれ、益々馴れてきて、乱暴に身を寄せ掛けたり、ぶつかったりするようになった。驢馬は我慢しきれず腹を立てて、虎を蹴(け)りつけた。虎はこれを喜び、「奴の技能はこれだけしかないんだな」と判断した。そこで飛び掛って思い切り噛み付き、喉を食いちぎって、肉をすっかり平らげ、立ち去った。

ああ! 姿かたちのムクムクと大きいことは、いかにも有徳者のようであり、声がデッカイのは、いかにも有能者のようであった。そうしてあの時までは己の技能を示すことをしなかった。(以前のままならば、)虎は猛々しい獣ではあるが、遅疑逡巡(ちぎしゅんじゅん)して、とても襲い掛かれなかったであろうに。それが、いまやこのような状態になってしまった。悲しいことではある。

 以上、訳は平凡社「中国古典文学大系23」に拠る

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