白川静氏は漢字の多くを呪術や宗教儀礼と結びつけて解釈していますが、これも好き勝手な空想で言っているのではなく、古代文学や甲骨・金文の研究から得られた知見に裏打ちされたものです(それでも「何でも神がかりに結びつけてしまう」という批判があります)。文字の由来を研究しようと思えば、中国語学や甲骨学・金文学をはじめ、古代文学や古代宗教など該博な知識が必要になってきます。
『男』: 田(たんぼの形)と力(農具の「すき」の形)を合わせた字で、農耕地の管理者を表し、もともとは身分や職能を示すものでした。
『女』: ひざまづいて両手を前に合わせた女性のしなやかな形。
『馬』: 馬の二本の足、たてがみ、尾などを表現した形。
『正』: 口(まちを表す)と止(足跡のかたち)、足跡の形からなる字は歩行、進行を表す字が多く、正の場合、まち・むらに進軍して征服することと解釈されています。つまり卜占による神のお告げを得て行う支配行動は正義とされたのでしょう。
『武』: 戈(武器であるほこ)と止(足跡のかたち)を合わせた形で、元来武とは戈(ほこ)をもって戦いをとどめる行為と解釈されてきましたが、実は、ほこをかついで前進し武威を誇ることを表しています。
『祝』: 兄(祝詞や誓約書を入れる器を戴いた人の形で、祈りを司る兄弟の年長者を表した)と示(小さな神卓の形)で、もともとは先祖の霊を祭り、祈ることを表しています。
『祭』: 古い形では月(肉;祭祀において捧げる肉)と又(それを持つ手の形)からなり、後に示(捧げ物を乗せる神卓の形)が加えられました。
『福』: 示(神卓)に酒樽の形を合わせた字で、酒を神前に供え、酒盛りをして福を招くことを表しました。
独自の「字源」を唱える自称「研究家」もいます。彼らの多くは漢字を適当に分解し、それぞれの要素の意味を漢和辞典で調べ、それらを組み合わせて「字源」だと称します。しかし漢字の中には甲骨文から楷書に至るまでに字体が大きく変わっているものも少なくなく、古代文字の字形を考慮せずに楷書だけに頼っていたのでは説得力がありません(ひどい人になると戦後になって制定された新字体を分解して「字源」を解こうとしていますが、何をか言わんやです)。また漢字の多くは意味を表す部分と発音を表す部分を合わせた「形声文字」であり、このことを無視するのであれば、無視するだけの合理的な根拠を説明する必要があります。
ウソも方便ということもありますから、漢字を覚える方便として、漢字を分解して根拠のない由来をこじつけた「覚え歌」を使うというのであれば、別に目くじらを立てることでもないでしょう。たとえば
「戀という字を分析すれば、いと(糸)し、いと(糸)しと言う心」
「櫻という字を分析すれば、二階(二貝)の女が気(木)にかかる」
といった昔から有名な都々逸は、傑作と呼ぶにふさわしいものです。しかしこういったものは、お遊びとして楽しむならともかく、教育に使うにはやはりふさわしくありません。なぜならその場限りで応用が全くきかないからです。
「戀」は「恋」の旧字(以前に使われていた字)です。昔の絵文字を見てみると、男女が心の糸をお互い引っ張り合っている様が現在の「恋」という漢字の起源である事がわかります。よく愛し合っている恋人同士を「赤い糸で結ばれている」という言葉がありますが、「糸」を引き合うという表現は紀元前から使用されていた事がわかります。
「櫻」「鸚」の音「アウ」は「嬰」の音「エイ」が変化したもので、同時に「嬰」は「貝飾りを首にまとった女」がもともとの意味であることから、「櫻」は「貝飾りのような実をつける ゆすらうめ(「さくら」の意味で使うのは実は日本だけ)」の意味にもなる、というように系統立てて覚えた方が、他の字にも類推して応用できるのです。「纓」も音は「エイ」で、意味は貝飾りのように首にめぐらす「冠のひも」という風に。
900年ほど前の中国にも、こうした「分解法」を唱えた人がいました。北宋の文人で、「新法」と呼ばれる政治改革を推進した政治家でもあった王安石です。彼は『字説』という本を著し、すべての文字は象形字か会意字であると主張して、いろいろな文字の由来を「分解法」で解説しました。王安石もきっちり学問を修めた人ですし、彼の説も一部には見るべきものがあったので、発表された当時は新法派を中心に支持を集めました。しかし極端に走りすぎたこじつけもまた多かったため、新法が停止されるとともに顧みられなくなり、今では『字説』も散佚して断片しか見ることができません。経書の注釈や字書に引用されて残ったものは、『字説』の中でも比較的まともな部分と考えられますが、明の趙南星の著した『笑賛』などの笑話集に引かれているのは、恐らく『字説』の最も牽強附会な部分で、さんざんコケにされています。
sechin@nethome.ne.jp です。
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