瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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野老(ところ)づら/野老(ところ)を詠める歌
 ヤマイモ科の多年生つる植物の野老(ところ)です。ヤマイモに似ていますが、葉はヤマイモよりは広めで、ハート型をしています。古くから食用に使われていたようですが、苦みがあるので、今では食べられることはありません。
 「野老(ところ)づら」の「づら」は、蔓(つる)のことです。
 万葉集には2首に登場します。いずれも、「いや常(とこ)に」「尋()め行き」という言葉を引き出すために使われています。

巻7-1133:すめろきの神の宮人ところづらいやとこしくに我れかへり見む

巻9-1809:葦屋の菟原娘子の八年子の片生ひの時ゆ小放りに.......(長歌)
標題:見菟原處女墓謌一首并短謌
標訓:菟原処女(うなはらをとめ)の墓(つか)を見る歌一首并せて短歌
原文:葦屋之 菟名負處女之 八年兒之 片生之時従 小放尓 髪多久麻弖尓 並居 家尓毛不所見 虚木綿乃 牢而座在者 見而師香跡 悒憤時之 垣廬成 人之誂時 智弩壮士 宇奈比壮士乃 廬八燎 須酒師競 相結婚 為家類時者 焼大刀乃 手頴押祢利 白檀弓 靫取負而 入水 火尓毛将入跡 立向 競時尓 吾妹子之 母尓語久 倭文手纒 賎吾之故 大夫之 荒争見者 雖生 應合有哉 宍串呂 黄泉尓将待跡 隠沼乃 下延置而 打歎 妹之去者 血沼壮士 其夜夢見 取次寸 追去祁礼婆 後有 菟原壮士伊 仰天 叨於良妣 昆地 牙喫建怒而 如己男尓 負而者不有跡 懸佩之 小劔取佩 冬尉蕷都良 尋去祁礼婆 親族共 射歸集 永代尓 標将為跡 遐代尓 語将継常 處女墓 中尓造置 壮士墓 此方彼方二 造置有 故縁聞而 雖不知 新喪之如毛 哭泣鶴鴨  (叨於良妣 昆地で、叨は口+刂の当字、昆は足+昆の当字)
            万葉集 巻9-1809
          作者:高橋虫麻呂歌集より
よみ:葦屋(あしのや)の、菟原娘子(うなひをとめ)の、八年子(やとせこ)の、片生(かたお)ひの時ゆ、小放(をばな)りに、髪(かみ)たくまでに、並び居()る、家にも見えず、虚木綿(うつゆふ)の、隠(こも)りて居()れば、見てしかと、いぶせむ時の、垣(かき)ほなす、人の問()ふ時、茅渟壮士(ちぬをとこ)、菟原壮士(うなひをとこ)の、伏屋(ふせや)()き、すすし競(きほ)ひ、相(あひ)よばひ、しける時は、焼太刀(やきたち)の、手()かみ押()しねり、白真弓(しらまゆみ)、靫(ゆき)()り負()ひて、水(みづ)に入()り、火にも入()らむと、立ち向(むか)ひ、競(きほ)ひし時に、我妹子(わぎもこ)が、母に語(かた)らく、しつたまき、いやしき我()が故(ゆゑ)、ますらをの、争(あらそ)ふ見れば、生けりとも、逢()ふべくあれや、ししくしろ、黄泉(よみ)に待たむと、隠(こも)り沼()の、下(した)()へ置()きて、うち嘆(なげ)き、妹(いも)が去()ぬれば、茅渟壮士(ちぬをとこ)、その夜夢(よいめ)に見、とり続(つづ)き、追ひ行()きければ、後(おく)れたる、菟原壮士(うなひをとこ)い、天(あめ)(おふ)ぎ、叫(さけ)びおらび、地(つち)を踏()み、きかみたけびて、もころ男()に、負()けてはあらじと、懸()け佩()きの、小太刀(をだち)取り佩()き、ところづら、尋()め行()きければ、
親族(うがら)どち、い行き集(つど)ひ、長き代()に、標(しるし)にせむと、遠き代()に、語り継()がむと、娘子(をとめ)(はか)、中に造(つく)り置()き、壮士(をとこ)(はか)、このもかのもに、造(つく)り置()ける、故縁(ゆゑよし)()きて、知らねども、新喪(にひも)のごとも、哭()()きつるかも

意訳:葦屋(あしのや)の菟原娘子(うなひをとめ)が8歳の頃から、髪を束ねて結う年頃になるまで、立ち並ぶ家にも現れず、引きこもりなので、その姿を見たいともどかしく思って皆が、結婚して欲しいと言った時のことです。
 茅渟壮士(ちぬをとこ)と菟原壮士(うなひをとこ)が小屋を焼いて争って求婚したときに、焼き鍛えた太刀の柄(つか)を持って歩き、白真弓(しらまゆみ)と靫(ゆき)を負って、水でも火でも入るぞと立ち向かって争ったとき、菟原娘子(うなひをとめ)が母親に「たいしたことのない私などのために、男の方たちが争うのを見ていると、生きていても結婚などできそうにありません。黄泉(よみ)でお待ちします。」と告げて、嘆き悲しんで、亡くなってしまったところ、茅渟壮士(ちぬをとこ)はその夜夢に見て、後を追ってしまったので、残された菟原壮士(うなひをとこ)は、天を仰いで叫んで、地を踏んで歯を噛んで、あの男に負けるかと、肩にかけた小太刀を取って、あとを追って行ってしまったので、
 肉親たちは集まって、後まで長く残る記念にしようと、語り継ごうと、娘子(をとめ)の墓(はか)を造って、男の墓をその両側に造った。いわれを聞いて、実際はどうなのかは知らないけれど、喪()のときのように泣いてしまったことです。

ウェブニュースより
 岸田氏が二階氏と会談、首相は公務 自民総裁選 ―― 自民党総裁選の日程決定から一夜明けた27日、総裁をめざす候補者が動き始めた。支持拡大や立候補に必要な国会議員20人の推薦人集めに向けた取り組みが活発になる。
 同党は26日に総裁選を9月17日告示―29日投開票で実施すると決めた。出馬表明した岸田文雄前政調会長は27日、党本部で二階俊博幹事長と会談した。自らの決意を報告した。

 二階氏は「党勢拡大のためにぜひ頑張ってほしい」と答えた。岸田氏が会談後、記者団に明かした。
 岸田氏は26日の記者会見で総裁を除く党役員の任期を「11年、連続3期まで」にすべきだと提起した。5年にわたり幹事長に就く二階氏が念頭にあるが、岸田氏は記者団に、二階氏との会談で「特段、話題になっていない」と説明した。
 27日には最大派閥、細田派の細田博之会長らと面会した。派閥領袖らへあいさつに回る。

 再選を目指す菅義偉首相は同日、日常の公務をこなした。首相官邸で閣議に臨んだほか、河野太郎規制改革相や梶山弘志経済産業相と個別に会った。
 首相支持を表明した小泉進次郎環境相は27日の記者会見で「下ろせるものなら下ろしてみろという姿勢で(首相に)総裁選に臨んでもらいたい」と話した。
 河野氏は出馬の意向の有無を問われ「ワクチン業務をまず当面やっていきたい」と答えた。

 下村博文政調会長は地元の東京都板橋区で街頭演説した。「総裁選を通じて新型コロナ対応について具体的な議論を深め、党内改革を進める」と訴えた。
 26日には所属する細田派で影響力をもつ安倍晋三前首相と面会した。下村氏は27日、記者団に「しっかりと私の話はよく聞いていただいた」と強調した。
 高市早苗前総務相も出馬に向けて活動した。国会議員への挨拶回りや、各派閥の幹部らに電話で協力を呼びかけた。
 2020年の前回総裁選に出馬した石破茂元幹事長は同日、自らのブログで総裁選への対応に触れた。「沈思黙考、熟慮を重ねなければならない」と書き込んだ。    
日本經濟新聞 2021827 12:10 (2021827 14:38更新)


 

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