瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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紅花(くれない)を詠んだ歌5
17-3969: 大君の任けのまにまにしなざかる.......(長歌)
題詞:更贈歌一首[并短歌]
題訓:更に贈れる歌一首幷短歌

題詞:
含弘之徳垂恩蓬体不貲之思報慰陋心 載荷<来眷>無堪所喩也 但以稚時不渉遊藝之庭 横翰之藻自乏<>彫蟲焉 幼年未逕山柿之門 裁歌之趣 詞失<>聚林矣 爰辱以藤續錦之言更題将石間瓊之詠 <>是俗愚懐癖 不能黙已 仍捧數行式酬嗤咲其詞曰
題訓:含弘(がんこう)の徳は、恩を蓬軆(ほうたい)に垂れ、不貲(ふし)の思は、陋心(ろうしん)に報(こた)へ慰(なぐさ)む。未春(みしゅん)を戴荷(たいか)し、喩(たと)ふるに堪()ふることなし。但、稚き時に遊藝(いうげい)の庭に渉(わた)らざりしを以ちて、横翰(わうかん)の藻は、おのづから彫蟲(てんちゆう)に乏し。幼き年にいまだ山柿の門に逕(いた)らずして、裁謌(さいか)の趣は、詞を聚林(じゅうりん)に失ふ。爰(ここ)に藤を以ちて錦に續ぐ言(ことば)を辱(かたじけな)くして、更に石を将ちて瓊(たま)に間(まじ)ふる詠(うた)を題(しる)す。因より是俗愚(ぞくぐ)をして懐癖(かいへき)にして、黙已(もだ)をるを能(あた)はず。よりて數行を捧げて、式()ちて嗤咲(しせう)に酬(こた)ふ。その詞に曰はく、  (酬は、酉+羽の当字)
標訳:貴方の心広い徳は、その恩を賤しい私の身にお与えになり、測り知れないお気持ちは狭い私の心にお応え慰められました。春の風流を楽しまなかったことの慰問の気持ちを頂き、喩えようがありません。ただ、私は稚き時に士の嗜みである六芸の教養に深く学ばなかったために、文を著す才能は自然と技巧が乏しいままです。また、幼き時に山柿の学門の水準に到らなかったために、詩歌の良否を判定する感性においては、どのような詞を選ぶかを、多くの言葉の中から選択することが出来ません。今、貴方の「藤を以ちて錦に續ぐ」と云う言葉を頂戴して、更に石をもって宝石に雑じらすような歌を作歌します。元より、私は俗愚であるのに癖が有り、黙っていることが出来ません。そこで数行の歌を差し上げて、お笑いとして貴方のお便りに応えます。その詞に云うには、
             万葉集 巻17-3969
       作者:大伴家持
原文:於保吉民能 麻氣乃麻尓々々 之奈射加流 故之乎袁佐米尓 伊泥?許之 麻須良和礼須良 余能奈可乃 都祢之奈家礼婆 宇知奈妣伎 登許尓己伊布之 伊多家苦乃 日異麻世婆 可奈之家口 許己尓思出 伊良奈家久 曽許尓念出 奈氣久蘇良 夜須<>奈久尓 於母布蘇良 久流之伎母能乎 安之比紀能 夜麻伎敝奈里? 多麻保許乃 美知能等保家<> 間使毛 遣縁毛奈美 於母保之吉 許等毛可欲波受 多麻伎波流 伊能知乎之家登 勢牟須辨能 多騰吉乎之良尓 隠居而 念奈氣加比 奈具佐牟流 許己呂波奈之尓 春花<> 佐家流左加里尓 於毛敷度知 多乎里可射佐受 波流乃野能 之氣美<>妣久々 鴬 音太尓伎加受 乎登賣良我 春菜都麻須等 久礼奈為能 赤裳乃須蘇能 波流佐米尓 々保比々豆知弖 加欲敷良牟 時盛乎 伊多豆良尓 須具之夜里都礼 思努波勢流 君之心乎 宇流波之美 此夜須我浪尓 伊母祢受尓 今日毛之賣良尓 孤悲都追曽乎流
よみ:大君の 任けのまにまに しなざかる 越を治めに 出でて来し ますら我れすら 世間の 常しなければ うち靡き 床に臥い伏し 痛けくの 日に異に増せば 悲しけく ここに思ひ出 いらなけく そこに思ひ出 嘆くそら 安けなくに 思ふそら 苦しきものを あしひきの 山きへなりて 玉桙の 道の遠けば 間使も 遣るよしもなみ 思ほしき 言も通はず たまきはる 命惜しけど せむすべの たどきを知らに 隠り居て 思ひ嘆かひ 慰むる 心はなしに 春花の 咲ける盛りに 思ふどち 手折りかざさず 春の野の 茂み飛び潜く 鴬の 声だに聞かず 娘子らが 春菜摘ますと 紅の 赤裳の裾の 春雨に にほひひづちて 通ふらむ 時の盛りを いたづらに 過ぐし遣りつれ 偲はせる 君が心を うるはしみ この夜すがらに 寐も寝ずに 今日もしめらに 恋ひつつぞ居る
 
意訳:大君のご命令のままに遠い遠い越中の国を治めるために都から出てきた。男気であるべき私ですら、世の中は常ならずぐったりと床に伏してしまった。苦痛は日に日に増さり、悲しいことに思いがいき、つらいことも思ったりして、嘆いていると、心安らかではありません。思えば思うほど苦しい。都とは山々を隔たっており、玉桙の道は遠く、妻と私の間を行き来する使いをやる手だてもない。思っていることの言葉も交わせない。限りある命、どうしていいかその手だても知らず、独り家に居て思い嘆き、慰める心も見あたらない。春の花が咲く盛りなのに思う仲間と花を手折ってかざすこともできない。春の野には木の茂みをくぐり抜けて鳴くウグイスがいるだろうにその声も聞かずにいる。また娘子(おとめ)たちが春の菜をつもうと、くれないの赤裳の裾を春雨に美しく濡らして通うだろう。そんな春の盛りなのに、いたずらに時を過ごしています。ただ貴君のことが思い出され、うるわしくありがたく、夜もすがら眠ることが出来ず、今日もしんみりと貴君を恋い続けています。
左注:三月三日大伴宿禰家持
注訓:三月三日大伴宿禰家持

17-3973: 大君の命畏みあしひきの山野さはらず.......(長歌)
標題:七言、晩春三日遊覧一首并序
標訓:七言、晩春の三月三日に遊覧せる一首并せて序

標題
:上巳名辰、暮春麗景、桃花昭瞼以分紅、柳色含苔而競緑。于時也、携手曠望江河之畔、訪酒迥過野客之家。既而也、琴樽得性、蘭契和光。嗟乎、今日所恨徳星己少欠。若不扣寂含之章、何以逍遥野趣。忽課短筆、聊勒四韻云尓、
餘春媚日宜怜賞 上巳風光足覧遊
柳陌臨江縟袨服 桃源通海泛仙舟
雲罍酌桂三清湛 羽爵催人九曲流
縦酔陶心忘彼我 酩酊無處不淹留
三月四日、大伴宿禰池主
標訓:上巳の名辰(めいしん)は、暮春の麗景(れいけい)、桃花(とうくわ)瞼を昭()かし以ちて紅(くれなゐ)を分ち、柳は色を含みて苔(こけ)と緑を競う。その時に、手を携へて曠(はる)かに江河の畔を望み、酒を訪(とぶら)ひて迥(はる)かに野客の家を過ぐ。既にして、琴樽(きんそん)の性(さが)を得、蘭契(らんけい)光を和(やわら)ぐ。嗟乎(ああ)、今日、恨むるは徳星己(すで)に少きことか。若()し寂(じゃく)を扣(たた)き之の章を含(ふふ)まずは、何を以ちて野を逍遥する趣(こころ)を壚()べむ。忽(たちま)ちに短筆に課(おほ)せ、聊(いささ)かに四韻を勒(ろく)し云ふに、
餘春の媚日(びじつ)は怜賞(あは)れぶに宜(よろ)しく 上巳(じやうし)の風光は覧遊するに足る
柳陌(りうはく)は江に臨みて袨服(げんふく)を縟(まだらか)にし 桃源は海に通ひて仙舟を泛(うか)
雲罍(うんらい)に桂(けい)を酌()みて三清を湛(たた)へて 羽爵(うしゃく)は人を催(うなが)して九曲に流る
縦酔(しょうすい)に心を陶して彼我(ひが)を忘れて 酩酊し處として淹留(えんりう)せぬなし
三月四日に、大伴宿禰池主


 
標訳:三月三日の佳日には、暮春の風景は美しく、桃花は瞼を輝かしその紅色を見せ、柳は色を含んで苔とその緑を競う。その時に、友と手を携えて遥かに入り江や川のほとりを眺め、酒を供に遠くの野に住む人の家を行き過ぎる。そして、琴を奏で酒を楽しむことを得、君子の交わりは人の気を和らぐ。ああ、今日の日を怨むことは賢人を最初から欠くことでしょうか。もし、この風景に心を結びて文章としなければ、何をもって野をそぞろ歩く、その趣を顕そう。そこで拙い文才でもって、いささかな四韻の詩をしるし云うには、
暮春の媚日は称賛するにふさわしく、 三月三日の風光は遊覧するのに十分だ。
堤の柳は入り江に臨んで晴れの姿を美しくし、 桃源郷は海に通じて仙人の舟が浮かぶ。
雲雷の酒樽に桂の酒を酌んで盃に清酒を湛え、 羽爵の盃は人に酒を勧めて曲水を流れる。
酔うままに心は陶酔してすべてを忘れ、 酩酊して一つ所に留まることはない。
三月三日に、大伴宿禰池主。

標題:昨日述短懐、今朝汗耳目。更承賜書、且奉不次。死罪々々。
不遺下賎、頻恵徳音。英雲星氣。逸調過人。智水仁山、既韞琳瑯之光彩、潘江陸海、自坐詩書之廊廟。騁思非常、託情有理、七歩成章、數篇満紙。巧遣愁人之重患、能除戀者之積思。山柿謌泉、比此如蔑。彫龍筆海、粲然得看矣。方知僕之有幸也。敬和謌。其詞云
標訓:昨日短懐(たんくわい)を述べ、今朝耳目(じもく)を汗(けが)す。更に賜書(ししょ)を承(うけたまは)り、且、不次(ふじ)を奉る。死罪々々。
下賎を遺(わす)れず、頻(しきり)に徳音を恵む。英雲星氣あり。逸調(いつてう)人に過ぐ。智水仁山は、既に琳瑯(りんらう)の光彩を韞(つつ)み、潘江(はんかう)陸海は、自(おのづ)から詩書の廊廟(ろうべう)に坐す。思(おもひ)を非常に騁()せ、情(こころ)を有理に託()せ、七歩章(あや)を成し、數篇紙に満つ。巧みに愁人の重患を遣り、能く戀者(れんしゃ)の積思(せきし)を除く。山柿の謌泉は、此(これ)に比(くら)ぶれば蔑()きが如し。彫龍(てうりゅう)の筆海は、粲然(さんぜん)として看るを得たり。方(まさ)に僕が幸(さきはひ)あることを知りぬ。敬みて和(こた)へたる謌。その詞に云ふに、
 
意訳:昨日、拙い思いを述べ、今朝、貴方のお目を汚します。さらにお手紙を賜り、こうして、拙い便りを差し上げます。死罪々々(漢文慣用句)
下賤のこの身をお忘れなく頻りにお便りを頂きますが、英才があり優れた気韻があって、格調の高さは群を抜いています。貴方の智と仁とはもはや美玉の輝きを含んでおり、潘岳や陸機の如き貴方の詩文は、おのずから文学の殿堂に入るべきものです。詩想は高く駆けめぐり、心は道理に委ね、たちどころに文章を作り、多くの詩文が紙に満ちることです。愁いをもつ人の心の重い患いを巧みに晴らすことができ、恋する者の積る思いを除くことができます。山柿の歌はこれに比べれば、物の数ではありません。龍を彫るごとき筆は輝かしく目を見るばかりです。まさしく私の幸福を思い知りました。謹んで答える歌。その詞は、
原文:憶保枳美能 弥許等可之古美 安之比奇能 夜麻野佐婆良受 安麻射可流 比奈毛乎佐牟流 麻須良袁夜 奈邇可母能毛布 安乎尓余之 奈良治伎可欲布 多麻豆佐能 都可比多要米也 己母理古非 伊枳豆伎和多利 之多毛比尓 奈氣可布和賀勢 伊尓之敝由 伊比都藝久良之 餘乃奈加波 可受奈枳毛能曽 奈具佐牟流 己等母安良牟等 佐刀眦等能 安礼邇都具良久 夜麻備尓波 佐久良婆奈知利 可保等利能 麻奈久之婆奈久 春野尓 須美礼乎都牟等 之路多倍乃 蘇泥乎利可敝之 久礼奈為能 安可毛須蘇妣伎 乎登賣良婆 於毛比美太礼弖 伎美麻都等 宇良呉悲須奈理 己許呂具志 伊謝美尓由加奈 許等波多奈由比
          万葉集 巻17-3973
       作者:大伴池主
よみ:大王(おほきみ)の 御言(みこと)(かしこ)み あしひきの 山野(やまの)(さは)らず 天離る 鄙も治むる 大夫(ますらを)や なにか物思ふ 青丹(あをに)よし 奈良道来()(かよ)ふ 玉梓の 使絶えめや 隠(こも)り恋ひ 息づきわたり 下(した)(もひ)に 嘆かふ吾()が背 古(いにしへ)ゆ 言ひ継ぎくらし 世間(よのなか)は 数なきものぞ 慰むる こともあらむと 里人の 吾(あれ)に告ぐらく 山傍(やまび)には 桜花散り 貌鳥(かほとり)の 間()なくしば鳴く 春の野に 菫(すみれ)を摘むと 白栲の 袖折り返し 紅の 赤裳裾引き 娘女(をとめ)らは 思ひ乱れて 君待つと うら恋(こひ)すなり 心ぐし いざ見に行かな 事はたなゆひ
意訳:大王の御命令を尊んで、足を引くような険しい山や野も障害とせず、都から離れた鄙も治める立派な大夫が、どうして物思いをしましょうか。青葉が美しい奈良への道を行き来する立派な梓の杖を持つ官の使いがどうして途絶えるでしょう。部屋に隠って人恋しく、ため息をついて心の底から嘆いている私の大切な貴方、昔から語り継いできたように、世の中は取るに足らないもののようです。貴方の気持ちを慰めることができないかと、里の人が云うには「山には桜花が散り、郭公が間も空けず続けて鳴く、春の野に菫を摘もうと紅の赤い裳の裾を引き、娘女たちは心を乱して恋人を待っていると、心の内で恋している」と。鬱陶しいことです。さあ、会いに行きましょう。行くことは決まっているのです。
左注:三月五日、大伴宿祢池主
注訓:三月五日に、大伴宿祢池主


 

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目高 拙痴无
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