ウェブニュースより
札幌開催確実な情勢 バッハ会長が二者間合意強調 ―― 2020年東京オリンピック(五輪)・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長(82)が17日、都内で記者団の取材に応じ、国際オリンピック委員会(IOC)が提案したマラソン、競歩の札幌開催案について「IOCと国際陸連が賛成している。受けなければならない」と話し、東京から札幌への変更が確実な情勢となった。
IOCトーマス・バッハ会長もドーハで「IOC理事会と組織委は札幌市に移すことに決めた」と二者間での合意を強調。東京都も出席し30日から3日間、都内で行われるIOC調整委員会で結論を出す。
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森会長はIOCがマラソン、競歩の札幌開催を提案した経緯をつまびらかに明かした。IOCトーマス・バッハ会長の権限で決定した案とし、調整委のジョン・コーツ委員長の電話を通じて「これは相談事ではない。この案でやらせていただきます」と強い意思表示を受けた。
札幌を選んだ理由は「東京と比べ気温が5、6度低い」「国際マラソンを開催している」「五輪開催経験がある」「30年冬季五輪招致を目指している」の4つ。既にバッハ案として札幌ドーム発着案も、森氏に示されていた。
引き金となったのは中東ドーハで行われた陸上世界選手権。9月27日(現地時間)の女子マラソンは深夜11時59分スタートでも、高温多湿のため4割以上が棄権した。東京五輪で同様、もしくはそれ以上の惨状になるのではと、バッハ氏が重く見た。
選手輸送や宿泊、警備、会場設営などで経費の大幅な増加が見込まれるが「こちら持ちとなったら切ない。IOCに持ってもらいたいと伝えた」という。コーツ氏は「よく精査する」と回答した。
組織委は8日に突如、10日に予定していた五輪チケット2次抽選販売の記者発表を無期延期に。IOCから札幌案を伝えられた日付を森氏は明かさなかったが、この頃だとみられる。
コーツ氏から「16日に国際陸連のセバスチャン・コー会長に案を伝えたい」と言われたが、一端は保留に。連休明けの15日、再度コーツ氏から入電で即承諾の催促を受けたが「都知事らにも伝えないといけない。待って欲しい」と言い16日、自ら都庁に赴いて小池百合子都知事に説明。「知事は困惑していた。この時点で都は同意できない。だから調整委で協議しようとなった」と明かした。
実は、昨年にも北海道での開催案が関係者から提案されていたとも明かした。既に販売済みのチケットは「行けない人は払い戻し、見たい人はそのままとなるでしょう」と語った。警備については「警視庁が入念な準備をしてきた。それを道警にお願いしないといけない。同じレベルの警備ができるかという問題もある」と心配する場面もあった。
マラソン、競歩の札幌開催は決定的となり、これから実務者による計画立案に移っていく。 [日刊スポーツ 2019年10月17日19時27分]
2019年ドラフト会議終了、支配下&育成の計107名が指名 佐々木は4球団の末ロッテ ―― 2019年度の「プロ野球ドラフト会議 supported by リポビタンD」が17日に行われ、支配下、育成を含め107名が指名を受けた。大船渡・佐々木は4球団の末にロッテが、星稜・奥川は3球団が競合しヤクルト、明大の森下は広島が一本釣りした。
今年のドラフトで最も競合した佐々木。事前に指名を公表していた西武、ロッテ、日本ハムに加えて楽天も指名し4球団が重複指名。奥川には公表していたヤクルトに加えて阪神、巨人が指名。森下を指名したのは広島のみ。
打者としてNo1の評価を受けていた東邦・石川昂弥内野手は事前に公表していた中日に加えてソフトバンク、オリックスも指名し、中日が交渉権を獲得。巨人は奥川、宮川哲投手(東芝)のくじを外し、評価を上げていた青森山田高の堀田賢慎投手を外れ外れ1位で指名した。今年のドラフトでは支配下74人、育成33人の計107名がNPB球団から指名を受けた。 (10/17 20:14 Full-Count)
8.川越波切の御名号
親鸞が平島村(現在の新潟市西区)に迎えられた時のこと。念仏の教えを説いた後、新十郎という人物が鳥屋野草庵に帰る親鸞を送ろうと信濃川に船で漕ぎ出したところ、北風が激しく吹き、川を渡れなくなってしまった。すると親鸞は懐中から紙を出し、「南無阿弥陀仏」の六字の名号を書き、新十郎に与えた。船の表に掲げると、不思議なことに難なく波を切り分けて渡ることができたという。以来、名号は子孫代々大切に守られている。
鈴木家(川越波切の御名号) 新潟県新潟市西区寺地940-4
親鸞聖人は、五年に及ぶ越後流罪が赦免され、この北陸の地に教化の折、五十嵐浜から平島(さめづら)に上陸され、さらに信濃川対岸の鳥屋野から近郷の村々を御布教して居られた途中のことでした。御布教を終えられた親鸞聖人が、いっもの通り、寺地村(さめづら)の渡し守、鈴木新十郎の船に乗って、信濃川を鳥屋野へ渡ろうとなされた時、にわかに天候が悪化し、北風が激しく吹いて嵐になり、船は木の葉のように揺れて進まず、船頭の力も尽きようとしていました。新十郎は手のほどこしようもなく途方に暮れていたところ、親鸞聖人が、懐中より紙を取り出され「南無阿弥陀仏」の六号御名号を書かれて新十郎に与えられました。早速、新十郎がこの御名号を船の帆先にくくり付けたところ、不思議に嵐は収まり、波が静かになり、無事に対岸の鳥屋野にお着きになることが出来ました。
聖人は、この六字御名号を、敬覚寺開基となる八木次郎左衛門と新十郎にお与えになり、鈴木家はこの地に御名号堂を建立しました。
承久年間、順徳天皇のお渡り時「間遠なり」と言われ、以来平島と鳥屋野の間は、「間遠の渡」といいます。また元禄のはじめ俳人芭蕉が立ち寄り、「船の中眠る間遠のわたし哉」と読んだと伝えられます。
ウェブニュースより
マラソン札幌開催案、IOCに危機感 ドーハも引き金 ―― 2020年東京五輪のマラソンと競歩について、国際オリンピック委員会(IOC)が猛暑を懸念して開催地を札幌市に移す検討に入った。これまでも暑さは運営課題として認識され、スタート時間を早めるなどの対応が取られてきた。IOCが混乱も伴うこの時期の計画変更を提案した背景には、9月末~10月初めにカタール・ドーハで行われた世界選手権の惨状も影響したと思われる。
高温多湿の悪条件で行われた世界選手権は、マラソンと競歩のスタート時間が午後11時30分~午前0時の間に設定された。にもかかわらず、女子マラソンはスタート時の気温が32.7度、湿度73.3%と高く、出場選手の4割超に当たる28選手が途中棄権。男子50キロ競歩でも出場46選手のうち、14人がゴールにたどりつけなかった(失格者を除く)。
女子マラソンに所属選手を送り出した天満屋の武冨豊監督は「2度とこういうレースは走らせたくない」と選手の受けるダメージの深刻さに懸念を示していた。レース後数日たっても微熱が続くなど、体調不良を訴える選手もいたという。
選手や関係者から不安の声が上がり、「アスリートファースト(選手第一)」を掲げるIOCも危機感を強めたようだ。トーマス・バッハ会長は変更検討について「マラソンと競歩の開催地を移す新たな提案は、我々がどれほど深刻な懸念を持っているかの表れだ」とのコメントを出した。
実際、東京大会に懸念を示す声は上がっていた。競歩は皇居外苑を周回するコースで日陰が全くない。今回の世界選手権男子50キロで金メダルを獲得し、東京五輪代表に決まっている鈴木雄介選手(富士通)も「選手や観客、運営の方々の健康を考えても、陰のあるコースにしてほしいと強く願っている」とかねて見直しを訴えていた。
一方で、IOCの突然の方針転換に戸惑いも広がる。既に多方面で準備が進んでいるからだ。9月15日に五輪本番とほぼ同じコースで行われた日本代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ」はテスト大会を兼ねて行われ、チケットも既に発売済みで対応が迫られる。
気象条件やコースを踏まえた現場の本番対策も進んでいた。女子マラソンの山下佐知子・日本陸連五輪強化コーチは「全く聞いていなかった。(日本選手は)暑さの中のレースでないと勝負できないと思っていたので驚きだ」と困惑している。 (日本経済新聞 2019/10/17 2:00)
7.国府の片葉の葦(あし)
親鸞の教えに感化されて、葉が片方だけを向いてなびいたといわれている。
居多神社 新潟県上越市五智6丁目1-11
「片葉の葦」は越後七不思議のひとつで、葉が片方側だけに生えるアシです。上越の居多(こた)ヶ浜や居多神社周辺に自生しています。
片葉の葦にまつわる伝説は、大きく分けて2つあります。ひとつは現在、越後七不思議として語られている親鸞聖人由来の伝説。もうひとつは弘法大師(空海)由来の伝説です。
居多ヶ浜に上陸した親鸞聖人は、最初に居多神社を参拝しました。ここで聖人は
末遠く 法をまもらせ 居多の神 弥陀と衆生の あらむ限りは
と詠みました。この親鸞聖人の教えに感化されて、葉が片方だけを向いてなびいたそうです。
親鸞聖人由来の伝説は他のものもあります。
流罪となり越後国府に流された親鸞聖人は居多ヶ浜周辺で布教しましたが、罪人であるとして話を聞く者がいませんでした。そこで聖人は
結びおく 片葉の葦の 後の世に わがあと慕う 小道しるべに
という歌を詠んで、傍らの葦の葉をちぎりました。その後、このあたりの葦はすべて片葉になってしまいました。
このほかにも、親鸞と一緒になって手を合わせたから、葦が親鸞との別れを惜しんで合掌したから、など諸説あります。
ウェブニュースより
将棋の藤井七段、開幕から無傷の5連勝 C級1組順位戦 ―― 将棋の高校生棋士、藤井聡太七段(17)が15日、大阪市福島区の関西将棋会館で指された第78期名人戦・C級1組順位戦(朝日新聞社・毎日新聞社主催)の5回戦で、宮本広志五段(33)に101手で勝った。一つ上のB級2組への昇級に向け、開幕から無傷の5連勝となった。藤井七段は11月5日の6回戦で青嶋未来五段(24)と対戦する。
午前10時に始まり、午後10時20分に終局した。終局後、藤井七段は「(順位戦の)前半は、なんとか良い形で折り返すことができたかな、というふうに思っていて。残り5局も1局1局全力を尽くして戦っていけたらなと思っています」と話した。宮本五段は「玉頭(ぎょくとう)から動いていったのが無理筋(むりすじ)になってしまったかな、という感じです」と振り返った。
https://www.youtube.com/watch?v=ui5y27XEtgw
名人戦につながる順位戦は、五つのクラスに分かれている。下から二つ目のC級1組には、今期は36人が参加。6月から来年3月まで1カ月に1局のペースで、それぞれ10局戦い、成績上位2人がB級2組に昇級する。 (朝日新聞デジタル 2019年10月15日23時12分)
6.田上の繋ぎ榧(つなぎがや)
数珠繋ぎにされていた榧(かや)の実を庭に植えると、不思議にも芽がでて枝葉が途中で反転し、繋ぐ穴のあいた実がなったといいます。
了玄寺 新潟県南蒲原郡田上町大字田上丙1285-1
通称「田上の繋ぎ榧」と申しているのは、洋食器で有名な新潟県燕市近くの田上の護摩堂山の麓にあるご旧跡のことです。
ある日のこと親鸞聖人が、護摩堂城の城主宮崎但馬守に招かれて参上し、み仏の法話を説かれた折、城主は、お茶受けにと榧の実を献じられました。この榧の実は、農民が年貢米の代りに納めたり、飢饉や洪水でお米の穫れない時に食用にしたもので、糸を通して珠数のように繋いで保存していたそうです。
親鸞聖人発、その一粒を地に植えて仏縁を説かれたところ、芽を出して生え茂り、実を結んだそうです。しかも不思議なことに、青々とした葉が表と裏ひっくり返しになっているのが見受けられ、これをお手返しの榧とも呼んでおります。
我が跡を慕うて来いよ繋ぎ榧 み法のあとを通すひとすじ
と聖人は詠まれております。了玄寺の庭にある天然記念物の榧の老木(樹齢760年)は、五〇〇年ほど前、城跡から移植されたものと伝えられています。
5.保田の三度栗(さんどぐり)
親鸞が植えた焼き栗は芽を出すと、年に六月と八月、十月の三度花を咲かせ、その葉の先は二つに分かれて茂ったということです。一年に三度花が咲き、実がなるというクリ。
孝順寺 新潟県阿賀野市保田4626-1
三度栗(さんどぐり)は、シナグリ(Castanea mollissima cv.)の一品種です。年に3回実をつけるといわれており、三度栗に関する伝説が各地に残っています。
新潟県阿賀野市保田、焼栗山孝順寺に伝わる三度栗伝説は、越後七不思議のひとつです。ほかの三度栗伝説は多くが空海にまつわるものですが、浄土真宗の寺に伝わるこの三度栗伝説は親鸞にまつわるものです。
当地で布教活動を行っていた親鸞の念仏の礼にと、老女が焼き栗を親鸞に差し出しました。親鸞は帰途、「我が勧むる弥陀の本願、末世に繁昌いたさば、この栗、根芽を生じて一年に三度咲き実るべし。葉は一葉にして二葉に分かれて繁茂せよ」と唱えてこの栗をこの地に蒔きました。
すると焼き栗から芽が出て、年に3度実をつけ、その葉の先は二つに分かれて茂るようになったといいます。同様の伝説が福井県鯖江市にも残っています。
ウェブニュースより
劇勝日本「世界よこれが死闘だ」ネット上も歓喜の声 ―― <ラグビーワールドカップ(W杯):日本28-21スコットランド>◇1次リーグA組◇13日◇横浜・日産スタジアム
ラグビーW杯で日本代表が初のベスト8進出を決め、ネットも大いに沸いた。
「日本対スコットランド」は、どちらも引かない白熱した展開となり、後半残り20分からの大攻防に「死闘以外の言葉なし」「『負けられない戦い』ってまさにこれ」「ドキドキが止まらない」「10分がこんなに長い」と熱いツイートが殺到した。
日本が立て続けに4トライをあげた時は「すごいすごいすごい」「まるでオールブラックスのようなオフロード連発」「前回の試合は『ジャッカル』、今回は『オフロードパス』がブームに!」など歓喜のツイートがタイムライン上に踊った。
しかし、後半になりスコットランドの反撃が始まると「怖い怖い怖い」「スコットランドの底力」「速すぎる」「簡単に勝たせてくれるチームじゃない」と、必死のスコットランドの強さにツイートも激アツ。2トライを奪われ、28対21になってからの残り20分に突入すると、「耐えてくれ」「20分がこんなに長いとは」「なんだあの防壁」と祈るようなツイートが相次ぎ、「世界よ、これが死闘だ」「死闘以外の言葉なし」など、「死闘」の言葉が続々と寄せられた。 [日刊スポーツ 2019年10月13日22時12分]
3・4.小島の八房梅と珠数掛桜
親鸞が詠吟して植えたところ、不思議にも枝葉四方に茂り花八重にして色紅になり、一輪に八つの実を結ぶ八ッ房の梅となりました。
梅護寺 新潟県阿賀野市小島377
親鸞聖人は小島の里へ来て約半年間滞在し、布教されたと伝えられています。
聖人が宿のあるじ夫婦に念仏の教えを説いたところ弟子となり、蓮位房釈龍運の法名と喜びのあまり書いた「帰命尽十方無碍光如来」の十字名号を与えました。
夫婦が塩に漬けた梅を聖人に差し上げると、その梅の種を庭に植え、念仏のありがたさを説きました。すると、不思議に芽を出して、枝葉が茂り、薄紅の八重の花が咲き、花一つに八つの実を結ぶようになったといいます。「八ッ房梅」と呼ばれ、今でも八つの実を結んでいる。開花は四月上旬、結実は五月中旬で。
小島の里を去られる時、聖人が別れを惜しみ手に持っていた数珠を道端の桜に掛け、「わが弘める法が偽りでなければ、花房数珠のようにならん」と説きました。不思議に毎年、数珠の房のように花房が垂れ下がって咲くようになりました。「珠数掛桜」といわれ、国の天然記念物に指定されています。開花は五月上旬。「八ッ房梅」と「珠数掛桜」は共に親鸞聖人越後七不思議になっています。
昨夜は携帯にエリアメールが3度も入りよく眠れませんでした。曰く
1.台東区に、土砂災害を伴う大雨警報が発表され、谷中2丁目、池之端1丁目、2丁目の土砂災害警戒区域に、避難準備・高齢者等避難開始を発令しました。谷中2丁目1番、6番、11番、2番、13番、 池之端1丁目6番、2丁目1番、5番の方、避難に時間のかかる方は、避難してください。 谷中2丁目の方は、谷中小学校、 池之端1丁目、2丁目の方は、忍岡小学校に避難してください。 (台東区(災害対策))
2.特別警報発表
東京地方に特別警報(大雨)
災害がすでに発生していることを示す警戒レベル5に相当。命を守る最善の行動をとってください。
新たに特別警報の対象となった地域があります。テレビ、ラジオ及び自治体等の情報をご確認ください。 (10月12日22時50分 気象庁予報部発表) (気象庁)
3.河川氾濫のおそれ 警戒レベル4相当
こちらは国土交通省関東地方整備局です
内容:荒川の治水橋(さいたま市西区)付近で水位が上昇し、避難勧告等の目安となる氾濫危険水位に到達しました
行動要請:防災無線、テレビ等で自治体の情報を確認し、各自安全確保を図るなど適切な防災行動をとってください
本通知は、浸水のおそれのある市区町村に配信しており、対象地域周辺でも受信する場合があります。 (国土交通省)
2. 山田の焼鮒(やきふな)
体に黒い焦げ目模様のついているフナのことです。親鸞が南無阿弥陀仏と言いながら、池に放したところ、その鮒は生き返ったという言い伝えが残っています。
田代家(見真大師焼鮒御旧蹟) 新潟県新潟市西区山田646
昔、親鸞聖人は、宗教弾圧を受け、越後の国に遠島の罪を受けられました。国府(今の上越市)に2年、鳥屋野(今の新潟市、焼鮒のある山田の里に近い)に3年、逗留されました。
その間、越後の人々に布教活動をされましたが、中でもこの山田の里の山王権現が気に入られて、建暦元年11月17日、勅免の御沙汰があり、京に帰ることになり、鳥屋野を出発し、山田の里で、村人達とお別れをされました。
お酒を酌み交わし、村人達はその酒の肴にと、焼いた鮒を聖人に差し上げたところ、袈裟を傍らの榎に掛けて、その焼いた鮒を手にとって、「我が真宗の御法、佛意にかない、念仏往生間違いなくんばこの鮒、必ず生るべし」といわれ、念仏を申されながら、池に放されたら、不思議な事に鮒がたちまち生き返ったのでした。
そして、この袈裟をかけた榎に念仏の願を掛けておくので、この榎を大事に育てよといわれたそうです。そして、600年余りその榎は山王権現に祀られてきました。
しかしながら、江戸時代、寛政8年辰の年、今で言う台風の風に倒れ、祀ってきた村の人々の意に反して、木を伐らざるを得なくなりました。ところが、二股に分かれた木を切ってみると、一方の幹には、親鸞聖人の御姿、もう一方の幹には、焼鮒の御形が現れていました。切っても切っても、幹には二つの姿が現れていました。これは、まさに親鸞聖人の教えの通り、山王権現の榎に深く宿願を籠められて、御法は旭の輝くがごとく、末世にその霊験を残さんとの御遺命に違わず、つまり、この幹に御姿を残されたのだと、村人達は理解したそうです。それからは、袈裟かけの榎の代わりに、「聖人の御姿」と「焼鮒の御形」を、宝物として大事に祀ってきたそうです。
ところが、この山田の里の「田代家」に戦時中から、疎開して住んでいたものが、昭和23年に不始末をして火を出し、その館が全焼してしまったそうです。村人達が必死に火の中から取り出して無事だったのが、「焼鮒の御形」で、「聖人の御姿」は燃えて炭となってしまったのだそうです。それ以来、田代家では、村人から寄贈された仏壇「お厨子様」に、戦前焼ける前に村人が撮った「聖人のお姿」の写真を貼った炭となった「聖人のお姿」の幹と、無事であった「焼鮒の御形」が、祀られてあります。
親鸞の越後七不思議を少し詳しく調べてみました。
1. 鳥屋野(とやの)の逆竹(さかさだけ)
枝が下向きに生える枝垂れタケ。親鸞が竹杖を逆さに土に挿したところ、枯れた竹は青々と繁茂して一大竹林となったが、不思議なことにその枝は逆さに伸びていたといいます。
西方寺 新潟県新潟市中央区鳥屋野3丁目1-22
逆さ竹(逆ダケ)は,鳥屋野院西方寺(真宗大谷派)の境内(ただし飛地の境内)にあります。正式名称を「鳥屋野逆ダケの藪」といいます。
親鸞聖人(1173~1262年)は建永二年(1207)に流罪となり,五智国分寺(上越市)で過ごしました。西方寺の縁起の伝えるところでは,流罪二年後の承元三年(1209)に新潟の鳥屋野に移り,赦免までの三年間,この地に住んだとされます。周辺には聖人にかかわる伝説が多く、逆さ竹もそのひとつです。
聖人がある時,竹の杖を地面に立てたところ,枯れ竹から根が生じて竹林となり,さらに枝が下向きに延びる奇瑞が起きたといいます。越後七不思議のひとつです。
大正十一年(1922)に植物学者の三好学(1861~1939)が竹林を調査し,国の天然記念物に指定されました。枝が最初の節で鋭角に下垂するのが本来の逆さ竹ですが,その発生率は減少傾向にあるという。聖人の遺徳が風化しつつあるからでしょうか?
親鸞聖人歌碑
竹林の近くに親鸞の歌碑(写真の左隅)が建っています(1850年建造)。
「此里に親の死したる子はなきか 御法(みのり)の風になびく人なし」とあります。
この地で布教活動を続けた親鸞聖人であるが,人々に主張が容れられないため,その苦悩を吐露したとされます。
越後七不思議は、越後国(現在の新潟県)に伝わる珍しいことがらを七つ集めたものです。
様々な内容が語り継がれており、その総数は40あまりにもなりますが、親鸞の伝説にかかわる次の七つが特に有名です。越後国は親鸞の流刑地であり、浄土真宗が盛んであったため、動植物の珍種を親鸞の起こした奇瑞として伝えたものです。
①逆さ竹 枝が下向きに生えるタケ。
②焼鮒 体に焦げ目のような模様のあるフナ。
③八房の梅 ひとつの花から8つの実が出来るウメ。
④数珠掛桜 数珠のように連なって花の咲くサクラ。
⑤三度栗 一年に3度実がなるという栗の木。
⑥繋ぎ榧 実に糸でつながれていたような穴のあるカヤ。
⑦片葉の葦 一方向にだけ葉が出る不思議なアシ。
⑧川越波切の御名号 「南無阿弥陀仏」の六字の名号を書き、船の表に掲げると、難なく波を切り分けて渡ることができた。
最近では「親鸞の越後七不思議」をもって「越後七不思議」としているところがほとんどで、事実上のスタンダードとなっているようです。これには、比較的容易に実物を見ることが出来ること、「不思議」の内容がわかりやすいこと、所在地がはっきりしており観光のコースとしても使いやすい、というような理由があるように思います。
あるいは、親鸞の越後での布教活動が成功した証とも言えるのかも知れません。
ウェブニュースより
ノーベル化学賞に旭化成名誉フェロー・吉野彰氏 京大工学部出身 ―― スウェーデン王立科学アカデミーは9日、2019年ノーベル化学賞を、京都大工学部出身で旭化成名誉フェローの吉野彰氏(71)ら3人に贈る、と発表した。授賞理由は「リチウムイオン電池の開発」。吉野氏はコバルト酸リチウムを使い、高性能のリチウムイオン電池を開発した。リチウムイオン電池は携帯電話やノートパソコンのバッテリーなどIT社会に不可欠な電源となり、自動車にも利用が広がっている。太陽光や風力で発電したエネルギーを蓄積でき、地球温暖化に進める化石燃料の浪費から脱却する技術であることも高く評価された。
共同受賞は、米テキサス大教授のジョン・グッドイナフ氏(97)とニューヨーク州立大特別教授のマイケル・ウィッティンガム氏(77)。グッドイナフ氏はノーベル各賞を通じ最高齢受賞となった。
日本のノーベル賞受賞は27人目。化学賞は2010年の鈴木章氏と根岸英一氏に次いで8人目。出身や大学の在籍など京都にゆかりのある受賞者は15人になった。授賞式は12月10日にスウェーデン・ストックホルムで開かれ、3人に計賞金900万クローナ(約1億円)が贈られる。
充電して再利用できる2次電池に、反応性が高い金属リチウムを電極に用いようと多くの研究者が挑戦した。しかし充放電を繰り返すと性能が低下する性質があった。熱暴走という安全上の問題点もあり、実用化は難しかった。
吉野氏はノーベル化学賞を受賞した白川英樹氏が発見した導電性高分子のポリアセチレンに着目、2次電池に用いる研究を1981年ごろから始めた。コバルト酸リチウムを正極とする2次電池を試作し、負極を炭素材料に切り替え、現在使われているリチウムイオン電池の基本形を85年に完成させた。
リチウムイオン電池の登場で、起電力を上げることができ、小型軽量化も実現。91年に量産化され、95年の「ウィンドウズ95」の登場とともに情報通信機器の電源として一気に普及した。電解質にポリマーを用いるリチウムイオンポリマー電池など改良が進み、電気自動車や住宅用蓄電池システムへの利用も進んでいる。 (京都新聞 2019年10月9日 18:51)
其七 火井(くはせゐ)
三條の南一里ばかり山の麓、入方村(によほうじむら)【即、入方寺村なり。又、妙法寺、又、如法寺とも云ふ。】某(それがし)と云ふ百姓の家、炉(ろ)の角(すみ)に石臼を置き、其穴に竹を差し、火をかざせば、即、声ありて、火移り、盛(さかん)に燃(もゆ)ること、尺ばかりならん。縱橫に竹を組み上ぐれば、其竹の孔(あな)ごとに、皆、火、燃ゆる。竹を少し引(ひき)上ぐれば、央(なかば)は火絶(たへ)て、無く、上にばかり、火、盛んなり。皆、土中より登れる氣の燃ゆるなるべし。一説に硫黄(ゐわう)の氣と云へれど不ㇾ然(しからず)。硫黃は、即、火遠く土中に入(いり)て、地中も又、燃(もゆる)なり。是は、必、臭水油(くさみづあぶら)の氣なるべし。凡(およそ)、國中(こくちう)、是に類する所、甚だ多し。柄目木村(からめきむら)、即、入方村(によほふじむら)に同じ。寺泊大和田山(おほわだやま)の間(あいだ)、少しの水溜(みづたま)りありて、冷水なれども、常に湯の沸くがごとく泡立(あはだち)てあり。是に火をかざせば、忽、然(もゆ)る。その他(ほか)、栃尾(とちを)の郷(ごう)比禮(ひれ)と云ふ所、山澤(さんたく)の水に火をかざせば、水上に、火、燃(もゆ)る。魚沼郡一ノ宮村山間(やまあい)の澗流(かんりう)に火を移せば、三尺ばかり上にて、火、燃ゆる。古志郡見附川(みつけがは)、舟渡(ふなわたし)ある所、川原(かはら)の砂に管(くだ)を刺し、火をかざせば、幾所(いくところ)も燃(もえ)て不ㇾ絶(たへず)、甚(はなはだ)夜行(やこう)に便(たより)あり。其余(そのよ)、所々(しよしよ)に多し。頸城郡(くびきごほり)上野尾(うへのを)の原(はら)、谷間より風の出る洞(ほら)ありて、火を移す時は、忽、空中に、火、燃(もゆ)ること、如二車輪一(しやりんのごとし)。又、同郡(ぐん)[やぶちゃん注:ここまで他は総て「郡」は「こほり」「ごほり」であるので特異点の読みである。]吉村(よしむら)、大滝氏(おほたきうじ)、近來(きんらい)、井(ゐ)を掘(ほり)しに、烟草(たばこ)の吹殼(ふきがら)より火移り、井中(ゐのうち)く燃上(もえあが)りて、數日(すじつ)消えず。甚(はなはだ)奇なり。水戸赤水(みとせきすい)先生、此一奇を以つて甚(はなはだ)賞す。即、「琅耶代醉(ろうやたいすい)」に火井(くはせゐ)の説を擧(あ)ぐ。又、「大明一統志(だいみんいつとうし)」にも、『蜀地(しよくち)雲南(うんなん)に有二火井一不過二三所(くはせゐあり にさんしよにすぎず)』[やぶちゃん注:後半返り点なしはママ。]とあり。赤水(せきすい)の「奧羽記行」に、即身佛・逆竹(さかさだけ)・八房梅(やつふさのむめ)等(とう)を七奇に擧げて、『越人、是等の白癡(たはけ)を奇と思へるも可ㇾ笑(おかし)』と謗(そし)れり。甚だ誤れるならずや。赤水、偶(たまたま)、此國ニ至り、農夫・商客等(ら)の蒙説を聞(きゝ)、北越には人なきがごと、思へたるなるべし[やぶちゃん注:ママ。]。何ぞ再び、知者を求めて尋ね聞(きか)ざるや。赤水の博識には淺々(あさあさ)しき説と云ふべし。又、此火井(くはせい)を賞して、『是、陰火にあらず、陽火にあらず』と云へり。是、又、誤れり。硫黃の火を以(もつて)是に移せば、即、燃(もゆ)る。是、陽火にあらずして何ぞや。陰火は陽火に遇ふ時は、忽、消(きゆ)るものなり。
右(以上)は古の七奇なり。
注釈
これは天然ガスである。石油が地熱で温められて気化し、概ね、地層が地上に向かって山型に曲がった部分に溜まったもので、成分の殆んどはメタン(CH4)で、有害な一酸化炭素は含まれていない。空気より軽いため、家屋内では高い所(天井)に貯留する。「臭水油(くさみづあぶら)の氣なるべし」という崑崙の認識は科学的も正しい。
「入方村(によほうじむら)【即(すなはち)、入方寺村なり、又、妙法寺、又、如法寺とも云ふ。】」現在の新潟県三条市如法寺。
「竹を少し引(ひき)上ぐれば、央(なかば)は火絶(たへ)て、無く、上にばかり、火、盛んなり」これは、竹を有意に引き上げた際には、引き上げた際に臼と竹筒の隙間から酸素が多く供給されて完全燃焼するから、燃える炎の中心部分(芯)が青く透けて燃えていないように見える、ということのように読める。
「硫黃は、即、火遠く土中に入(いり)て、地中も又、燃(もゆる)なり」崑崙が温泉地などで黄色くなった高熱の噴煙孔を観察した際の認識に基づくものか?
「柄目木村(からめきむら)」新潟市秋葉区柄目木(がらめき)。
「寺泊大和田山(おほわだやま)」地域名としては現在、新潟県長岡市寺泊大和田がある。この地域か、その周辺のピークを指すか。この地区と北の寺泊の本地区との間には、上記のリンク先を地図に切り替えて見ると、確かに現在でも数箇所の池沼らしきものを確認出来る。
「栃尾(とちを)の郷(ごう)比禮(ひれ)」現在の新潟県長岡市比礼。東直近に栃尾地区が広がる。
「魚沼郡一ノ宮村」現在の新潟県小千谷市内ではあるが、それ以上の限定が出来ない(合併前の旧村名などから推理したが、結局、だめであった)。
「澗流(かんりう)」野島出版脚注に『谷川の流れ』とある。
「古志郡見附川(みつけがは)」地名からは現在の新潟県見附市であるが、同市内を流れる渡しの必要な大きな河川は現在は刈谷田川(やりやたがわ)という名である。それ以上の「舟渡(ふなわたし)ある所」の「川原(かはら)」までは比定不能。
「頸城郡(くびきごほり)上野尾(うへのを)」不詳。全くお手上げ。
「同郡(ぐん)吉村(よしむら)」不詳。全くお手上げ。
「大滝氏(おほたきうじ)」不詳。
「水戸赤水(みとせきすい)先生」崑崙と同時代人である水戸藩の地理学者で漢学者でもあった長久保赤水(享保二(一七一七)年~享和元(一八〇一)年)のことか。本名は玄珠。常陸国多賀郡赤浜村(現在の茨城県高萩市)出身。農民出身ながら、水戸藩第六代藩主徳川治保(はるもり)の侍講となり(就任は安永六(一七七七)年)、安永三(一七七四)年に日本地図「日本輿地路程全図(にほんよちろていぜんず)」を作成、五年後の安永八年にはそれを修正した「改正日本輿地路程全図」初版を大坂で出版している。これは、日本人が出版した日本地図としては初めて経緯線が入った地図で、作成者名から通称「赤水図」と呼ばれている。その後もマテオ・リッチの地図を参考に日本の島嶼などを加筆した世界地図「地球万国山海輿地全図説」(天明五(一七八五)年頃)を刊行したり、遠く第二代水戸藩主徳川光圀が編纂を始めた「大日本史」の「地理志」の執筆など行った博識の才人である。彼は宝暦一〇(一七六〇)年、四十四歳の時、東北地方(奥州南部と越後)を二十日間に亙って旅し、それから三十二後の晩年、寛政四(一七九二)年に旅行記「東奥紀行」を著しているから、ここの批判的記載はそれに基づくものか。
「琅耶代醉(ろうやたいすい)」野島出版脚注に『四十巻。明の張張鼎思が撰したもので経史の考証を随録したものだという』とある。いろいろ検索して見たが、それ以外のことは判らなかった。
「大明一統志(だいみんいつとうし)」明朝の全域と朝貢国について記述した地理書。九十巻。李賢らの奉勅撰で一四六一年に完成。
『赤水の「奧羽記行」』先に注した寛政四(一七九二)年刊の「東奥紀行」のことであろうか。
「即身佛・逆竹(さかさだけ)・八房梅(やつふさのむめ)」総て次の章に出るので注さない。
「人なきがごと」愚鈍な輩ばかりで、真の「知者」たる「人」たるべき「人」は一「人」としていないように。
「求めて」底本「もとめて」と判読出来る。野島出版版は『めとめて』。「め」ではないし、「目留めて」では意味が通じぬ。単なる誤植かと思われる。
「赤水の博識には淺々(あさあさ)しき説と云ふべし」かの博識の「赤水」「に」「しては」、「淺々(あさあさ)しき」(考えが浅く軽率極まりない)謂いと言わざるを得ぬ。崑崙の言うべき時には毅然として謂うという態度が素晴らしい。
「陰火」「陽火」例えば、李時珍の「本草綱目」の「火部」の冒頭の「陽火 陰火」に出る陰陽五行説の「火(か)」の考え方である。火(か)は五行の一つであり、「気」はあるが、「質」は持たず、造化の両間にあって万物を生殺する。五行のうち、「火」を除く「木」・「土」・「金」・「水」は皆一種であるが、ただ「火」だけは「陽火」と「陰火」の二種が存在する。「陽火」は草に遭えばこれを焼き、木があると燔(た)き、湿(しつ)によって弱まり、水によって消滅するのに対し、「陰火」は草木を焚(た)かず、金石を融解して流す。湿によっていよいよ燃え、水に遭うとますます熾(さか)んになり、水を差すと、光焔は自然に消滅する、などと判ったような判らないようなことを言っている。また、そこで時珍は「地」の「陰火」の中に「石油之火」を挙げているから、長久保赤水もそれを安受け売りしただけのことと思われる。
sechin@nethome.ne.jp です。
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