瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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■昭和9年の「葉」や10年の「ダス・ゲマイネ」、11年の「虚構の春」、12年の「二十世紀旗手」などの小説中には、作品の要素として太宰自身の俳句が挿入され、また芭蕉や其角、子規らの句が散りばめられています。それは、彼の文体にも影響を及ぼします。そもそも太宰は、芥川の影響を強く受け、理知的・技巧的な文学、ダンディズムの文学、純粋芸術至上主義の文学を目ざし、新しい文学を求めたのです。新しい文体や複雑な形式を模索し、青春の感傷と情熱を注ぎ、読点を多用し、助詞を省略した文体を生みだしていきます。このころの太宰の句に、
  外はみぞれ、何を笑ふやレニン像
  歯こぼれし口の寂〈さぶ〉さや三日月
  ソロモンの夢が破れて一匹の蟻。
など、左翼運動にのめり込みながらも満たされない悲哀や芥川賞を受賞できない焦燥感が漂っています。
 
しかし、太宰のその難解な方法は理解されず、昭和1110月、“結核療養”とだまされて精神病棟に入院させられるなど半狂人扱いされ、また入院中に初代と上京していた親戚の画学生小館善四郎の過ちを知ってショックを受け、昭和12年3月、初代とカルモチン自殺未遂をおこし、結局初代と離別します。そのようなどん底の状況の下で、昭和13年9月13日、井伏鱒二は、1年近く下宿生活をしながら筆を断っていた太宰を、山梨県御坂峠の天下茶屋に呼び寄せ、精神の安定と生活の再生を図ろうとしたのです。
       
春服の色教へてよ揚雲雀    太宰 治
は、昭和141215日に、友人の高田英之助に結婚を祝して送った書簡にある句で、前書きに「奥さまには くれぐれもよろしく。」とあります。友人の高田を揚雲雀に見立て、〈結婚したばかりの奥さんは、春の幸せなどんな装いをしているのでしょうか〉と呼びかけているようです。高田夫妻は、婚約からすんなりと結婚できたわけではなかったのです。新婦の思いがいくばくであったかと思いやる太宰の優しさがあらわれた、太宰にはめずらしく明るい佳句です。このとき、井伏の媒酌で斎藤須美子と結婚した高田の似顔絵が残されています。井伏が色紙に描いたもので、その絵の横には、「ほんものはもつとわかくていい男」の太宰の賛も添えられています。

■太宰は、この年の1月8日に井伏鱒二夫妻の媒酌で結婚をし、9月に甲府から三鷹に転居したところでした。妻となった石原美知子を紹介したのが、高田英之助です。彼は、井伏の郷里・広島県福山の後輩で、慶應大学の国文科を出て、東京日日新聞(現・毎日新聞)甲府支局に勤務していました。若きころ、太宰、伊馬春部とともに作家を目指す“井伏門下の三羽ガラス”といわれた人です。井伏から「太宰の妻に誰かよい人はいないだろうか」と高田に話があり、フィアンセの須美子の女学校時代の後輩・美知子はどうか、ということになったのです。実は、その直前にも、太宰には縁談話がありましたが、太宰の風評がよろしくなく、先方から断られていたのでした。
 
■昭和13年のこの太宰と美知子の縁談は、小説「富嶽百景」にあるとおりです。「このうへは、縁談ことわられても仕方がない、と覚悟を決め、とにかく先方へ、事の次第を洗ひざらひ言つて見よう」と破れかぶれの太宰に対し、太宰の過去に目を瞑り、「ことごとしい式などは、かへつて当惑するやうなもので、ただ、あなたおひとり、愛情と、職業に対する誠意さへ、お持ちならば、それで私たち、結構でございます。」と美知子の母親。「この母に、孝行しようと思つた」太宰は、井伏に“生活の立て直し”を誓約します。

■この時期は、太宰にとって最も安定的な至福の時期でした。小説の構成や文体に大きな変化がみられ、平明で自然な落ち着いた文体となりました。“惑乱から安定へ”“絶望から希望へ”と変化したのです。「富嶽百景」「女生徒」「駈込み訴へ」「走れメロス」などの傑作が陸続と発表されます。やがて、「ヴィヨンの妻」「斜陽」「人間失格」へと日本文学史を代表する作品が生み出され、文壇の寵児への道を歩みはじめることになるのです。

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1932/02/04
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