瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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其七 火井(くはせゐ)
 
三條の南一里ばかり山の麓、入方村(によほうじむら)【即、入方寺村なり。又、妙法寺、又、如法寺とも云ふ。】某(それがし)と云ふ百姓の家、炉(ろ)の角(すみ)に石臼を置き、其穴に竹を差し、火をかざせば、即、声ありて、火移り、盛(さかん)に燃(もゆ)ること、尺ばかりならん。縱橫に竹を組み上ぐれば、其竹の孔(あな)ごとに、皆、火、燃ゆる。竹を少し引(ひき)上ぐれば、央(なかば)は火絶(たへ)て、無く、上にばかり、火、盛んなり。皆、土中より登れる氣の燃ゆるなるべし。一説に硫黄(ゐわう)の氣と云へれど不然(しからず)。硫黃は、即、火遠く土中に入(いり)て、地中も又、燃(もゆる)なり。是は、必、臭水油(くさみづあぶら)の氣なるべし。凡(およそ)、國中(こくちう)、是に類する所、甚だ多し。柄目木村(からめきむら)、即、入方村(によほふじむら)に同じ。寺泊大和田山(おほわだやま)の間(あいだ)、少しの水溜(みづたま)りありて、冷水なれども、常に湯の沸くがごとく泡立(あはだち)てあり。是に火をかざせば、忽、然(もゆ)る。その他(ほか)、栃尾(とちを)の郷(ごう)比禮(ひれ)と云ふ所、山澤(さんたく)の水に火をかざせば、水上に、火、燃(もゆ)る。魚沼郡一ノ宮村山間(やまあい)の澗流(かんりう)に火を移せば、三尺ばかり上にて、火、燃ゆる。古志郡見附川(みつけがは)、舟渡(ふなわたし)ある所、川原(かはら)の砂に管(くだ)を刺し、火をかざせば、幾所(いくところ)も燃(もえ)て不絶(たへず)、甚(はなはだ)夜行(やこう)に便(たより)あり。其余(そのよ)、所々(しよしよ)に多し。頸城郡(くびきごほり)上野尾(うへのを)の原(はら)、谷間より風の出る洞(ほら)ありて、火を移す時は、忽、空中に、火、燃(もゆ)ること、如二車輪一(しやりんのごとし)。又、同郡(ぐん)[やぶちゃん注:ここまで他は総て「郡」は「こほり」「ごほり」であるので特異点の読みである。]吉村(よしむら)、大滝氏(おほたきうじ)、近來(きんらい)、井(ゐ)を掘(ほり)しに、烟草(たばこ)の吹殼(ふきがら)より火移り、井中(ゐのうち)く燃上(もえあが)りて、數日(すじつ)消えず。甚(はなはだ)奇なり。水戸赤水(みとせきすい)先生、此一奇を以つて甚(はなはだ)賞す。即、「琅耶代醉(ろうやたいすい)」に火井(くはせゐ)の説を擧(あ)ぐ。又、「大明一統志(だいみんいつとうし)」にも、『蜀地(しよくち)雲南(うんなん)に有二火井一不過二三所(くはせゐあり にさんしよにすぎず)』[やぶちゃん注:後半返り点なしはママ。]とあり。赤水(せきすい)の「奧羽記行」に、即身佛・逆竹(さかさだけ)・八房梅(やつふさのむめ)等(とう)を七奇に擧げて、『越人、是等の白癡(たはけ)を奇と思へるも可笑(おかし)』と謗(そし)れり。甚だ誤れるならずや。赤水、偶(たまたま)、此國ニ至り、農夫・商客等(ら)の蒙説を聞(きゝ)、北越には人なきがごと、思へたるなるべし[やぶちゃん注:ママ。]。何ぞ再び、知者を求めて尋ね聞(きか)ざるや。赤水の博識には淺々(あさあさ)しき説と云ふべし。又、此火井(くはせい)を賞して、『是、陰火にあらず、陽火にあらず』と云へり。是、又、誤れり。硫黃の火を以(もつて)是に移せば、即、燃(もゆ)る。是、陽火にあらずして何ぞや。陰火は陽火に遇ふ時は、忽、消(きゆ)るものなり。
 
右(以上)は古の七奇なり。
注釈
 
これは天然ガスである。石油が地熱で温められて気化し、概ね、地層が地上に向かって山型に曲がった部分に溜まったもので、成分の殆んどはメタン(CH4)で、有害な一酸化炭素は含まれていない。空気より軽いため、家屋内では高い所(天井)に貯留する。「臭水油(くさみづあぶら)の氣なるべし」という崑崙の認識は科学的も正しい。
 
「入方村(によほうじむら)【即(すなはち)、入方寺村なり、又、妙法寺、又、如法寺とも云ふ。】」現在の新潟県三条市如法寺。
 
「竹を少し引(ひき)上ぐれば、央(なかば)は火絶(たへ)て、無く、上にばかり、火、盛んなり」これは、竹を有意に引き上げた際には、引き上げた際に臼と竹筒の隙間から酸素が多く供給されて完全燃焼するから、燃える炎の中心部分(芯)が青く透けて燃えていないように見える、ということのように読める。
 
「硫黃は、即、火遠く土中に入(いり)て、地中も又、燃(もゆる)なり」崑崙が温泉地などで黄色くなった高熱の噴煙孔を観察した際の認識に基づくものか?
 
「柄目木村(からめきむら)」新潟市秋葉区柄目木(がらめき)。
 
「寺泊大和田山(おほわだやま)」地域名としては現在、新潟県長岡市寺泊大和田がある。この地域か、その周辺のピークを指すか。この地区と北の寺泊の本地区との間には、上記のリンク先を地図に切り替えて見ると、確かに現在でも数箇所の池沼らしきものを確認出来る。
 
「栃尾(とちを)の郷(ごう)比禮(ひれ)」現在の新潟県長岡市比礼。東直近に栃尾地区が広がる。
 
「魚沼郡一ノ宮村」現在の新潟県小千谷市内ではあるが、それ以上の限定が出来ない(合併前の旧村名などから推理したが、結局、だめであった)。
 
「澗流(かんりう)」野島出版脚注に『谷川の流れ』とある。
 
「古志郡見附川(みつけがは)」地名からは現在の新潟県見附市であるが、同市内を流れる渡しの必要な大きな河川は現在は刈谷田川(やりやたがわ)という名である。それ以上の「舟渡(ふなわたし)ある所」の「川原(かはら)」までは比定不能。
 
「頸城郡(くびきごほり)上野尾(うへのを)」不詳。全くお手上げ。
 
「同郡(ぐん)吉村(よしむら)」不詳。全くお手上げ。
 
「大滝氏(おほたきうじ)」不詳。
 
「水戸赤水(みとせきすい)先生」崑崙と同時代人である水戸藩の地理学者で漢学者でもあった長久保赤水(享保二(一七一七)年~享和元(一八〇一)年)のことか。本名は玄珠。常陸国多賀郡赤浜村(現在の茨城県高萩市)出身。農民出身ながら、水戸藩第六代藩主徳川治保(はるもり)の侍講となり(就任は安永六(一七七七)年)、安永三(一七七四)年に日本地図「日本輿地路程全図(にほんよちろていぜんず)」を作成、五年後の安永八年にはそれを修正した「改正日本輿地路程全図」初版を大坂で出版している。これは、日本人が出版した日本地図としては初めて経緯線が入った地図で、作成者名から通称「赤水図」と呼ばれている。その後もマテオ・リッチの地図を参考に日本の島嶼などを加筆した世界地図「地球万国山海輿地全図説」(天明五(一七八五)年頃)を刊行したり、遠く第二代水戸藩主徳川光圀が編纂を始めた「大日本史」の「地理志」の執筆など行った博識の才人である。彼は宝暦一〇(一七六〇)年、四十四歳の時、東北地方(奥州南部と越後)を二十日間に亙って旅し、それから三十二後の晩年、寛政四(一七九二)年に旅行記「東奥紀行」を著しているから、ここの批判的記載はそれに基づくものか。
 
 
「琅耶代醉(ろうやたいすい)」野島出版脚注に『四十巻。明の張張鼎思が撰したもので経史の考証を随録したものだという』とある。いろいろ検索して見たが、それ以外のことは判らなかった。
 
「大明一統志(だいみんいつとうし)」明朝の全域と朝貢国について記述した地理書。九十巻。李賢らの奉勅撰で一四六一年に完成。
 
『赤水の「奧羽記行」』先に注した寛政四(一七九二)年刊の「東奥紀行」のことであろうか。
 
「即身佛・逆竹(さかさだけ)・八房梅(やつふさのむめ)」総て次の章に出るので注さない。
 
「人なきがごと」愚鈍な輩ばかりで、真の「知者」たる「人」たるべき「人」は一「人」としていないように。
 
「求めて」底本「もとめて」と判読出来る。野島出版版は『めとめて』。「め」ではないし、「目留めて」では意味が通じぬ。単なる誤植かと思われる。
 
「赤水の博識には淺々(あさあさ)しき説と云ふべし」かの博識の「赤水」「に」「しては」、「淺々(あさあさ)しき」(考えが浅く軽率極まりない)謂いと言わざるを得ぬ。崑崙の言うべき時には毅然として謂うという態度が素晴らしい。
 
「陰火」「陽火」例えば、李時珍の「本草綱目」の「火部」の冒頭の「陽火 陰火」に出る陰陽五行説の「火(か)」の考え方である。火(か)は五行の一つであり、「気」はあるが、「質」は持たず、造化の両間にあって万物を生殺する。五行のうち、「火」を除く「木」・「土」・「金」・「水」は皆一種であるが、ただ「火」だけは「陽火」と「陰火」の二種が存在する。「陽火」は草に遭えばこれを焼き、木があると燔(た)き、湿(しつ)によって弱まり、水によって消滅するのに対し、「陰火」は草木を焚(た)かず、金石を融解して流す。湿によっていよいよ燃え、水に遭うとますます熾(さか)んになり、水を差すと、光焔は自然に消滅する、などと判ったような判らないようなことを言っている。また、そこで時珍は「地」の「陰火」の中に「石油之火」を挙げているから、長久保赤水もそれを安受け売りしただけのことと思われる。


 

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