瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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a8f615f3.JPG   無題  李商隠
 颯颯たる東風 細雨来る
 芙蓉塘外 軽雷有り
 金蟾(きんせん) 鎖を齧(か)み香を焼きて入り
 玉虎 糸を牽き井を汲みて回る
 賈氏 簾を窺いて 韓掾(かんえん)は少(わか)く
 宓妃 枕を留めて 魏王は才あり
 春心 花と共に発(ひら)くを争うこと莫かれ
 一寸の相思 一寸の灰
(訳)
 「疾風(はやて)」のようにふく風が春風となり、小糠雨を連れてきた。
 蓮の花が咲き乱れる庭の池のむこうの方でかろやかな雷が鳴っている。
 ここ貴族の館では、誰を喜ばそうとするのか、新たに香が入れかえられ、黄金の香炉全体に浮彫りされた魔よけの蛙が、あたかも口をかみ合わしたかのように、錠前が閉ざされ、やがて薫り高い香煙が客間の方に広がってくる。
 そして井戸では、虎のかたちを刻んだ宝玉で飾ったの釣瓶の滑車が綱を引き井戸水が汲みあげられるにつれて回転する。
 このように、この家の娘(令嬢)が、香をたかせ、化粧の水を汲ませるのは、晋の時代の大臣、賈充(かじゆう)の娘が、父の宴を簾(すだれ)越しに見たとき、韓掾〈かんえん〉という若い書記官を見初めた、その話の様に、この娘は誰か心に慕う人あってのことだろう。しかし、魏の甄后(しんこう)が、文才に秀でた弟の曹植に心寄せながらも、兄の曹丕に嫁がせられたように、いずれは死後のかたみに贈る枕でしか、思いを遂げることのできない非運に泣かぬようにせねばならのではあるまいか。
 萌えたぎる若き春の心は、花同志が競いあうことはない、その心にあるひと時の愛の燃えるたかまりはひと時後には灰となり、一寸の相思はやがて一寸の死灰となっておわる。
 
吹く風は雨を伴い/池の面に軽き雷
香を焚き粧いを凝らし/誰を待つや若き乙女よ
春と咲く花に競いて/ひとを思い恋する勿れ
ひとときの恋の焔は/燃え尽きて灰となるのみ
 
世説新語 惑溺篇 第三十五 より
韓壽美姿容,賈充辟以為掾。充每聚會,賈女於青璅中看,見壽,說之。恆懷存想,發於吟詠。後婢往壽家,具述如此,并言女光麗。壽聞之心動,遂請婢潛修音問。及期往宿。壽蹻捷絕人,踰牆而入,家中莫知。自是充覺女盛自拂拭,說暢有異於常。後會諸吏,聞壽有奇香之氣,是外國所貢,一箸人,則歷月不歇。充計武帝唯賜己及陳騫,餘家無此香,疑壽與女通,而垣牆重密,門閤急峻,何由得爾?乃託言有盜,令人修牆。使反曰:“其餘無異,唯東北角如有人跡。而牆高,非人所踰。”充乃取女左右婢考問,即以狀對。充秘之,以女妻壽。
 
085f62ec.JPG〈訳〉韓壽は容姿がすぐれていた。賈充は彼を招いて属官とした。賈充が集会を開くたびに、その娘は青色に塗った飾り窓の中から覗き韓壽の姿に見とれた。常に思いを寄せたあげく、詩歌にまでことよせるありさま。
 そののち侍女が韓壽の家に出かけ、詳しく事情を打ち明け、ついでに娘がただならぬ美しさの持ち主であると話した。韓壽もこれを聞いて心を動かし、かくて侍女にたのんでひそかに文通することにした。約束の日になり、出かけて一夜を過すことになったが、韓壽は人並みはずれて敏捷であるため、牆〈かき〉を乗越えて入っても、家中誰も気づくものはいなかった。
 それからというものは、賈充の娘もひどくおめかしをし、ひどくうきうきしている様子に気付くようになった。のち、属官たちを集めた席上で、韓壽がただならぬ香気を帯びているのに気付いた。この香は外国からの献上品で、いちど身体につけると何ヶ月も消えぬといったものである。賈充は思案した。
「これは武帝(司馬炎)が、ただ自分と陳騫(?~281年、西晋の政治家)とだけに賜ったもので、そのほかの家にはこの香はないはずだ。ひょっとすると、韓壽とわしの娘とは密通しているのかも知れぬ。だが、それにしても垣や塀は何十にもしてあるし、門は高く険しく構えてあるのだから、どうしてそんなことができるのであろう」
 そこで、泥棒が入ったという触れ込みで、牆の修繕をやらせてみたところ、使いの者が帰ってきて言った。
「そのほかには何にも変わったことはありませんが、ただ東南の隅に人の足跡らしいものがあります。それも牆が高いために、とても人の越えられる所ではありません」
 それで賈充は娘の左右に仕えている侍女を呼んでこさせて取り調べた所、あっさり事実を答えた。賈充はこのことを秘密にしておき、娘を韓壽の妻にしてやった。
 
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