明治初年(1868)、開拓使がアメリカ産のイチゴの種苗を輸入し、ここから、わが国にイチゴ栽培が広まったといいます。明治27年(1894)、静岡県久能山の農家で、意外な事実が発見されました――庭の前の土留め用として積んだ玉石の前に、たまたま延びだしたイチゴの蔓が時期はずれの実を結んだのです。南向きの庭の玉石が太陽熱を吸収して、保温促成効果を表わしたのです。このことがヒントになり、石垣イチゴの栽培が始まったといいます。ところが、イチゴ作りが石垣栽培だけにとどまらず、さらに、これが温室栽培へとつながりました。イチゴが一年中、手にはいるようになったのです。雪のふる寒い時期のクリスマス・ケーキに、生のイチゴが添えられるようになりました。イチゴには、旬(しゅん)という言葉が不要となったのです。
「いちご」の語源ははっきりしません。古くは『本草和名』(918年頃)や『倭名類聚抄』(934年頃)に「以知古」とあります。日本書紀には『伊致寐姑(いちびこ)』、新撰字鏡には『一比古(いちびこ)』とあり、これが古形であるようです。『本草和名』では、蓬虆の和名を「以知古」、覆盆子の和名を「加宇布利以知古」としており、近代にオランダイチゴが舶来するまでは「いちご」は野いちご全般を指していたようです。
漢字には「苺」と「莓」があります。現代日本では「苺」、現代中国では「莓」を普通使うそうです。英語の strawberry(ストロベリー)は「藁 (straw) のベリー (berry)」と解釈できますが、そう呼ぶ理由ははっきりせず、「麦藁を敷いて育てた」「麦藁に包まれて売られていた」「匍匐枝が麦藁に似ている」という説があり、さらに、straw は藁ではなく、散らかす・一面を覆うを意味する strew の古語だという説もあります。
平安時代の「枕草紙」(清少納言、1000年頃?)には、イチゴが次のように描かれています。
あてなるもの。薄色に白襲(しらがさね)の汗衫(かざみ)。かりのこ。削り氷(けずりひ)のあまづら入れて、新しき鋺(かなまり)に入れたる。水晶の数珠。藤の花。梅の花に雪の降りかかりたる。いみじう美しきちごの、いちごなど食ひたる。
現代語訳
上品なもの(品があるもの)。薄紫色の衵(あこめ)に白がさねの汗衫(かざみ)。カルガモの卵。削った氷に甘いあまづらを入れて、新しい金まりに入れたもの。水晶の数珠。藤の花。梅の花に雪が降りかかっている景色。とても可愛らしい幼い子供が、苺などを食べている姿。
※ 清少納言は、『あてなるもの』として7項目の名称をかかげ、その最後にイチゴを持ってきています。稚児にイチゴを配して、その可憐な清純さをたたえます。ここに、日本人に特有の繊細な美意識が巧みに表現されているように思えます。
見るに異なることなきものの、文字に書きてことことしきもの。覆盆子(いちご)。鴨頭草(つゆくさ)。芡(みづぶき)。蜘蛛。胡桃(くるみ)。文章博士。得業生(とくごうのしょう)。皇太后宮権大夫(こうたいごうくうのごんのだいふ)。楊梅(やまもも)。虎杖(いたどり)は、まいて虎の杖と書きたるとか。杖なくともありぬべき顔つきを。
現代語訳
見た感じは大したことがないが、漢字で書くと大仰なもの。覆盆子(いちご)。鴨頭草(つゆくさ)。みづぶき。蜘蛛。胡桃(くるみ)。文章博士。得業生(とくごうのしょう)。皇太后宮権大夫(こうたいごうくうのごんのだいふ)。楊梅(やまもも)。虎杖(いたどり)は、まして虎の杖と書くのだという。虎は杖などなくても大丈夫という顔つきをしているのに。
※イチゴの漢名『覆盆子』とは『覆瓫』の意で、果実がカメ(瓫)を伏せたような形をしているところから命名された漢語です。清少納言は、この覆盆子の由来を承知したうえで、「枕草子」の『ことごとしきもの』の筆頭にイチゴを掲げたのです。平安の頃、女性は平仮名を用いるのが普通であり、漢字はもっぱら男性の用いるものとされていました。そういった時代にあって、漢字の素養を持った清少納言も全くたいした女性だといわざるをえません。
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