巻8-1647: 梅の花枝にか散ると見るまでに風に乱れて雪ぞ降り来る
※忌部黒麻呂(生没年不詳) 奈良時代の中級官僚。『万葉集』に短歌4首を遺します。天平宝字2(758)年8月正六位上から外従五位下に昇進。3年12月に忌部首から忌部連へ上位の姓を賜わった。6年1月に図書寮の次官。
巻8-1648: 十二月には淡雪降ると知らねかも梅の花咲くふふめらずして
※紀少鹿女郎(生没年不詳) 奈良時代の歌人。紀鹿人(しかひと)の娘。安貴王(あきのおおきみ)の妻。遊戯的な贈歌にたくみで,大伴家持(おおともの-やかもち)とたびたび歌をかわした。天平(てんぴょう)(729~749)のころの代表的な女流歌人のひとりにかぞえられ,「万葉集」に12首収録されている。紀小鹿,紀女郎ともいいます。
巻8-1649: 今日降りし雪に競ひて我が宿の冬木の梅は花咲きにけり
巻8-1651: 淡雪のこのころ継ぎてかく降らば梅の初花散りか過ぎなむ
巻8-1652: 梅の花折りも折らずも見つれども今夜の花になほしかずけり
※他田広津娘子(おさだの ひろつのおとめ、生没年不詳) 奈良時代の歌人。大伴家にかかわりのふかい女性か? 大伴家持の愛人のひとりかといわれます。作品は「万葉集」に2首おさめられています。
巻8-1653: 今のごと心を常に思へらばまづ咲く花の地に落ちめやも
巻8-1656: 酒杯に梅の花浮かべ思ふどち飲みての後は散りぬともよし
※この歌の次の歌(1657番歌)は「和(こた)ふる歌」ですが、その左注に、「お役所から禁酒の通達が出て『村人たちが集まって宴会をしてはならない。ただし、親しい人たちが一人二人で飲むのはかまわない。』とあります。そこで答えの歌を詠んだ人は、この上二句を作ったのです。」とあります。
和謌一首
標訓 和(こた)へたる謌一首
集歌1657 官尓毛 縦賜有 今夜耳 将欲酒可毛 散許須奈由米
訓読 官(つかさ)にも許(ゆる)したまへり今夜(こよひ)のみ飲まむ酒(さけ)かも散りこすなゆめ
意味 天皇は「酒は禁制」とおっしゃっても、太政官はお許しくださっている。今夜だけ特別に飲む酒です。梅の花よ、決して散ってくれるな。
右、酒者、宮禁制称京中閭里不得集宴。但親々一二飲樂聴許者。縁此和人作此發句焉。
注訓 右は、酒は、宮の禁制(きんせい)して称(い)はく「京(みやこ)の中(うち)の閭里(さと)に集宴(うたげ)することを得ざれ。ただ親々一二(はらからひとりふたり)の飲樂(うたげ)を許すは聴く」といへり。此の縁(えにし)に和(こた)ふる人此の發句(はつく)を作れり。
巻8-1660: 梅の花散らすあらしの音のみに聞きし我妹を見らくしよしも
巻8-1661: 久方の月夜を清み梅の花心開けて我が思へる君
巻10-1820: 梅の花咲ける岡辺に家居れば乏しくもあらず鴬の声
巻10-1833: 梅の花降り覆ふ雪を包み持ち君に見せむと取れば消につつ
巻10-1834: 梅の花咲き散り過ぎぬしかすがに白雪庭に降りしきりつつ
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