瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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ff0893c7.JPG  9月11日は日曜日、夕食は、婆様が秋刀魚を求めてきたので、塩焼きして、大分からのM氏から送られてきたカボスの搾り汁をたつぷりかけて食した。
 
秋刀魚の歌
        佐藤 春夫
 
あはれ
秋風よ
情(こころ」あらば
伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉(ゆうげ)に
ひとりさんまを食(くら)ひて
思ひにふけると。
 
さんま、さんま、
そが上に青き蜜柑(みかん)の酸(す」を したたらせて
さんまを食ふはその男がふる里の ならひなり。
そのならひを あやしみ なつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎ来て 夕げにむかひけむ。
あはれ、人に捨てられんとする 人妻と
妻にそむかれたる男と食卓に むかへば、
愛うすき父を持ちし女の児は
小さき箸をあやつりなやみつつ
父ならぬ男に さんまの 腸はらをくれむと 言ふにあらずや。
 
あはれ
秋風よ
汝(なれ)こそは 見つらめ
世のつねならぬ団欒(まどゐ)を。
いかに
秋風よ
いとせめて
証(あかし)せよ かの一ときの団欒(まどゐ) ゆめに非ずと。
 
あはれ
秋風よ
情(こころ)あらば 伝へてよ、
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児(をさなご)とに伝へてよ
―男ありて
今日の夕げに ひとり
さんまを食ひて
涙をながす と。
 
さんま、さんま、
さんま苦いか 塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて さんまを食ふは
いづこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは 問はまほしくをかし。
 
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67231a87.JPG 佐藤春夫は谷崎潤一郎の妻・千代に横恋慕し、1930年(昭和5年)に譲り受けるということがあった。谷崎と千代の離婚成立後、三人連名の挨拶状を知人に送り、「細君譲渡事件」として新聞などでも報道されてセンセーショナルな反響を呼び起こした。代表作である「秋刀魚の歌」は千代への思慕が背景にあるという。
 「秋刀魚の歌」は大正デモクラシーから昭和初期、当時の文壇の寵児、谷崎潤一郎の妻千代と佐藤春夫の不倫に始まり、ついには兄弟同様の付き合いであった潤一郎と佐藤春夫が絶交してしまうというどろどろとした関係が背景になっている。詩中「あはれ、人に捨てられんとする人妻」とはその頃 夫、潤一郎に疎んじられていた妻千代の事を指し、「妻に背かれたる男と食卓にむかへば」は以前に妻と離婚していた佐藤春夫を指している。後日両者は和解し、昭和5(1930)年8月18日3人連名で声明文を出し、「…我ら3人はこの度合議をもって千代は潤一郎と離別いたし、春夫と結婚することと相成り、潤一郎娘鮎子は母と同居いたすべく…」となるわけであるが、明治からまだ間もない大正時代の出来事としては当時の人々の耳目をあつめ、「細君譲渡事件」として余りにも有名な話である。
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1932/02/04
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