大和物語 81段
季縄の少将のむすめ右近、故后の宮にさぶらひけるころ、故権中納言の君おはしける、たのめたまふことなどありけるを、宮にまゐること絶えて、里にありけるに、さらにとひたまはざりけり。
内わたりの人きたりけるに、「いかにぞ、まいり給や」と問ひければ、「つねにさぶらひ給」といひければ、御文たてまつりける。
わすれじとたのめし人はありときく言ひし言の葉いづちいにけむ
となむありける。
※故権中納言の君=藤原敦忠(906~943年)。左大臣藤原時平の子。三十六歌仙の一人。『百人一首』の「あひ見てののちの心に……」の歌で知られる。
現代語訳
季縄の少将のむすめ右近が、故后の宮(穏子)にお仕え申し上げていたころ、故権中納言の君(藤原敦忠)がいらっしゃって、頼みに思わせるようなことをおっしゃったことがあったが、右近が宮に参上することが途絶え、実家にいたところ、いっこうに中納言が訪問なさらなかったということです。
宮中の人がやって来たときに、「どうですか、中納言さまは最近、宮中へ参上なさっていますか」と質問したところ、「いつもいらっしゃっておいでです」と言ったので、御手紙を差し上げたとさ。その手紙には
あなたのことは決して忘れるまいと、甘い言葉で私にあてにさせた人は、いつもそちらにいると聞きましたが、あのとき言った言葉は、どこへいってしまったんでしょうねえ。
という歌が書いてあったといいます。
大和物語 82段
おなじ女のもとに、又さらに音もせで、雉をなむをこせたまへりける。かへりごとに、
くりこまの山に朝たつきじよりもかりにはあはじとおもひし物を
となむいひやりける。
現代語訳
また、同じ女性のところに、また前と同じように、ちっとも連絡もしないで、キジをお寄越しになったとさ。その返事として女が作った歌、
栗駒山に朝飛び立つキジ以上に、狩りには出くわすまい(かりそめにはあなたに逢うまい)と思っていたのに。
大和物語 83段
おなじ女、内裏の曹司にすみける時、忍びてかよひ給人ありけり。頭なりければ殿上につねにありけり。雨のふる夜曹司の蔀のつらにたちよりたまへりけるもしらで、雨の漏りければ、むしろをひきかへすとて、
おもふ人雨とふりくるものならばわがもる床はかへさざらまし
となむうちいひければ、あはれとききて、ふとはひいりたまひにけり。
現代語訳
同じ女性が、宮中の個室に暮らしていた時、こっそりと人目をさけて彼女の所にお通いになる人がいたとさ。役所の長官だったので、殿上の間にいつも居たとさ。ある雨が降る夜、彼女の部屋のしとみ戸の正面に立っておられたのにも気づかずに、雨が漏ってきたので、むしろを裏返しに敷くというので、
もしも、愛する人が、今夜の雨が急に降り出したように、とつぜんやって来てくれていたなら、私の部屋の雨漏りして、また、彼が来ないので流した涙に濡れた寝床の敷物は、ひっくり返さないですんだのになあ。
と口に出して歌ったので、外にいた彼がしみじみと聞いて、さっと彼女の部屋におはいりになったとさ。
大和物語 84段
おなじ女、おとこの「わすれじ」とよろづのことをかけてちかひけれど、わすれにけるのちにいひやりける、
わすらるる身をば思はずちかひてし人の命の惜しくもあるかな
かへしはきかず。
※おとこ=藤原敦忠
現代語訳
おなじ女が、男が「あなたを忘れまい」と様々な言葉をかけて誓ったが、自分のことをすっかり忘れてしまったのちに、作って贈った歌、
あなたに忘れられてしまう我が身のことを、あのころは想像もしなかった。それにしても神にかけて愛を誓ったあなたが、誓いを破った報いの神罰で命を落とすことになるあなたの命が惜しいですこと。
大和物語 85段
おなじ右近、「桃園の宰相の君(藤原師氏)なむすみ給」などいひのゝしりけれど、 そらごとなりければ、かの君によみてたてまつりける、
よしおもへあまのひろはぬうつせ貝むなしき名をば立つべしや君
となむありける。
現代語訳
藤原師氏が右近のところに通っているのと世間の人があれこれと噂していますが。 全く事実とは違うこと。そこで右近が藤原師氏に送った歌。
もういいですよ。世間の人なんて好き勝手に想像するのですから。 でもまさか、海女が拾わない中身のない貝のように、 事実になくむなしいばかりの浮き名を立てるおつもりではないですよね。 はやく私のもとにおかよいになって契りを結んで下さいな。
sechin@nethome.ne.jp です。
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