下町しるべ
天文台跡の説明板
鳥越の不二

徘徊の道筋は決めているわけではない。玄関を出て、足の向くままに歩く。今朝は、気が付くと江戸通りを南に向っていた。何故に朝から車の行き交いの多いこんな道を歩いているのだろう。いつの間にか、蔵前1丁目の交差点を渡っていた。ここに、蔵前の下町しるべと、その横に天台跡の説明板が並んで建っている。江戸時代後期、鳥越神社の東に天文屋敷測量所があり、葛飾北斎が富嶽36景の一つ「鳥越の不二」で描いている。頒暦調所ともいい、暦や測量、地誌編纂や洋書翻訳を行っていたという。江戸城や大名屋敷など幕府施設の絵は軍事機密のためか浮世絵などに描かれていないのだが、ここは大丈夫だったのじゃろか? 手前の屋根の上に蛎殻がおいてあるが、板葺き屋根の防火のために蛎殻を屋根に並べることが推奨されていたのだそうだ。
早朝の蔵前橋
浅草御蔵跡
説明板

ワンさん夫妻
江戸通りを渡り、水道局(元蔵前国技館)の前を通り、浅草蔵屋敷跡石碑(蔵前橋通り越しに首尾と松がある)をカメラに収めると、蔵前橋を渡って、親水テラスに下りる。厩橋の袂でゴルフのクラブを振っていらっしゃるT氏と1・2分言葉を交わし、例の土の遊歩道を通って、吾妻橋を右手に勝海舟の銅像の所まで来ると、向こうからワンさん夫妻が並んでいらっしゃる。ポケットからカメラを取り出し、出来るだけアップでパチリ。
桜橋を渡って、帰宅する。
徘徊の道筋は決めているわけではない。玄関を出て、足の向くままに歩く。今朝は、気が付くと江戸通りを南に向っていた。何故に朝から車の行き交いの多いこんな道を歩いているのだろう。いつの間にか、蔵前1丁目の交差点を渡っていた。ここに、蔵前の下町しるべと、その横に天台跡の説明板が並んで建っている。江戸時代後期、鳥越神社の東に天文屋敷測量所があり、葛飾北斎が富嶽36景の一つ「鳥越の不二」で描いている。頒暦調所ともいい、暦や測量、地誌編纂や洋書翻訳を行っていたという。江戸城や大名屋敷など幕府施設の絵は軍事機密のためか浮世絵などに描かれていないのだが、ここは大丈夫だったのじゃろか? 手前の屋根の上に蛎殻がおいてあるが、板葺き屋根の防火のために蛎殻を屋根に並べることが推奨されていたのだそうだ。
早朝の蔵前橋
ワンさん夫妻
桜橋を渡って、帰宅する。
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目高 拙痴无
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1932/02/04
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sechin@nethome.ne.jp です。
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