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真葛(さなかづら)を詠める歌2
10-2296:あしひきの山さな葛もみつまで妹に逢はずや我が恋ひ居らむ

12-3070:木綿畳田上山のさな葛ありさりてしも今ならずとも

◎田上山は、現在の滋賀県大津市の田上山(太神山を中心とした山々の総称)考えられています。

12-3071:丹波道の大江の山のさな葛絶えむの心我が思はなくに

◎丹波道(たにはぢ)は奈良と京都の丹波を結ぶ道です。また、大江(おほえ)の山は、現在の京都市西京区と亀岡市の境にある、標高が480メートルの大枝山(おおえやま)とされています。

12-3073:木綿包み白月山のさな葛後もかならず逢はむとぞ思ふ

 


ウェブニュースより
 藤井聡太王位が初防衛に王手 豊島将之竜王を会心の指し回しで寄せ切った ―― 将棋の最年少タイトルホルダー、藤井聡太王位(棋聖=19)が豊島将之竜王(叡王=31)の挑戦を受ける、第62期王位戦7番勝負第3局が1819の両日、大阪市の関西将棋会館で行われ、後手の藤井が豊島を140手で破り、シリーズの対戦成績を3勝1敗とし、王位初防衛にあと1勝とした。棋聖に続き、ダブル防衛に王手をかけた。第5局は2425日に徳島市「渭水苑」で行われる。

 藤井の2勝1敗で迎えた第4局。戦型は相掛かり。両者の直近5局はすべて角換わりだったが、王位戦第1局以来の相掛かりとなった。序盤から難しく、11手に深い読みが必要とされる激戦。序盤について藤井は「後手4四角と打ったんですが、その角が負担になってしまい、少し苦しい局面になった」と苦戦を振り返った。
https://www.youtube.com/watch?v=UYhWC7TDgLk
 1日目はほぼ互角で終了。2日目午後から本格的な戦いが始まった。7筋、9筋、6筋から総攻撃を仕掛け、勝機を見いだすと、一気にギアチェンジ。終盤、カウンターを狙った豊島に反撃の機会すら与えず、会心の指し回しで寄せ切った。それでも終盤について「明快な手が指せなくて本譜ではあまりうまくいっていないと思いながら進めてました」と反省した。公式戦の初対局から6連敗した“藤井キラー”の豊島との対戦成績を6勝8敗と押し戻した。
 豊島に挑戦している叡王戦5番勝負では2勝1敗とリードし、22日に名古屋市で第4局が行われる。藤井が勝てば、羽生善治九段(50)が93年に達成した最年少3冠(223カ月)を大幅に更新し、史上初の「103冠」が誕生する。竜王戦もあと1勝で豊島への挑戦権を獲得し、年内4冠も視野に入れている。王位初防衛に「また第5局が来週にすぐあるので、しっかりいい状態で臨めればと思います」。19歳の進化が止まらない。    [日刊スポーツ 20218191920]

 類いまれな起用さ持つ千葉真一さん 高校時代器械体操で全国V、夢は五輪 ――ドラマ「キイハンター」や映画「柳生一族の陰謀」などで知られ、ハリウッドでも活躍した俳優千葉真一(ちば・しんいち)さん(本名前田禎穂=まえだ・さだほ)が19日午後526分、新型コロナウイルス感染症のため千葉県君津市の病院で亡くなった。82歳。葬儀・告別式は近親者で行う。元妻は女優の故野際陽子さん。

 アクションのキレを世間に知らしめたのは68年から始まった連続ドラマ「キイハンター」だったと思う。当時のドラマとしては異色の国際色豊かなスケールの大きいドラマの中で、千葉さんは演技もアクションも当たり前のようにこなしてみせた。国際的な舞台にもすっと溶け込んでしまう類いまれな器用さ、それが良くも悪くも千葉さんの持ち味だった。
 千葉県立木更津一高時代に器械体操で全国優勝を成し遂げた千葉さんの夢は五輪出場だった。が、日体大2年の時に跳馬の失敗で腰と両膝を痛めて断念。失意の中で見かけた「東映ニューフェース募集!」のポスターが映画界入りのきっかけだった。
 もともと俳優を目指したわけではないが、俳優座でわずか半年の研修を受けると20歳の若さで連続ドラマ「新七色仮面」(59年)の主演を難なくこなした。大ヒットシリーズ「仁義なき戦い」の「広島死闘編」(73年)では先輩俳優と競い合う群像劇の中で12を争う名キャラクターを演じてみせた。
 70年代半ばにはハリウッドにも注目されるようになるが、この器用さが東映に重宝がられ、本格進出には“待った”が掛かった。かねてから千葉さんを敬愛していたクエンティン・タランティーノ監督の招きで「キル・ビル」(03年)の出演と剣術指導を果たしたのは64歳の時だった。
 後輩の松方弘樹さんが「ホントうらやましい。ハリウッドにもポンと挑戦できちゃうんだから」と漏らすのを聞いたことがある。ポンとできるからこそ、そのタイミングも難しかったのかもしれない。
 生まれるのがもう少し後だったら、ハリウッドでの活躍の幅はなお広がったのかもしれない。それでも「サニー千葉」の名は多くの米映画人の心に刻まれていると思う。    [日刊スポーツ 202182050]


 

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目高 拙痴无
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1932/02/04
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くたばりかけの糞爺々です。よろしく。メールも頼むね。
 sechin@nethome.ne.jp です。


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