Ovidius(オウィディウス)の『変身物語』によれば、Kainis(カイニス)はThessalía(テッサリアー、ギリシャ中部の地域名)で最も美しい乙女だったので、多くの求婚者がいましたが、どんな男が現れてもカイニスは夫に選びませんでした。あるときカイニスが海岸を歩いていると、海神Poseidōn(ポセイドーン)が現れ、彼女を強姦してしまいます。ポセイドーンが償いとして願いを何でもかなえると言ったところ、カイニスはこんな酷いことが2度とないように男に変えてほしいと願ったのでした。そこでポセイドーンはカイニスを不死身の身体をもつ男に変えてしまったのです。
別の伝説によると、ポセイドーンは強姦ではなく、カイニスから合意を得ることができたとされます。カイニスはポセイドーンの求愛に応えるかわりに、決して傷つかない不死身の男に変えてくれることを願ったといいます。ポセイドーンはこの願いを聞き入れ、カイニスを不死身の男に変えたというのです。
※Johann Ulrich Kraus (ヨハン・ウルリッヒ・クラウス、1655~1719年 ):ドイツのAugsburg(アウスブルク)のイラストレイター、彫版家で出版企業者でもありました。
男になったカイニスはKaineus(カイネウス、Kainisの男性形)と名前を改めます。そしてLapithēs(ラピテース)族の王となり、Kentauros(ケンタウロス)族と幾度となく戦いました。ところがカイネウスは神々に対してだんだん冒涜的になってきました。Acusilaus(アクーシラーオス、紀元前6世紀後半に活躍した古代ギリシアの神話学者。生没年不明)によると街の広場に1本の槍を立て、その槍を新たな神として神々の列に加えることを人々に命じたといいます。この行為は神々の反発を招き、特にZeus(ゼウス)はカイネウスの行為に怖れをなしました。そこでゼウスは大いにケンタウロス族をけしかけました。ケンタウロス族はカイネウスを大地の中に打ち込み、さらにその上に岩を置いて死に至らしめるのでした。
このカイネウスの死を、『変身物語』はLapithēs(ラピテース)族の王Peirithoos(ペイリトオス、英雄Thēseus〈テーセウス〉の盟友)とHippodameia(ヒッポダメイア)の結婚式の最中のことだったとしています。この2人の結婚式にはテーセウスなど多くの英雄や、他のラピテース族、そしてケンタウロス族が招待された。当然、カイネウスの姿もその中にあった。ところがケンタウロス族は酒で酔っ払い、欲情して花嫁やその他の女性たちを奪おうとしたため、会場は大混乱となったのです。カイネウスは他の英雄たちとともにケンタウロス族と戦いましたが、ケンタウロスたちはカイネウスに罵声を浴びせ、「女が男の振りをしている」、「武器など持たず糸巻棒でも握っていろ」などと侮辱するのでした。そしてカイネウスの上に大木を幾重にも積み上げて殺したといいます。その場にいた預言者Mopsus(モプソス、最も古い彼の名の記述は、オリンピアで見つかったおよそ紀元前600~575年頃の戦士の盾の紐に書かれていたもので、戦士の一人だった)の証言によると、大木の山の中から金色の鳥が飛び出して天に昇り、モプソスはそれをカイネウスの魂だと信じたとされています。
カイネウスは地面に埋め込まれて窒息死したのだとか、自殺したのだという説もあります。また、混乱が収まった後カイネウスを埋葬しようとすると、カイネウスの身体は元の女に戻っていたという説もあります。
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