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 本居宣長は『玉勝間』のなかで、今の『万葉集』には誤字が沢山ある、近来『万葉集』の研究雨に従事する学者が増え、誤字もかなり改正されてはきたが、まだまだ不十分である、誤字の箇所がはっきりしない間は読み方も完全に決まらない、誤字を誤字のまま強いて忠実に読みだそうとすれば、かえって無理を犯すことになるから注意しなければならない、と述べています。

 本文の誤りは由緒正しい伝本について訂正するのが正道です。たとえ原本は失われてしまっていても、現存する古写本を精密に比較対校すれば、本文の再建は相当のところまで可能となります。
 『万葉集』についても、一字一字が諸本の間でどのような相違を呈しているかをまず調査しなければなりませんでした。大正十三年七月、佐々木信綱・橋本進吉・千田憲・武田祐吉・久松潜一の五氏により、幾多の困難を克服して完成された『校本万葉集』は、以後の万葉研究を推進する画期的な基礎を築いたのです。

 「木(こ)の暮闇(くれやみ)」と解されている万葉語があります。原文の表記は「許能久礼罷」とあります。


    …… 許能久礼() ()(づき)し立てば 夜(ごも)りに 
   鳴く時鳥(ほととぎす) ……  万葉集巻一九 4166


 
 『全註釈』に「罷は訓仮字。闇の意。闇のミは乙類のはずであるのに、罷のミは甲類とみられる。またこのような訓仮字を使うのは本巻には例もないことで、おかしなことである」と言うように、「罷」をヤミと読んで「闇」の意に解することは決定的に困難なのであります。本居宣長は「罷は能の誤にて、コノクレノならん」と推定し、「木の暮の」と解しました。
 古写本に「罷」を「能」と書いているものが伝わっているのかどうかは『校本万葉集』には校異が示されていません。
 『西本願寺本万葉集』(鎌倉時代末写)の複製本には、本文はたしかに「罷」でありますが、上欄に小さく「能ィ」と書いてあります。「能」と書いた一本も存在するという古人の注記が『校本』では見落とされていたことになります。「むげに聞こえぬ所々などは、大かた誤字にぞ有りける」(玉勝間)と言い切った宣長ならではの眼力ではありませんか。


 


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