瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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6月10日の「判じ物」の解答
 ①イチゴ(稚児が「異」を上に掲げています)
  ②ナシ(「菜」が4つあります)
  ③ブドウ(「歩」に濁点で「ぶ」、「塔」に濁点で「どう」)

 タンポポは、日本の春を代表する草花の一つとして、わたしたちは幼い頃から、スミレ、タンポポ、レンゲソウと呼んで親しんできました。だが、タンポポという音感は、この三点セットの草花のなまえの中でも、どことなく日本語離れがしていて、なんとなく異国風の響きがあります。このためタンポポの語源をめぐっては、古くからいろいろと論議の的になってきました。

 タンポポの名前の由来については諸説があります。有力なのは、頭花を鼓に見立て「タン・ポンポン」と音を真似たというもの。また、茎の両端を細く裂き水に浸けると鼓の形になるため、と言う説もあります。他に、タンポポの冠毛の形が昔日本にあった「たんぽ槍」に形が似ているところから名づけられたとする説もあります。
 さらに、日本名のタンポポは、現在中国で「婆婆丁」(パパチン)と呼ばれていますが、そう呼ばれる以前香気を意味する“丁”が上に置かれて「丁婆婆(チンポポ)」と呼ばれていた頃日本に伝わった名前ではないか、とする説もあります。

 日本で最も古い植物辞典とされる平安初期の本草書「本草和名」(深江輔仁、918年頃)のタンポポの項には、
 「蒲公草(ほこうそう) 一名 構耨草(こうじょくそう) 和名フヂナ 一名タナ (原漢文)」とあります。タンポポの漢字名は蒲公草であり、日本名はフヂナまたはタナといいます。

 和名フヂナ・タナについては、「本草和名」にもこれ以上の説明はありません。しかも、「万葉集」や「古今和歌集」の歌にも全く歌われていないのです。だからわれわれは、10世紀初頭にタンポポの前身と思われるフヂナやタナと、ここで突然に対面することとなるのです。フヂナ・タナという音だけがある植物に(ほんの一部にすぎないものの)始めて説明を加えたのが「東雅」(新井白石、1717年)です。

 「今俗にタンポポといふもの、蒲公草、すなはち是なり。<この菜、田園、隴畝の間に生じぬるものなれば、タナと云ひにしにや、フチナの義、詳ならず。>田や畑、野山に生えるものであるから、タナと名付けたのだろう。フチナの意味はわからない」と「東雅」は書いています。つまり、タナは「田菜」の意味であるというのです。
 タンポポが「菜」であるというのは、われわれにとっても意外な事実であります。タンポポは単なる野山の草花ではないのです。しかも、草餅などを作るために若草摘みをするだけのものでもない。タンポポは、かつては野菜と呼ばれる立派な食料だったのです。
 江戸時代初期、「東雅」より少し前に書かれた本「農業全書」(宮崎安貞、1697年)に、「たんほほは秋苗を生じ、四月に花さく。黄白二色あり。花は菊に似て、あひらしき物なり。夏 種を取りき、正月蒔まきて苗にして、移しうゆるもよし、山野にをのづから生るを苗にするもよし。味少し苦甘く料理に用ゆる時、葉をとりて茹ゆがき、ひたし物、あへ物、汁などに料理してよし。これを食すれば、大用の秘結をよく治すなり。圃の廻り、菜園の端々、多少によらず、かならずうゆべし。」とあり、タンポポについての農事作業のほか、料理の方法や食べ方を記しています。狭いところでも、空き地にはタンポポを植えなさいと勧めています、すごい力の入れようであります。

 フヂナについては、時代が遅れるが、「和訓栞」(谷川士清、1777~1883年)に「ふぢな 和名抄に蒲公草を訓ぜり。藤菜の義なるべし。花の時をいふにや。たんほほ也。」とあります。藤菜がどんな菜か、花の色は紫らしいが、タンポポとの関係は全くわかりません。

 これでは、中古タンポポが「田菜」と呼ばれていたという以外には、情報がなにもなかった、ということと同じです。これにメスを入れたのが柳田國男(「野草雑記」『蒲公草』)です。タンポポが山菜として苦味があるところから、かなり広い地域でニガナ(苦菜)と呼ばれる、と書いた後に、つぎのように続けています。
 「それから今ひとつさらに分布の更に弘い方言がある。岐阜県では山に属する北半分、信州でも主として北信の諸郡において、クジナといって居るのがそれである…… クジナといふ名詞も又飛び散って奥羽の処々に行はれて居る。例へば宮城山形の二県の南半分でクジナ又はグジナ、九戸の褐巻付近ではクジッケァともいって居る。羽前も米沢あたりはタンポポに近い別の名前があって、嫩(ワカ)い葉を食料にするばかり、クジナといふ語を用ゐるのである。越後でもグズナは野菜としての蒲公英の名であった。多分は北信などの臼歌も同様に、元はタンポポもクジナの花で通って居たのであらう。」[「柳田國男全集」第22巻「蒲公英」、筑摩書房]

 タンポポにクヂナ系の方言が広範囲に分布していますので、古名タナの痕跡はありませんが、フヂナはクジナと名を変え残っています(カ行とハ行とは、日本語では紛れやすい音です)。それで「かつて、ある時代に京都の上流の間にもクヂナに近い語は認められて居たのである」と結論しています。ちなみに、クヂナは地方では、タンポポに苦味があり、茎を切ると白いチチが出るところから、クヂナ(苦乳菜)の意味で用いるといいます(「植物民俗」長沢武、法政大学出版局)。
 では、このクヂナに近い語、つまりフヂナとは、なにを意味するのでしょうか。「和訓栞」に


 〔「たんぽぽ」また藤菜とも称す。黄白二種あるなり。くだざきたんぽぽといふ。出羽にて くし などいへり。〕
とあり、ここに、くだざきたんぽぽ(出羽ではクシ)と呼ばれるものは、恐らく「管咲き」タンポポの意味で、茎が管状であることに基づく名称なのでしょう。
 ということは、和名抄にフヂナ・タナとあるのは、もとクダナと呼ばれていたに違いない、クダナが訛って優雅な名前のフヂナ(藤菜)に転化し、また冒頭のクが脱落してタナ(田菜)となったと考えられるのです。

 英語名のダンディライオン(dandelion)はフランス語で「ライオンの歯」を意味するダン=ド=リオン(dent-de-lion)に由来し、これはギザギザした葉がライオンの牙を連想させることによるものです。また綿毛の球状の部分をさしblowballともいいます。現代のフランス語ではピサンリ(pissenlit)というが、piss-en-litで「ベッドの中のおしっこ」という意味です。これはタンポポに利尿作用があると考えられているためであるといいます。


 


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