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金子兜太さん死去 98歳 「平和の俳句」選者 戦後俳壇けん引 ――現代俳句の第一人者で、本紙「平和の俳句」選者の金子兜太(とうた)さんが二十日午後十一時四十七分、誤嚥(ごえん)性肺炎による急性呼吸促迫症候群のため死去した。九十八歳。埼玉県皆野(みなの)町出身。葬儀・告別式は近親者のみで行う。別途、お別れの会を開く。
中国・上海と埼玉・秩父で幼少年期を過ごした金子さんは、旧制水戸高校(茨城大の前身)時代に本格的に俳句を始めた。東京大経済学部入学後に加藤楸邨(しゅうそん)が主宰する「寒雷」に参加。以後、楸邨に師事した。一九四三年に日本銀行に入行。直後に短期現役士官として海軍経理学校に入校し、翌年、海軍主計中尉となった。
四四年三月、西太平洋の要所・トラック島(今のチューク諸島)に派遣され、第四海軍施設部で兵たんや軍属らの規律維持を担う傍ら、戦時下の島で陸海軍合同の句会を主宰した。敗戦後、捕虜生活を経て四六年十一月に復員。島を去る時のことを詠んだ<水脈(みお)の果て炎天の墓碑を置きて去る>は代表句となった。
四七年、日銀に復職。社会性のあるテーマや素材を扱う社会性俳句運動に共鳴し、「主客」という旧来の俳句の二項対立の観念を超えた新しい詩の創造を目指した。俳句論でも活躍し、「漂泊の俳人」小林一茶、種田山頭火、尾崎放哉らの魅力を再評価した。
六〇年代からは、社会性・抽象性に富む無季の句を提唱する前衛俳句運動の旗手となり、有季定型を主張する中村草田男と論争を繰り広げた。六二年に同人誌「海程」を創刊。八五年から結社誌となった同誌を主宰した。上武大教授(経済学)、現代俳句協会会長(現名誉会長)などを歴任。文化功労者。日本芸術院会員。菊池寛賞。
戦後七十年の二〇一五年から、作家のいとうせいこうさんとともに本紙「平和の俳句」の選者となり、一七年八月に高齢の影響で自ら退任するまで務めた。戦場の現実を知る者として生涯、平和の大切さを訴え続けた。
句集に「少年」(現代俳句協会賞)、「両神」(詩歌文学館賞)、「東国抄」(蛇笏賞)など、俳句論や自伝に「今日の俳句」、「わが戦後俳句史」、「語る 兜太」、「他界」など著書多数。著作集「金子兜太集」(全四巻)がある。代表句は<彎曲(わんきょく)し火傷し爆心地のマラソン><朝はじまる海へ突込む鴎(かもめ)の死><暗黒や関東平野に火事一つ><梅咲いて庭中に青鮫(あおざめ)が来ている><おおかみに螢(ほたる)が一つ付いていた>など。
◆戦争体験 平和への執念
<評伝> 「俺は百五十まで生きるんだ」。ついこの前まで目の前で豪語していた金子兜太さんが、九十八歳で逝った。俳句への情熱と平和への執念、二つの強烈な思いに貫かれた人生だった。
俳句の原点は、故郷・秩父(埼玉県)にある。秩父音頭を今の形に整えた父伊昔紅(いせきこう)さんは医師で、水原秋桜子(しゅうおうし)と親交の深い俳人。句会で家に集う粗野な若者たちの、むき出しの「知的野生」に触れた原体験は、俳句の道へとつながった。
旧制水戸高校で俳句を始め、東京帝国大(現東大)時代に加藤楸邨(しゅうそん)に師事。戦後「社会性俳句」「前衛俳句」の旗手となり「五七五の十七音と季語」という俳句の常識を「拘束に転化している」と批判し「(季語ではない)ドラム缶も俳句になる」と主張した。「荒凡夫(あらぼんぷ)」小林一茶が理想で、花鳥諷詠(かちょうふうえい)を超える人間くさい句を詠んだ。晩年はより自然体の作風になり、自然や鳥獣と交歓するアニミズムの境地を深めた。
もうひとつ人生に大きな影響を与えたのは戦争体験だった。海軍主計中尉として昭和十九(一九四四)年、西太平洋トラック島(現チューク諸島)に赴任。部下が飢えや爆撃で死んでいくさまを目の当たりにし、戦場の真実を胸に刻んだ。
「自分の俳句が、平和のために、より良き明日のためにあることを願う」
五五年に三十六歳で出した最初の句集「少年」のあとがきで、金子さんはこう書いている。平和への思いは筋金入りだった。
いとうせいこうさんとともに本紙「平和の俳句」の創設を提案し、自ら選者を務めたのも、平和への思いからだ。「詩の言葉の中に『平和』もある。これは俳句にとっては一つの黎明(れいめい)になるんじゃないか」「常識を超えないと面白くない」と、力強く話していた。
「きれいごとを言っている人間は信用しないんだ」と言って、常に庶民の側に立った「存在者」。九十五歳を超えて論争し、フランス料理のフルコースを完食した強靱(きょうじん)な個性は、晩年まで輝き続けた。 〈東京新聞 2018年2月21日 朝刊〉
sechin@nethome.ne.jp です。
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