荘子の天下篇に、次のような一文があります。
堯觀乎華。華封人曰、嘻、聖人。請祝聖人、使聖人壽。堯曰、辭。使聖人富。堯曰、辭。使聖人多男子。堯曰、辭。封人曰、壽富多男子、人之所欲也。女獨不欲何邪。堯曰、多男子則多懼、富則多事、壽則多辱。是三者非所以養德也。故辭。
封人曰、壽富多男子、人之所欲也。女獨不欲何邪。
堯曰、多男子則多懼、富則多事、壽則多辱。是三者非所以養德也。故辭。
(読み下し文)
堯(ぎょう)、華(か)に観(あそ)ぶ。華の封人曰く、嘻(ああ)、聖人なり。請(こ)う、聖人を祝し、聖人をして寿(いのちなが)からしめん、と。尭曰く、辞す、と。聖人をして富しめん、と。尭曰く、辞す、と。聖人して男子多からしめん、と。尭曰く、辞す、と。
封人曰いわく、寿と富と男子多きとは、人の欲する所なり。女(なんじ)独り欲せざるとは何ぞや、と。
堯曰く、男子多ければ則(すなわ)ち懼(おそ)れ多く、富めば則ち事多く、寿(いのちなが)ければ則ち辱(はじ)多し。是の三者は徳を養やしなう所以に非ざるなり。故に辞す、と。
(訳)
堯があるとき華という地方へ出かけた。その華の関守の役人が堯に言った。「おお、聖人よ、どうか私に聖人であるあなたを祝福させてください。聖人の長寿を祈りましょう」 すると堯は言った。「おことわりします」
「それでは聖人の富が増えるように祈りましょう」「いいえけっこうです」
「それでは聖人に男の子が多く恵まれるように祈りましょう」「それもおことわりします」
関守の役人は言った。「長寿を保つことと、富が増えることと、男の子が多く授かることは、人がみな望むことなのに、あなただけが望まれないのはいったいどういうわけなのですか?」
堯は言った。「男の子が多ければそれだけ心配の種も増え、富が増えればそれだけ面倒なことも多くなり、長寿を保てばそれだけ恥を残すことも多くなります。この3つのものは徳を養うにはなんの役にも立たないものです。だからお断りしたのですよ」
長生きをすれば、「恥」が多くなるのは止むを得ないことです。だからといって、自分の命は自分ではどうすることも出来ません。開き直って、長生きをすれば「恥」が多くなるのは当然のことだととらえて、一層前向きに生きていくことよりほかにしようがないのです。まっこと、恥さらしもいいところですね。
兼好法師も徒然草7段で次のように言っています。
あだし野の露きゆる時なく、鳥辺山の烟立ちさらでのみ住みはつるならひならば、いかにもののあはれもなからん。世はさだめなきこそいみじけれ。
命あるものを見るに、人ばかり久しきものはなし。かげろふの夕を待ち、夏の蝉の春秋を知らぬもあるぞかし。つくづくと一年を暮らすほどだにも、こよなうのどけしや。あかず惜しと思はば、千年(ちとせ)を過(すぐ)すとも一夜(ひとよ)の夢の心地こそせめ。
住み果てぬ世に、みにくき姿を待ちえて何かはせん。命長ければ辱(はじ)多し。長くとも四十(よそじ)に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。
そのほど過ぎぬれば、かたちを恥づる心もなく、人に出でまじらはん事を思ひ、夕の陽(ひ)に子孫を愛して、栄(さか)ゆく末を見んまでの命をあらまし、ひたすら世をむさぼる心のみ深く、もののあはれも知らずなりゆくなん、あさましき。
訳)
あだし野の露が消える時なく、鳥辺山の煙がいつまでも上がり続けるように、人生が永遠に続くものならば、どうしてもののあはれなど、あるだろう。人生は限りがあるからこそ、よいのだ。
命あるものを見れば、人間ほど長生きするものは無い。かげろうが朝生まれて夕方には死に、夏の蝉が春や秋を知らない例もあるのだ。しみじみ一年を暮らす程度でも、たいそうのんびりした時を過ごせるものであることよ。
満足できない。もっともっとと思ったら、千年を過ぎても一夜の夢の心地がするだろう。どうせ永遠には生きられない世の中に、長生きした末に醜い姿を得て、それが何になるだろう。
長生きすると恥も多くなる。長くても四十未満で死ぬのが見苦しくないところだ。
そのあたりの年を過ぎると、醜い容貌を恥じる気持ちも無くなり、人に交わることを欲して、老いさらばえて子孫を愛して、子孫が立身出世する末を見届けるまでは生きよう、などと期待し、ひたすら世をむさぼる心ばかり深く、もののあはれもわからなくなっていく。あさましいことだ。
sechin@nethome.ne.jp です。
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