瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
[2127] [2126] [2125] [2124] [2123] [2122] [2121] [2120] [2119] [2118] [2117]

後鳥羽院御口伝 9 3―2.定家・良経の逸事
 先年大内の花のさかり、むかしの春の面影思ひ出られて、忍てかの木のもとにて、男ども歌つかうまつりしに、定家左近中將にて詠じていはく、
   としをへて行幸になるゝ花のかげふりぬる身をもあはれとや思ふ
 左近次將として廿年にをよびき。述懷の心もやさしく見えしうへ、ことがらも希代の勝事にてありき。尤自讚すべき歌とみえき。先達共も、必歌の善惡にはよらず、ことがらもやさしくおもしろくも有やうなる歌をば必自讚歌とす。定家がこの歌よみたりし日、大内より硯のはこのふたに庭の花をとり入て、中御門攝政のもとへつかはしたりしに、さそはれぬ人のためにや殘りけむと返歌せられしは、あながちに歌のいみじきにてはなかりしかども、新古今に申入て、このたびの撰集のわが歌には、是詮なりとて、度々自讚し申されけりと聞侍りき。昔よりかくこそおもひならはしたれ、歌いかにいみじけれども、異樣のふるまひしてよみたる戀の歌などは、勅撰うけ給たる人のもとへをくる事なし。これらの故實しらぬものやはある。されども左近の櫻の歌うけられぬよし、たびたび歌評定の座にて申き。家隆等もきゝし事也。諸事これらにあらはなり。

現代語訳
 先年、御所の花盛りの折、かつて天皇の位にあったころの春の様子なども思いだされて感慨ふかく、非公式に左近の桜の木のもとで公卿たちに歌を詠ませたところ、定家は当時左近中将の官職にあったが、つぎのように詠んだ。
     としをへて行幸になるゝ花のかげふりぬる身をもあはれとや思ふ
    (何年もの間をへて陛下のお出ましのという光栄にあずかった左近の桜よ。お前に比べて私は、同じ左近と名のつく中将でありながら、出世に遅れをとっている有様だ。はてさて、この身をお前はあわれと思ってくれるのだろうか。)
 定家は左近中将の官職にあって二十年に及んでいた(出世がひどく遅れていた)。出世の遅れを嘆く気持が優雅に表現されているうえに、歌の詠まれた前後の状況もめったにないすばらしい道具立てであった。とうぜん作者自身が自慢にしていい歌であると思われるのである。古人も、かならずしも歌の純粋に文学的な出来だけにこだわらずに、詠まれた状況が優雅で洒落ているような歌についてはかならず自讃の歌としたものである。定家がこの歌を詠んだ日に、硯の箱の蓋に庭の桜の花びらを入れて、来られなかった良経のもとへ御所からつかわしたところ、
     さそはれぬ人のためにや残りけむあすよりさきの花の白雪
    (白雪のように散りしいた桜の花は、お誘いがなく家にこもっておりました私のために、明日からさきも、雪のように消えたりせず残っていてくれるのでしょう。)
と返歌をなさったのは、決して歌の出来がたいへんすぐれているというわけではなかったけれども、良経本人が新古今集に入れることを主張して(無事それがかない)、「このたびの勅撰集(新古今集)に入った私の歌のなかではこの歌がいちばんだ」とたびたびみずから自慢をされたと聞きおよぶ。(歌というものは)まずむかしからこのように考えてきたものなのである。歌がどれほど優れていたとしても、外聞をはばかるようなあらぬ恋愛のなかに詠まれた恋歌などは、勅撰集の撰者に選ばれた人のもとに(資料として)送ったりはしないものである。(つまり歌は歌そのものの出来のほかに、その歌の詠まれた前後の事情によって価値が左右されるものなのである。特にその場の感興に合っているかどうかということが大切になってくる。)こうした故実を知らぬ人がいようか、いや、いまい。それなのにこの左近の桜の歌を新古今集に入れるについては、なんども会議の席で辞退するよしを定家はいった。このことについては家隆も同席して聞いている。一事が万事、定家という人の性格はこの話にあきらかである。


 


この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
URL
コメント
パスワード Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
プロフィール
ハンドルネーム:
目高 拙痴无
年齢:
92
誕生日:
1932/02/04
自己紹介:
くたばりかけの糞爺々です。よろしく。メールも頼むね。
 sechin@nethome.ne.jp です。


小冊子の紹介
カレンダー
10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新コメント
[m.m 10/12]
[爺の姪 10/01]
[あは♡ 09/20]
[Mr.サタン 09/20]
[Mr.サタン 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
[爺 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
最新トラックバック
ブログ内検索
カウンター
Powered by ニンジャブログ  Designed by ゆきぱんだ
Copyright © 瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り All Rights Reserved
/