卯の花を詠んだ歌4
巻17-3978:妹も我れも心は同じたぐへれどいやなつかしく相見れば……(長歌)
大伴家持が越中国(=富山県から能登半島を含む北国一帯の地域)に、国司(くにのつかさ)として赴任していたときに詠まれたものです。時期は、家持が越中に赴任した翌年の天平19年(西暦747年)3月20日。このとき家持は30歳。この歌は、奈良の都に残してきた最愛の妻、坂上大嬢(さかのうえのおおいらつめ)へ贈られました。
述戀緒謌一首并短謌
標訓 戀の緒(こころ)を述べたる謌一首并せて短謌
集歌3978 妹毛吾毛 許己呂波於夜自 多具敝礼登 伊夜奈都可之久 相見波 登許波都波奈尓 情具之 眼具之毛奈之尓 波思家夜之 安我於久豆麻 大王能 美許登加之古美 阿之比奇能 夜麻古要奴由伎 安麻射加流 比奈乎左米尓等 別来之 曽乃日乃伎波美 荒璞能 登之由吉我敝利 春花之 宇都呂布麻泥尓 相見祢婆 伊多母須敝奈美 之伎多倍能 蘇泥可敝之都追 宿夜於知受 伊米尓波見礼登 宇都追尓之 多太尓安良祢婆 孤悲之家口 知敝尓都母里奴 近有者 加敝利尓太仁母 宇知由吉氏 妹我多麻久良 佐之加倍氏 祢天蒙許万思乎 多麻保己乃 路波之騰保久 關左閇尓 敝奈里氏安礼許曽 与思恵夜之 餘志播安良武曽 霍公鳥 来鳴牟都奇尓 伊都之加母 波夜久奈里那牟 宇乃花能 尓保敝流山乎 余曽能未母 布里佐氣見都追 淡海路尓 伊由伎能里多知 青丹吉 奈良乃吾家尓 奴要鳥能 宇良奈氣之都追 思多戀尓 於毛比宇良夫礼 可度尓多知 由布氣刀比都追 吾乎麻都等 奈須良牟妹乎 安比氏早見牟
訓読 妹も吾(われ)も 心は同じ 副(たぐ)へれど いや懐(なつか)しく 相見れば 常(とこ)初花(はつはな)に 心ぐし めぐしもなしに 愛(は)しけやし 吾(あ)が奥妻 大王(おほきみ)の 御言(みこと)畏(かしこ)み あしひきの 山越え野行き 天離る 鄙治めにと 別れ来し その日の極み あらたまの 年往(ゆ)き返り 春花の 移(うつ)ろふまでに 相見ねば 甚(いた)もすべなみ 敷栲の 袖返しつつ 寝(ぬ)る夜おちず 夢には見れど うつつにし 直(ただ)にあらねば 恋しけく 千重(ちへ)に積(つ)もりぬ 近くあらば 帰りにだにも うち行きて 妹が手枕(たまくら) さし交(か)へて 寝ても来(こ)ましを 玉桙の 道はし遠く 関さへに 隔(へな)りてあれこそ よしゑやし 縁(よし)はあらむぞ 霍公鳥(ほととぎす) 来鳴かむ月に いつしかも 早くなりなむ 卯の花の にほへる山を 外(よそ)のみも 振り放(さ)け見つつ 近江(あふみ)道(ぢ)に い行き乗り立ち あをによし 奈良の吾家(わぎへ)に ぬえ鳥の うら嘆(な)けしつつ 下恋に 思ひうらぶれ 門(かど)に立ち 夕占(ゆふけ)問(と)ひつつ 吾(あ)を待つと 寝(な)すらむ妹を 逢ひてはや見む
意味:愛しい貴女も私も心は同じ。いっしょに居てもますます心が惹かれ、逢うと常初花のようにいつも、心を作ったり、眼差しを繕ったしないで、愛らしい私の心の妻よ。大王の御命令を謹んで、足を引くような険しい山を越え野を行き、都から離れる鄙を治めると、貴女と別れて来て、その日を最後に、年の気を改める、年も改まり、春の花が散ってゆくまで、貴女に逢えないと、心が痛むがどうしようもない、敷栲の袖を折り返しながら寝る夜は、いつも夢に見えても、現実に、直接に逢うこともできないので、恋しさは幾重にも積もった。都が近かったら、ちょっと帰ってでも行って、愛しい貴女の手枕をさしかわし寝ても来ようものを、立派な鉾を立てる官路は遠く関所までも間を隔てていることだ。ままよ、何か良い機会もあるだろう。ホトトギスが来て鳴く月にいつかは、すぐになるだろう。卯の花の美しく咲く山を外ながらにも遠く見ながら、近江路を辿っていって、青葉が美しい奈良のわが家に到り、ぬえ鳥の、その言葉のひびきのように、うら嘆きつつ(=心の底から嘆きつつ)、心の底からの恋に侘びしく思いつつ門に出ては、夕占を問いながら私を待って寝ているだろう愛しい貴女に、早く逢いたいものです。
集歌3979 安良多麻之 登之可敝流麻泥 安比見祢婆 許己呂毛之努尓 於母保由流香聞
訓読 あらたまの年返るまで相見ねば心もしのに思ほゆるかも
意味 年の気が新たになる、その年が改まるまで貴女に逢えないと、心も萎れるように感じられます。
集歌3980 奴婆多麻乃 伊米尓婆母等奈 安比見礼騰 多太尓安良祢婆 孤悲夜麻受家里
訓読 ぬばたまの夢(いめ)にはもとな相見れど直(ただ)にあらねば恋ひやまずけり
意味 漆黒の夜の夢には空しくも貴女に逢えるが、直接、逢えなければ、貴女への恋心は止まない。
集歌3981 安之比奇能 夜麻伎敝奈里氏 等保家騰母 許己呂之遊氣婆 伊米尓美要家里
訓読 あしひきの山き隔(へな)りて遠けども心し行けば夢(いめ)に見えけり
意味 足を引く険しい山を隔てて遠いけれども、心を通わせれば夢に逢いました。
集歌3982 春花能 宇都路布麻泥尓 相見祢波 月日餘美都追 伊母麻都良牟曽
訓読 春花のうつろふまでに相見ねば月日数(よ)みつつ妹待つらむぞ
意味 春花が散りゆく季節までに私に逢えないと、中上がりまでの月日を数えながら愛しい貴女は私を待っているでしょう。
右、三月廿日夜裏、忽兮起戀情作。大伴宿祢家持
左注 右は、三月廿日の夜の裏(うち)に、忽(たちま)ちに戀の情(こころ)を起して作れり。大伴宿祢家持
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