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『小野篁歌字尽』は「往来物(おうらいもの)」と呼ばれる、主に寺子屋で使用された昔の初歩教科書の一つでした。
 https://library.u-gakugei.ac.jp/digitalarchive/pdf/honji-orai1.pdf

 同じ原理でできた漢字や字形の似通った漢字、また同字を含む熟語や世話字・宛字の類を行毎に二~五字(語)ずつ掲げ、さらに暗誦用の和歌を添えたのが『小野篁歌字尽』で、語彙科往来では最も流布したものの一つでした。
 寛文二(1662)年一月刊本(京都・近江屋次良右衛門板)がその最古本で、本文冒頭の「椿 榎 楸 柊 桐」 春つばき夏はゑのきに秋ひさぎ 冬はひらぎ同はきり
のように、行毎に部首が共通する漢字を列挙するのが一般的です(これを仮に「椿」本と読んでおきましょう)。


 


 しかし、『小野篁歌字尽』はその後かなりの板種が見られ、寛文~延宝期に京都で数種が刊行されました。他の出版物同様、その後の出版地は江戸中心となり、江戸中期以降は江戸板が圧倒的となりました。

 森は木が3つ集まった漢字です。このように同じ漢字を3つ集めて作った漢字がいくつもありますね。(添付図参照)

 それぞれの漢字の読み方を和歌にして覚えたようです。
  男みつかけは(ば)たは(ば)かる女をは(ば) かしましとよむ 車とゝ(ゞ)ろく
  三つかける鳥はあつまる 鹿おろか 魚はめゝさ(ざ)こ 羊なまく(ぐ)さ
   ※ めめざこ=めめじゃこ(メダカなどの小魚類)
  三つかける火はひは(ば)な也 水ふかし 木もり 日ひかり 馬はおと(ど)ろく

 歌字尽はいくつも出版されましたが、『安政歌字尽』ように『小野篁歌字尽』と共通する字がほとんどないものが現われます。これは序文のように意図的に『小野篁歌字尽』中の漢字を避けた結果であるといいます。本書は意図的に『小野篁歌字尽』の漢字を排除したため、所収の漢字に俗字がとりわけ多いのが特徴です。例えば、末尾には、添付図のように「心」という漢字をいくつも並べた俗字を掲げています(それぞれ読みは「かなしむ」「まよう」「うたがう」「よろこぶ」)。ほとんど謎掛けのような甚だしい俗字ばかりです。


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