紅花を詠める歌6の続き
家持は続けて詠います。
紅(くれない)は うつろふものぞ 橡(つるはみ)の なれにし衣(きぬ)に なほ及(し)かめやも (巻18-4109)
【大意】紅(くれない)は見た目はいくら美しくとも、すぐ色あせるものだ。くぬぎで染めた着古しの衣(ころも)に、優るところなどありはしないのに。
これを聞いた少咋(おくい)は、心動かされずにはいられなかったのでしょう。家持の説得を受け入れて、都から妻を呼び寄せるため、使いを出すことにしたようです。
ところが、家持の説得の二日後に、急転直下、事態は予想もしない方向に進みます。
題詞によれば、「先の妻、夫の君の喚(め)す使(つかい)を待たず、自ら来たる時よめる歌一首」とあり、越中にいる少咋(おくい)が、都の妻を呼び迎えるための使いを出したのに、その使いも待たずに、何と妻自(みずか)ら、都から早馬に乗って、左夫流子(さぶるこ)が本妻気取りで振るまっている館(やかた)へ、里中鳴り響くばかりに乗りこんできたのです。
左夫流児(さぶるこ)が 齊(いつ)しき殿(との)に 鈴(すず)懸(か)けぬ 駅馬(はゆま)下れり 里(さと)もとどろに (巻18-4110)
【大意】いやはや、左夫流子(さぶるこ)が本妻気取りでお仕えしていた館(やかた)に、駅鈴(えきれい)もつけない私用の早馬で本妻が乗りこんできたぞ。里はもう野次馬たちで大騒ぎだ。
これまた、修羅場必至の大変な状況になってしまいましたが、驚くのは、当時、奈良の都から北陸の越中(富山)までの片道10日もかかる道のりを、道路事情もよくない中、自(みずか)ら私用の早馬を仕立ててやってくる少咋(おくい)の妻の行動力というか、逞(たくま)しさです。
どうやら彼女は、家持が上記の長歌で描き、かつ想像していたような、都で夫の帰りをいじらしく健気に待っているだけの、か弱い女性ではなかったようです。
大仰に誇張を交えながら、ユーモラスに詠われた上記の歌から、苦笑する家持の姿が見えるようです。
結局、家持の心配も、少咋(おくい)の妻の並外れた行動力でどうやら杞憂(きゆう)に終わったようで、一件落着といった感じですね。
いずれにしても、今から1300年前に起こった不倫劇の顛末が、こんなにも目の前に見えるような臨場感をもってリアルかつコミカルに感じられるのは、家持の歌のお陰です。
sechin@nethome.ne.jp です。
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