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 『万葉集』の山上憶良の「貧窮問答歌」に
原文  ……父母波 枕乃可多尓 妻子等母波 足乃方尓
      囲居而 憂吟 可麻度柔播 火気布伎多弖受
      許之伎尓波 久毛能須可伎弖 飯炊 事毛和須礼提……
訓読  ……父母は 枕の方に 妻子どもは 足(あと)の方に
      囲み居て 憂へ吟(さまよ)ひ 竈には 火気(けぶり)吹き立てず
      甑(こしき)には 蜘蛛の巣かきて 飯(いひ)炊(かし)く ことも忘れて……
                 山上憶良  万葉集巻五 892
とあり、「火気」を「けぶり」と読むことになっています。

 「火気」と書いた字面が『万葉集』にはこの他にも3例みえます。いずれもケブリ(煙)と訓読されるのが通例になっているようです。

 これらの「火気」はいずれも「けぶり」と訓読されています。

 どうやら、「火気」をケブリと読むことに疑いを挟む余地はなさそうです。
 「火気」の2字をケブリと読み解する通説は、「火気」を熟合した漢語としてとらえる立場に拠るものです。その限りにおいてケブリと読むことに何ら差し障りはありません。しかし、「火気」を熟字として考えない立場をとった場合はどうなるのでしょう。「火」と「気」をそれぞれ訓仮名とみなして、ホケあるいはホノケ(ノは補読)と読むことはできないでしょうか。ホケは現在も方言に湯気・煙などの意で生存している語です。江戸時代では西鶴の「大矢数(おおやかず)」に使われています。
   雲の通い路はなつ鉄砲
   ほけが立ついつもながらの雁の声
   蓋を取ったるあけぼのの秋    (西鶴大矢数より)

 ホケは今のところ「日葡辞書」以前の例がみられませんが、さらに古い例がいずれは見出されることでしょう。

 ホノケの方は古代の神楽歌に使用された明証があります。
   「伊勢志摩の海人 (あま) の刀禰 (とね) らが焚く火気」〈神楽・湯立歌〉
 『万葉集』の「火気」がホノケ・ホケでなかったとはにわかに断言は出来ません。漢字ばかりで表記されている『万葉集』の歌を何とかして和語で読み解こうとすれば、ああも読める、こうも読めるのではないかという疑問が際限もなく湧いてくるのであります。


 


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