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 初期の東京語が真に国語として学ばれるためには、それ自身の進化も必要であり、リードするだけの資格を持たなければなりません。一口で言えば明治の国語は政治の流れと常に一体であると言っても過言ではありません。明治七(1874)年、板垣退助らは、「民選議院設立建白書」を政府に出し、人民は国の本であり政治は人民の召使でなければならないと主張しました。
 
 この自由民権の思想は急速にインテリ層に広がっていきます。明治維新とその後にうたれた数々の藩閥政治――天皇絶対政治につながるもの――に見える反近代的なものへの憤りは激しいものでした。明治十四年、民主主義革命をめざす全国的政党として〈自由党〉が出来上がります。しかしこの運動も明治二十年〈保安条例〉の一片によって消えてしまいます。

 明治二十二年、大日本帝国帝国憲法がだされ、天皇ハ神聖ニシテオカスベカラズと、絶対天皇制が確立されます。

 翌年、教育ニ関スル勅語が発布され、学問・思想の方向も、天皇とこれを取り巻く人々の手に収められました。東京を中心にすべてが管制の規格品で送り出されました。



 東京語の確立という点からも明治二十年前後は重要な時期であって、この辺りを以って国民・国語という観念も確立されてくるのです。次にその実態を示しておきましょう。
○東京語の見本二つ
a ソコデ不図(ふと)考え付き上野の書籍館へ参り色々と捜索してヤット見付けましたから数日筆耕者を頼んで先づ雪中梅丈を写し取らせました。文章も中々面白い上に談話の模様をありの儘に書いたものですから能く人情を写し出して明治二十三年前の政治社会を眼前に見る様であります。(「雪中梅」明治十九〈1886〉年)

b 生「御病気は如何で御座います(中略) 江「お万さんが御病気だと云ふことを今朝チラリと聞きましが、何う云ふ御様子です 生「面目次第もない訳で……愚妻は義理ある中だとて誠に心配して居りますから何うかお聞済みを願います。 江「実は僕はねへ、お万さんに恋煩いをして居るのです……合口を何にするのです。 生「御前と約束した事を破るやうで済みませんから若しお叱りがあれば割腹する覚悟で御座いました。(欧州小説「黄薔薇」明治二十〈1887〉年)

 aははしがきであって会話ではありませんが、いわゆる言文一致体のよくこなれた文章です。〈書籍館〉のように多少聞き馴れない単語もありますが、汽車を陸蒸気というよりはむしろ適訳でしょう。新しい文物が入って来て新しくコトバができるのですが、これもその一つです。bの江は江沼実といって旧旗本で今は官吏である秀才です。生は矢張り生馬忠右衛門という武士です。共に中流階級の知識人と考えてよいでしょう。円朝の講談ですが、ほとんど現代東京語に近く、異様に響くところはありません。用語を別とすれば表現において問題になるところはなく、~ジャ・~ナンジャという類の上方語も影を潜めています。
 明治八(1875)年すでに「最モ能ク通行スル東京言葉」という言い方があり、明治十三年には「東京ノ言葉ハ広ク通ジマス」と言われています。そして、ほぼ明治二十年前後には上の実例で挙げたような東京語が話されるのです。二葉亭四迷や山田美妙の言文一致体の文章もこうした東京語の確立する頃にこれを土台として試作されたわけです。

 弥次喜多を描くには江戸語が必要だったように新しい東京の知識人を描くには東京語が必要でした。そうした東京語を土台にした文章語は東京語の確立からさらに二十年を経た明治四十年代に確立されます。漱石が、「〈文明を代表する文章を書くために〉今日より東京語を以って本位とする言文一致体を以って可成り簡潔に書き示す事が最も必要の事なり」(明治四十一・八・三)と述べている通りなのであります。明治に入ると教育ある知識人が一つのタイプとして登場し、それが東京の中流階級という一つの層を形成するのです。江戸時代の武士~町人という対立ではなく、教養ある人(○)とそうでない人(△)とが対立します。
   ○あのお方はどちらで食事をいたしますか。
   △あれはどこで飯を食うか。        (明治四年、アストンの記録)
 この二つのタイプが対立していくのです。ある意味では、普通語と敬譲語(丁寧語)の対立が明確になっても来ます。社会組織の反映なのでしょうか? これを次に示しておきます。


 


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