瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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   Chant d'Automne〈秋の歌〉
          Charles Baudelaire 詩
            永井 荷風     訳
 
一 吾等忽ちに寒さの闇に陥らん、
  夢の間なりき、強き光の夏よ、さらば。
  われ既に聞いて驚く、中庭の敷石に、
落つる木片のかなしき響。
 
  冬の凡ては ー 憤怒と憎悪、戦慄と恐怖や、
  又強ひられし苦役はわが身の中に帰り来る。
  北極の地獄の日にもたとえなん、
  わが心は凍りて赤き鐵の破片よ。
 
  をののぎてわれ聞く木片の落つる響は、
  断頭台を人築く音なき音にも増(まさ)りたり。
  わが心は重くして疲れざる
  戦士の槌の一撃に崩れ倒るる観楼かな。
 
  かかる惰き音に揺られ、何処にか、
  いとも忙しく柩の釘を打つ如き・・・・そは、
  昨日と逝きし夏の為め。秋來ぬと云ふ
  この怪しき聲は宛(さなが)らに、死せる者送出す鐘と聞かずや。
 
二 長き君が眼の緑の光のなつかしし。
  いと甘かりし君が姿など今日の我には苦き。
  君が情も、暖かき火の辺や化粧の室も、
  今の我には海に輝く日に如かず。
 
  さりながら我を憐れめ、やさしき人よ。
  母の如かれ、忘恩の輩、ねぢけしものに。
  恋人か将た妹か。うるはしき秋の栄や、
  又沈む日の如、束の間の優しさ忘れそ。
 
  定業は早し。貪る墳墓はかしこに待つ。
  ああ君が膝にわが額を押し当てて、
  暑くして白き夏の昔を嘆き、
  軟くして黄き晩秋の光を味はしめよ。
              永井荷風著『珊瑚集より』
 
d186153f.JPG Charles Baudelaire(シャルル・ボードレール1821~1867) は19世紀フランス文学を代表する詩人たるに留まらず、その影響は19世紀後半以降のフランス文学を超えて、世界中に及んだという。とりわけ19世紀末の世界の詩人たちをひきつけたデカダンスの文学はことごとく、ボードレールの落とし子だったという。
20世紀にはいっても、ボードレールの影響はいっそう力を発揮した。彼の作品を彩る退廃への嗜好が、殺戮に明け暮れた時代の雰囲気にマッチしたためだという。ボードレールは特異な現象ではなく、世界が堕落して人間が腐敗するとき、その死臭の中からボードレールの物憂き声が聞こえてくるのである。
 
47e798a8.JPG 永井 荷風(ながい かふう、1879~1959年)は、1910年、森鴎外と上田敏の推薦で慶應義塾大学文学部の主任教授となり、このころ八面六臂の活躍を見せ、木下杢太郎らのパンの会に参加して谷崎潤一郎を見出だしたり、訳詩集『珊瑚集』の発表、雑誌『三田文学』を創刊し谷崎や泉鏡花の創作の紹介などを行っている。
『珊瑚集』は,フランス詩の翻訳38篇とフランス文学関係の翻訳や諸文章9篇を集めて、大正2年4月に出版された,荷風のフランス関係の書物としては最初のまとまった作品であるという。上田敏の『海潮音』と並んで当時の人々に、遠くフランスの息吹を伝える清新な書物として、強い印象と大きな影響を与えたものである。当時のフランス詩壇の概観を日本に伝えようとして企てられた訳詩集ではなく、荷風が深く自分の琴線に触れた作品を選んでは、折にふれ訳出したのがこの訳詩集だったのだという。
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