瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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ギリシア神話:Coronis・Asklepiosの悲劇
 テッサリアはラリッサの領主Phlegyas(プレギュアース)には一人の娘があった。その名をCoronisと呼ばれ、テッサリア全州にも到底彼女に及ぶ者は在るまいと言われるほどに美しい娘であった。いつしか彼女はデルボイの御神(Apollon神)の寵愛を受ける身となっていた。たまたまの逢瀬を待ち侘びる彼女のためにアポローンは文使いとして、また慰みとして雪のような純白な翅(つばさ)をした一羽の鳥を与えた。それは鴉(からす)だった。鴉はこの時分には黒ではなくて真っ白な鳥であった。そしてこの鳥が御神の使いとして、デルボイの神殿から色々の土産物や見舞いの文を齎し、あるいはテッサリアから、御神への優しい便りや喞言(かごと)を伝えてくるのであった。鴉は勿論人間の言葉を解し、また語ることが出来た。
64e63f2d.JPG デルボイの御神は四方山の事件に忙殺されて、テッサリアへ出向かれない日が続いた。神々の一日は到底人間などの思い及ばないほど、忙しいものなのである。何しろ全世界の人間の祈りや願いや、泣言やその上怨み言まで聞かなければならない。その上方々の社での託宣や予言やその他のことが、生易しく出来ると思うのは間違いである。病人もあるし、その間にオリュンポスで饗宴が開かれれば、その演出もしなければならない。そんなわけで御神はコローニスの優しい姿を思いながらも、暫くは止むを得ずお出ましを控えておられた。というわけで、鴉もここのところ数日、テッサリアに姿を見せなかった。ところが思い立ったように不意に彼(鴉)がテッサリアの町へ飛んできて、プレギュアースの館の庭に舞い降りたとき、異様な光景が彼の眼に写った。若い男が、コローニスと親しく語らっている様子だった。しかもそれは、普通の親しさではない。コローニスの打ち解けた態度も嬉しそうな顔色も、尋常ではないあるものを示しているようだった。その若い男はアルカディアのIschys(イスキュス)という者だという。
 ともかく主人の心を心とし一途に嚇となった鴉は一目散に今来た空を、そのままデルボイさして翔(か)け戻って、銀弓の御神に事の次第を告げた。コローニスはいたずらな望みを抱いてアポローンに背き、父の許しも得ずにアルカディアから来た男と言い交わし、結婚の儀式も祝いの歌も聞かずに、すでに邪な思いに身を任せたのだという。激怒した御神は恐ろしい傷みの篭る矢を取上げて、北の方に放ち給うた。矢は高い唸りを上げ、眼にも止まらず虚空を馳せてプレギュアースの館に突き入り、コローニスの胸にはつしと刺さった。彼女の白い肌は、真紅の血潮に濡れていった。悶えながら、彼女は両手を差し伸べて叫んだ。「アポローン様、御謀(おんはか)らいを私はとやかく申し上げはしませぬ。でも、死ぬ前に、せめてこの身に宿した貴方様の嬰児(やや)を、産み落としてまいりとう存じました。今二つのいのちが一本の矢でうしなわれるとは」こう言う内にも唇は蒼ざめ、息は遂に絶えてしまった。近親の者たちは泣く泣くも亡骸を取り収め、やがて葬儀の容易を整え、薪を積み上げて荼毘に付そうとした。
 一方アポローンは一時の怒りに任せて酷(きび)しい処置を取りはしたが、忽ち言いようもない悲しみと後悔の思いに胸を苛(さいな)まされた。昔の優しかった女(ひと)面影、ひとつひとつに懐かしいそのこなしや持て成し、耳打ちされた言葉、それは人間でも神でも変わりはなかった。どうしてその人が自分を裏切るなんていうことがあろうか。何故、行って充分に真実を確かめてからにしなかったのだ。もしそうとしても、一時の心の迷いということもある。拗ね心でも、態とした見せつけでもあったかもしれない。こう思い出すとアポローン神とて自分の所業が疎ましく思われてならなかった。それにつけても憎らしいのは、余計な忠義面をして告げ口に来た鴉である。彼の呪いは御座の脇に勿体らしく羽根をたれていた鴉に向けられた。その日から鴉は忠義立ての褒美の代わりに、真っ黒な煤(すす)けた黒さを身に装って、コローニスの喪に永久に服さなければならないことになった。
 御神は何事をもかなぐり捨ててテッサリアのプレギュアースの館に立ち向かわれた。そして冷たくなった少女の胸に香しい薫香を注ぎ、抱き縋られた。殯(もが)りの火についに屍が載せられた時、その胎(はら)から嬰児を取り出し、これをベーリオンのCentaur Chiron(ケンタウルス・ケイローン)に委ねられた。Chiron(ケイローン)はケンタウルスには珍しい有徳の老人で、ことに医学の術に達していた。ころニースの子は彼の博育をうけるうちに、自ずからさまざまな方策(てだて)を覚えて、養父にも勝る卓越した医学の腕前を獲得するにいたった。無論実の親であるアポローンの遺伝とも言うべき血統と、陰に陽にの庇護薫陶が與って力あったのだろう。いうまでもなく、これが医薬の神Asklepios(アスクレーピオス)の生い立ちである。間もなく彼の名前は全世界に広く伝えられた。この時代の彼はどうやら父である御神よりも、人間の母の性を多く受け継いだらしい。また彼の医術に対する熱心さには全く人を感動させるものがあつた。彼の手腕はそれに比例して進んでいくように見えた。しかし、それにも遂に限度があった。彼はその限度を超えることによって、遂に一命を失わなければならなかった。それはおおきな矛盾であった。そして結果論的には彼はこの矛盾を突き抜けることによって、神にもなったのではあるが。
4f51913f.JPG Asklepiosは人を救うのに熱心なあまり、ついに死者をも蘇らせたのである。一伝ではこの死者というのはあのテーセウスの息子のHippolytus(ヒッポリュトス)のことだといわれる。清浄無垢な処女神アルテミスへの奉仕に熱心なあまり、恋の神アプロディーテーの復讐によって無実の罪にあたり、父の呪いを受けて致命傷を受けたこの青年は、おそらく年若な医師に献身的な治療を鼓吹するに足りる清らかさと気高さを持っていたのだろう。一旦黄泉へ赴いたかに見られた生命(いのち)はまたこの世に引き戻されたのである。
 しかしこれはいかにも自然の理法に背いた不当なる侵害であった。冥府の王Ploutōn(プルートーン)は当然に手厳しい抗議をゼウスの下に提出した。やむなくゼウスは(彼自身始末に困って)早速電火を遣って、Asklepiosを焼き滅ぼして、地下の世界に送り込んだのである(彼がそこでどのような待遇を受けたのかはさだかでない)。 ―― 次回に続く
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