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 江戸浅草田原町に生まれた滑稽本作家・式亭三馬は先に挙げた「狂言田舎操(繰)」(文化八<1811>年)のなかで次のように述べています。

 今まで見た来たように、此の三馬の考察は全く正しいようです。事実江戸は色々な点で複雑であり、コトバだけが例外という訳にはいかないのです。別のところで三馬は「江戸といっても一里(日本橋を起点)隔たるとよっぽどかわりがある」と指摘しています。確かに江戸府内のコトバと一里隔たった江戸近辺のコトバとは聞く人にかなり異なる印象を与えたことでしょう。それだけに江戸語が要素的に二つの面を持ちながらも一つのものとして共通的色彩を色濃く持ってきたのです。江戸後期になると表面上は武士や町人の身分差があるとはいえ、刀を差していれば武士であるのですが、経済面でも文化面でもほとんど庶民階級が優先してきます。江戸時代別荘地として名高い向島も、江戸市内に店を持つ裕福な商人の別荘が多かったと言います。蔵前の札差にしても幕府の台所経済と直結し、完全に実権を握ってしまったのです。
 武士と町人との接触も多く、町家の子女が嫁入り前の見習い奉公として、しばしば武家屋敷へ出入りしていました。いわゆるお屋敷コトバ――米をウチマキ・餅をオカチン・杓子をオシャモジ・するをアソバススという類――もそうした女性によって町へ運搬されました。年に四度は暇が出て我が家に戻ることも許されたからです。実質的には一般に身分差が縮まってきたと考えられます。 
 赤坂・四ツ谷・市谷・牛込・小石川等は坂多き故、山の手と唱ふ、江戸内にしかも田舎めきて、下町辺とは言語も少し違いたる様に言へど、我等の田舎者にはべんじがたし(「江戸自慢」安政の頃〈1755年〉刊) 
というように山の手と下町とでコトバの違いのあることも気づかれてきたわけでもあります。
 ※「江戸自慢」については、詳しいことはよく判りませんが、著者は「田辺侯の御医師原田何某」、「江戸詰中之作」と言います。箇条書きによる江戸案内書、のようなものであるということです。
 江戸語を京阪語と比べてみた場合はどうでしょうか。江戸後期に数多く出てきた地方語の語彙集がほとんど例外なしに地方語と江戸語を並記していますように、江戸語が実質的には共通語として学ばれ意識されてきたわけです。三馬の「浮世風呂」で 
   上方も当時は御当地(江戸)のコトハづかひがえらう流行る
と述べていますが、人情本・『處女七種(おとめななくさ)』(天保年間、1836~43年刊)でも次のように語られています。

 江戸語が全国的、共通語的性格と資格を備えるようになってきたことはこの短い宣言の中にも汲み取ることが出来ます。江戸語は遠隔地まで行き渡り、藩校や寺子屋など教育機関でも江戸語が与えられてきます。地方でも教育のある人々は江戸語を用いるようになるのです。全国的交通機関の整備によって江戸と地方との結びつきも固く、江戸の出来事はすぐ地方へ知られるようになります。一方江戸の内でも遊里・劇場などの社交機関を始め貸本屋という移動図書館も盛んでした。こうしたものが一種のマス・コミ機関として江戸文化や江戸語を伝播する上に大きな役目を演じています。
 芝居での俳優たちのセリフや遊里の粋なコトバが真似られ、流行り言葉となって江戸市民の生活の中に入って行きました。〈けんもほろろ・むちゃくちゃ・破れかぶれ・おべっか・楽屋落ち・とんちき・はねる・虫がいい・冷やかす〉などこうしたうちの数例に過ぎません。


 


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