瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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 今朝は蘇軾の「石蒼舒の酔墨堂」という漢詩を紹介します。蘇東坡は四川省の峨眉山のあたりに生まれた文人官僚で、政治的な抗争に巻き込まれて、二度も流罪に会い、最後は海南島に流されてしまいます。そのような波乱の生涯を送った人物ですが、その詩も書も、一貫して突き抜けたところがありました。中国の文人たちのなかでも、蘇東坡ほど人生の栄達と悲嘆を体験しつくした人はいないでしょう。この「石蒼舒酔墨堂」という詩にはそんな境涯がよくあらわれていると思えます。「石蒼舒」というのは、蘇東坡の友人の名前で、古い筆跡の収集家であったということです。その友人を訪ねたときの詩で、半分はふざけて「石蒼舒の酔墨堂」を揶揄(からか)って作ったものだといわれています。蘇軾34歳の作だといいます。

 

石蒼舒酔墨堂(石蒼舒の酔墨堂)  蘇軾

人生識字憂患始  人生 字を識るは 憂患の始め

姓名粗記可以休  姓名 粗(ほ)ぼ 記すれば 以て休(や)む可し

何用草書誇神速  何ぞ用いん 草書の神速を誇るを

開卷戃怳令人愁  卷を開けば戃怳(しょうきょう)として人をして愁えしむ

我嘗好之毎自笑  我嘗て之を好み 毎(つね)に自ら笑う

君有此病何能瘳  君に此の病有り 何ぞ能く瘳(いや)さんや

自言其中有至樂  自ら言う 其の中に至楽有りて

適意無異逍遙遊  意に適すること逍遙の遊に異ること無しと

近者作堂名醉墨  近者(ちかごろ) 堂を作りて醉墨と名づく

如飲美酒消百憂  美酒を飲んで百憂を消するが如しと

乃知柳子語不妄  乃ち知る 柳子の語の妄ならざることを

病嗜土炭如珍羞  病んで土炭を嗜んで珍羞の如しとす

君於此藝亦云至  君 此芸に於いて 亦た至れりと云う

堆牆敗筆如山丘  牆に堆(つ)める敗筆は山丘の如し

興來一揮百紙盡  興来って一たび揮えば 百紙盡く

駿馬倏忽踏九州  駿馬 倏忽(しゅっこつ)として 九州を踏む

我書意造本無法  我が書は意造にして 本 法無し

點畫信手煩推求  点画 手に信せて 推求を煩わす

胡為議論獨見假  胡為(なんす)れぞ 議論 独り仮されて

隻字片紙皆藏收  隻字 片紙 皆藏收せらる

不減鍾張君自足  鍾・張に減ぜざるは 君自ら足れり

下方羅趙我亦優  下 羅・趙に方(くら)ぶれば 我も亦優ならん

不須臨池更苦學  須(もち)いず 池に臨んで更に苦学することを

完取絹素充衾裯  絹素を完取して 衾裯(きんちゅう)に充てよ

 

訳〕 人生、文字を覚えることから苦しみが始まる。項羽が云ったように自分の姓名が書けたらそれで良い。/草書をさらさらと書いて神速を誇るには及ぶまい。巻を開いても何と書いてあるのやらおろおろと人を悩ませる。/とはいえ、僕も書が好きで自分ながら可笑しいのだが、君は殆ど病気といってもいいほどで治しようがない。/いつもこの楽しみにかなうものは無いと云い、自由無礙の理想郷(荘子)に遊んでいるようだとさえ云う。/最近、書斎を作って酔墨堂と名付けたのも、美酒を飲んで心配事を洗い流すのと同じだからだそうだ。/そうしてみると、柳宗元の言葉もでたらめではない。土や炭を食べてご馳走のように感じる病気があるという。/君がこの芸術に打ち込んだのもその極地だよ。ちびた筆は垣根に山と積まれている。/興に乗って一度筆をふるえば百枚も書き尽くす。まるで駿馬が一瞬にして全国を駆けめぐるようだ。/僕の書などは勝手なくずし書きでまるで法則に則っていない。一点一画、でたらめ書きであれやこれやと解読に人を悩ませる。/それをどうしたわけか評価していただき、一字の切れ端まで収集して下さっている。/君は鍾繇・張芝にひけをとらない腕前、僕も羅暉・趙襲ぐらいになら負けはしないけど。/今更、張芝のように池のそばで池の水が黒くなるまで習字をする事もあるまい。白絹はそのまま取っておいて、布団の表にでもしたまえ。
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