陶淵明の小品「五柳先生伝」は、長らく陶淵明の自叙伝であると信じられてきました。五柳先生自体は架空の人物として設定されていますが、そこに陶淵明は自分自身を投影したのだと、後世の人々はこう考えたのでしょう。
蕭統(しょうとう)の『陶淵明伝』に「淵明、少(わか)くして高趣(こうしゅ)あり、……曾(かつ)て『五柳先生伝』を著して以って自(みずか)らに況(たと)う。時の人これを実録と謂(い)えり」とあります。
これは淵明が江州祭酒となる以前の、恐らく28歳ぐらいの頃の作だろうとする説があります。しかし、文中に酒食にも不自由するほどの貧困の状態を述べ、また文筆の老熟している点などから見て晩年の作と見たいものです。
五柳先生傳 幷賛 陶 淵 明
先生不知何許人也。 先生は何処(いずこ)の人なるかを知
亦不詳其姓字。宅 らざるなり。亦た其の姓字(せいじ)
邊有五柳樹。因以 も詳かにせず。宅辺に五柳樹有り、因
爲號焉。 って以って号と為す。
閑靖少言、不慕榮 閑静にして言少なく、栄利を慕わず。
利。好讀書、不求 書を読むことを好めども、甚解(じん
甚解。毎有會意、 かい)を求めず。意に会するもの有る
便欣然忘食。 毎に、便ち欣然として食を忘る。
性嗜酒、家貧不能 性、酒を嗜むも、家貧にして常には得
常得。親舊知其如 ること能わず。親旧、其の此の如くな
此、或置酒而招之、 るを知り、或いは置酒(ちしゅ)して
造飲輒盡。期在必 期すること必ず酔うに在り。既に酔い
醉。既醉而退、曾 て退き、之れを招く。造(いた)れば
不吝情去留。 飲みて輒(すなわ)ち尽くし、曾て情
を去留(きょりゅう)に吝(お)しまず。
環堵蕭然、不蔽風 環堵(かんと)蕭然として、風日(ふ
日。短褐穿結、箪 うじつ)を蔽(おお)わず。短褐(た
瓢屢空、晏如也。 んかつ)穿結(せんけつ)し、
常著文章自娯、頗 箪瓢(たんぴょう)屢〃空しきも、晏
示自己志、忘懷得 如(あんじょ)たり。常に文章を著し
失。以此終。 て自ら娯(たの)しみ、頗(いささ)か
己が志を示す。懐いを得失に忘れ、
此れを以って自ら終わる。
贊曰、黔婁之妻有 賛に曰く、黔婁(けんろう)の妻の言
言、不戚戚於貧賤、 える有り、「貧賤に戚戚(せきせき)
不汲汲於富貴。極 たらず、富貴に汲汲たらず」と。其の
其言、茲若人之儔 言を極わむるに、玆(こ)れ若(かく
乎。酣觴賦詩、以 のごと)き人の儔か。酣觴(かんしょ
樂其志。無懷氏之 う)して詩を賦(ふ)し、以て其の志
民歟、葛天氏之民 を楽しむ。無懐氏(むかいし)の民か、
歟。 葛天氏(かってんし)の民か。
※黔婁の妻:黔婁は春秋時代の斉の人で、清節の士として知られ、魯の恭公が粟三千鍾を贈って宰相に迎えようとしたが、就かなかった。のち斉王も黄金百斤を贈って大臣に迎えようとしたが応じなかった。(皇甫謐の『高士傳』による)
黔婁の妻の言葉は劉向の『列女傳』にみえる。
※無懐氏・葛天氏:いずれも古代伝説中の帝王の名。
訳) 先生ハ何処ノ出身カワカラナイ。マタソノ姓名モヨクワカラヌ。家ノソバニ五本ノ柳ガアッテ、ソレヲソノママ号トシテイル。
モノシズカデ口数スクナク、名誉ヤ富ヲノゾマヌ。読書ハ好キダガ、トコトンマデワカロウトハセヌ。タダコレダト思ウコトガアルト、モウウレシクテ食事モワスレルノガツネダッタ。
生マレツキ酒ガ好キダガ、家ガ貧乏デ、イツモ手ニ入レルワケニハユカヌ。親戚・旧友タチハソノ様子ヲ見テ,酒席ヲシツラエ、招待シテヤルコトガアッタ。出カケテユケバ、イッキニ飲ミツクシ、必ズ酔ッパラウノガ目的ダッタ。酔ッテシマウトヒキアゲ、思イキリワルクグズグズト居坐ルトイウコトハナカッタ。
セマイ家ハサビレテ、風ヨケ陽ヨケニモナラヌ。チンチクリンノ毛皮ノ上衣ハボロニナリ、オ椀ヤ湯呑ハカラッポノコトガ多カッタガ、平然トシテイタ。イツモ詩文ヲツヅッテハ、ヒトリ楽シミ、イササカオノガ主張をシメシタ。人生ノ損得ヲ気ニカケズ、カクテヒトリデ死ンデイッタ。
賛ノコトバ――
ムカシノ隠者黔婁ノ妻ノコトバニ「貧乏ヤ低イ身分ニクヨクヨセズ、財産ヤ高イ地位ニアクセクセヌ」トイウ。ソレハマッタク先生ノヨウナ人物ヲイウノデアロウ。酒ニ酔ウテハ詩ヲ作リ、オノガ心ヲ楽シマセタ。古代ノ帝王無懐氏ノ民デモアルカノヨウニ、マタ葛天氏ノ民デデモアルカノヨウニ――。
sechin@nethome.ne.jp です。
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