Marsyās(マルシュアース)はaulos(アウロス)というdouble reed(ダブルリード、二本管の木管楽器、例えば、oboe〈オーボエ〉、cor anglais〈コールアングレ〉など)の名手でした。その楽器はAthēnā(アテーナー)が作ったものでしたが、吹くときに頬が膨れるのを他の神が囃し立てたせいで拾った者に災いが降りかかるように呪いをかけて地面に投げ捨てたのを、マルシュアースが拾ったのでした。
アウロスを得たマルシュアースはこの楽器に熟達し、Apollōn(アポローン)のkithara(キタラー、竪琴の一種)にも勝るとの声望を得るに至ります。これがアポローンの耳に入って怒りを買い、マルシュアースはアポローンと音楽合戦をする羽目に追い込まれてしまいました。
アポローンとマルシュアースの音楽合戦では、勝者は敗者の側に何をしても良いという約束でした。アポローンに主宰されるMusa(ムーサ、文芸を司る女神)が審判だったために、勝敗は自ずと定まり、マルシュアースは負けてしまいます。神に挑戦するとは思い上がった太い奴だということで、Phrygia(プリュギア、古代アナトリア〈現在のトルコ〉)の洞窟で生きたまま皮剥ぎの目に遭いました(傲慢の罪・hubris〈ヒューブリス〉)。その時の血は河となりそれがマルシュアース河であるといわれています。
※ hubris〈ヒューブリス〉:宗教や大自然という人間を超える大きなものに対する畏怖の念をなくし、人間が神の領域に手をつけることや神々に対する傲慢不遜な態度をとることを言います。
この音楽合戦にはいくつかのversio〈ヴァージョン、〔原型・原物に対する〕異形,変形,改作,改造〉があります。中には、マルシュアースが勝利者として去ろうとした所、アポローンは竪琴を上下反対に調弦し、同じように演奏してみせましたが、これは笛では真似しようがなかったというものがあります。また中には一旦はマルシュアースが優勢でしたが、アポローンが弾き語りを始めた所で勝敗がついた(これも笛吹きには真似できない)というものもあります。マルシュアースは楽器の演奏合戦だったはずで歌まで評価に加えるのは反則だと抗議しましたが、アポローンは笛を吹奏するのも歌と似たようなものではないかと反論したといいます。ムーサはアポローンの主張をもっともだとして、アポローンに軍配をあげたのでした。
後年のヨーロッパの芸術作品では、マルシュアースはしばしば古代ギリシアのアウロスではなく、flute〈フルート〉、panpipes〈パンパイプ〉、さらにはbagpipe〈バグパイプ〉を持っています。同様にアポローンが持っている楽器は古代ギリシアのcithara〈キタラー〉、lyre〈リュラー〉に類する竪琴だったり、harp〈ハープ〉だったり(Viole〈ヴィオル〉だったり他の絃楽器だったりします。
この音楽合戦に用いられた楽器の性格は、アウロスが熱狂的なDionȳsos(ディオニューソス)的性格の楽器、キタラーが理性的なアポローン的性格の楽器とされておりまして、またマルシュアースもそのひとりであるSatyros(サテュロス)という精霊は、ディオニューソスの眷属であることを考慮しますと、ニーチェが論じたように、人性のアポローン的側面とディオニューソス的側面の永遠の相剋を象徴しているかに見えるのです。
※ アポローン的側面とディオニューソス的側面:感性と理性、感情と理屈、直感(直観)と論理という世界に対して、芸術表現においては、「アポロ」と「ディオニュソス」の概念はひとつの重要なテーマであると考えられます。簡単にいえば、美と秩序と制御の「アポロの世界」と陶酔と快感と激しさの「ディオニュソスの世界」ということになりましょうか?
sechin@nethome.ne.jp です。
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