瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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   無題  李商隠
重幃深下莫愁堂  重幃(ちょうい)深く下(おろ)す 莫愁(ばくしゅう)の堂
臥後清宵細細長  臥後(がご) 清宵(せいしょう)細々(さいさい)として長し
神女生涯原是夢  神女(しんにょ)の生涯(しょうがい) 原(も)と是(こ)れ夢
小姑居處本無郎  小姑(しょうこ)の居処(きょしょ)本(も)郎(ろう)無し
風波不信菱枝弱  風波(ふうは)は信んぜず 菱枝(りょうし)の弱きを
月露誰敎桂葉香  月露(げつろ)誰れか桂葉(けいよう)をして香(かん)ばしからしめん
直道相思了無益  直(たと)え相思(そうし)了(つい)に益(えき)無しと道(い)うも
未妨惆悵是淸狂  未(いま)だ妨(さまた)げず惆悵(ちゅうちょう)は是(こ)れ清狂(せいきょう)なるを
 
618fae51.JPG〈訳〉幾重にも深く帳を下した莫愁の部屋
   あるじが寝たあとは澄んだ秋の夜が細々と そして長く
   神女との暮らし あれは夢の中のことだったのだ
   小姑の住居にはもともと夫がいなかった
   風波は弱い菱の蔓を いつまでも漂わせておいてはくれまい
   だが桂を香をのせた月の露は 誰が降らせてくれるのだろう
   かなわぬ恋と 知ってはいるものの
   思い焦がれて世の拗ね者となる それもよかろうではないか
 
 莫愁は女性の名。六朝以来の樂府(がふ)に「莫愁曲」というのがあり、その女主人公であるという。元々伝説的な人物で、ここでは愛する女性を莫愁に見立てている。
 神女生涯(神女との暮し)とは、楚王が巫山の神女と契った故事をふまえる。「小姑」は正しくは「青渓小姑」といい、神女の名である。この神は独身だったという伝説があるという。 
 
文選卷十九 高唐賦(序)より
昔者楚襄王、與宋玉遊於雲夢之臺、望高唐之觀、其上獨有雲氣、崪兮直上、忽兮改容、須臾之閒、變化無窮。王問玉曰、此何氣也、玉對曰、所謂朝雲者也。王曰、何謂朝雲、玉曰、昔者先王嘗遊高唐、怠而晝寢、夢見一婦人、曰、妾巫山之女也、爲高唐之客、聞君遊高唐、願薦枕席、王因幸之、去而辭曰、妾在巫山之陽高丘之阻、旦爲朝雲、暮爲行雨、朝朝暮暮、陽臺之下、旦朝視之如言、故爲立廟、號曰朝雲。
 
昔者(むかし)楚の襄王(じやうわう)、宋玉(そうぎよく)と雲夢(うんぼう)の台(うてな)に遊ぶ。高唐(かうたう)の観(くわん)を望むに、其の上に独り雲気(うんき)有り。崪(しゆつ)として直ちに上(のぼ)り、忽(こつ)として容(かたち)を改む。須臾(しゆゆ)の間(かん)に変化窮(きは)まり無し。王、玉(ぎよく)に問ひて曰(のたまは)く、「此れ何の気ぞ」と。玉対(こた)へて曰(まうさ)く、「所謂(いはゆる)朝雲(てううん)なる者なり」と。王曰(のたまは)く、「何を朝雲と謂(い)ふ」と。玉曰(まうさ)く、「昔者(むかし)先王(せんわう)嘗(かつ)て高唐に遊び、怠(おこた)りて昼寝し、夢に一婦人を見るに、曰(まうさ)く、『妾(せふ)は巫山(ふざん)の女(ぢよ)なり。高唐の客(かく)為(た)り。君の高唐に遊ぶを聞き、願はくは枕席(ちんせき)を薦(すす)めんと』。王因りて之(これ)を幸(かう)す。去りて辞して曰(まうさ)く、『妾(せふ)は巫山の陽(やう)、高丘(かうきう)の阻(そ)に在り。旦(あした)には朝雲(てううん)と為(な)り、暮(ゆふべ)には行雨(かうう)と為(な)りて、朝朝(てうてう)暮暮(ぼぼ)、陽台(やうだい)の下(もと)にあり』と。旦朝(たんてう)之(これ)を視(み)るに言(げん)の如し。故(ゆゑ)に為に廟(べう)を立て、号して朝雲(てううん)と曰(い)ふ」と。

8a81c608.JPG 〈訳〉昔、其の襄王は宋玉と共に雲夢沢の楼台に遊んだ。高唐の楼観を望むと、その上にだけ雲が湧いていた。高々とまっすぐに立ちのぼり、突然形を変えた。短い時間のうちに変化すること甚だしい。襄王が宋玉(BC290~233年)に「これは如何なる気か」と問うと、宋玉は「朝雲と呼ばれるものです」と答えた。王がまた「何を朝雲と言うか」と問うと、宋玉は答えた。「昔、先王が高唐に遊ばれました時、一休みされて昼寝をなさり、夢に一人の婦人を御覧になりました。その婦人が申すことには、『私は巫山の女でございます。いま高唐に滞在しております。王様が高唐に遊ばれると伺い、寝所に侍りたいと存じます』。そこで王はこの女を愛されました。辞去する時に女が申しますことには、『私は巫山の南、高い丘陵の険阻な地におります。夜が明ければ朝雲となり、日が沈めば通り雨となって、毎朝毎夕、あなた様の楼台のもとに参りましょう』と。翌朝、巫山の方を御覧になると、言葉通り雲が湧いておりました。そこでこの神女を祭る廟を建てられ、朝雲と名付けられたのです」と。
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