瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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東の空は朝焼け
9d60aae7.jpg岸田吟香翁碑
337f05cc.jpg路面鏡の中の爺
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 足は、自然と桜橋にむかう。ここの所雨天が多かった所為か、橋の上からの朝焼けが莫迦に綺麗に見えた。橋を渡ると、青色御殿の前を抜け、白鬚橋東詰めから右折し、墨堤通りに出ると明治通りを横断。
先月の末に江戸東京博物館で開催されている「書の名宝展」に誘われたとき、いろいろと下調べをしていると明治の3筆といわれる日下部鳴鶴(くさかべめいかく、1838~1922年)という人があり、その人の揮毫による、岸田吟香(きしだぎんこう、1833~1905年)翁の隷書による顕彰碑が隅田川神社の境内にあるということを知った。徘徊範囲の橋の見聞も一通り終えたので、今日の徘徊は東白鬚公園を通ることにしたんじゃ。
 隅田川神社の境内に入ると正面に高さ4mもあろうかと思われる石碑が2つ並んである。説明板もなにもないので、何の碑なのかは良く判らない。その右手に同じ様に高い石碑があり辛うじて、岸田吟香の字が読み取れた。表面はかなり汚れていてあまりよく読めない。
 写真も、2枚だけしか撮っていないので、体育館のもうお休みになったプールの傍の曲がり角にある、路面鏡に映った我が姿をカメラに収めて帰宅した。
岸田吟香像
f0709171.JPG日下部鳴鶴像
e79ed7ba.JPG石碑の拓影
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 帰宅して、インターネットで日下部鳴鶴の岸田吟香翁顕彰碑を調べてみた。
 「東京・隅田川神社境内に岸田吟香を讃える有名な碑があります。そこには吟香の才能と個性とその業績を余すことなく紹介した漢詩が刻み込まれています(全文ではなく、碑文の一部じゃろう)。
 維新諸業/翁実唱始/見幾制先/百蕨弗巳/及事就緒/模倣競起/後者勝先/功譲嚆矢/大書深刻/遠諗干祠 【吟香翁は、維新下に様々な事業を創始されたが先見の明があった。だから模倣する者続出、後には翁を抜いて成功者も出たが、翁は創始の功を他に譲るほどの人物であった】
と記されているのだそうだ。岸田吟香像・日下部鳴鶴像と碑の拓影も拾い出すことが出来た。
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