尾花(おばな)を詠める歌1
イネ科の多年草です。秋の七草のひとつであるススキとして有名ですね。花穂の形から尾花と呼ばれます。また、茅(かや)、萱(かや)とも呼ばれます。
葦(よし)などとともに、いわゆる茅葺(かやぶき)屋根に利用されてきました。
万葉集には、ススキ・をばな・草(かや)・み草の名前で登場します。また、穂が出始めたばかりの尾花(をばな)を"花すすき"・"はだすすき"と詠んでいるようです。
巻1‐0045:やすみしし我が大君高照らす日の皇子.......(長歌)
標題:軽皇子宿干安騎野時、柿本朝臣人麿作歌
標訓:軽皇子の安騎の野に宿(やど)りしし時に、柿本朝臣人麿の作れる歌
原文:八隅知之 吾大王 高照 日之皇子 神長柄 神佐備世須<等> 太敷為 京乎置而 隠口乃 泊瀬山者 真木立 荒山道乎 石根 禁樹押靡 坂鳥乃 朝越座而 玉限 夕去来者 三雪落 阿騎乃大野尓 旗須為寸 四能乎押靡 草枕 多日夜取世須 古昔念而
万葉集 巻1‐0045
作者:柿本人麻呂
よみ:やすみしし、我が大君(おおきみ)、高(たか)照らす、日の皇子、神ながら、神さびせすと、太(ふと)敷かす、都を置きて、隠口(こもりく)の、初瀬の山は、真木(まき)立つ、荒き山道を、岩が根、禁樹(さへき)押しなべ、坂鳥(さかとり)の、朝越えまして、玉(たま)限(かぎ)る、夕(ゆう)去(さ)り来れば、み雪降る、安騎(あき)の大野に、旗すすき、小竹(しの)を押しなべ、草枕(くさまくら)、旅宿(たびやど)りせす、いにしへ思ひて
意訳:我が大君の、皇子さまは、神でいらっしゃるままに、神にふさわしく、都をあとにされ、初瀬の山は、真木が立つ荒々しい山道を、岩や木を押し伏せながら、朝に越えられ、、夕になると、雪が降る、安騎(あき)の大野に、旗のようになびくすすきや小竹(しの)を押し伏せて、いにしえを思って旅寝をなさいます。
◎軽皇子(かるのみこ)は草壁皇子(くさかべのみこ)の子です。この長歌は、柿本朝臣人麿が軽皇子の附き従い、阿騎(あき)の野を訪れたときに詠んだものです。一読すると、ただ軽皇子との旅の情景を皇子を讃えて詠っているだけのようですが、実際にはそれほど単純な歌ではありません。
というのも、この阿騎の野はかつて軽皇子の父親でありいまはもう亡くなってしまった草壁皇子が狩りに訪れた想い出の場所でもあるのです。持統天皇の子で病弱なため天皇になる前に若くして亡くなってしまいました。
つまり、かつて父である草壁皇子が訪れた想い出の場所である阿騎の野に、いまその再来のように軽皇子が馬を走らせているわけです。
巻3-0307:はだ薄久米の若子がいましける三穂の石室は見れど飽かぬかも
◎久米若子(くめの-わくご)
「万葉集」によまれた伝承上の人物です。博通(はくつう)法師が紀伊(きい)の三穂(和歌山県日高郡美浜町三尾か)の岩屋でつくった歌に登場し、そこですみはてたとうたわれています。顕宗(けんぞう)天皇の即位前の名の来目稚子であるとも、久米氏の若者であるともいわれます。
※博通法師(はくつうほうし、生没年不詳)
奈良時代の僧であること以外の経歴は全く分かりません。「万葉集」巻3に紀伊(きい)三穂(みほ)(和歌山県)の石室(いわや)でよんだ歌3首があるのみです。
巻3-0396:陸奥の真野の草原遠けども面影にして見ゆといふものを
◎「真野(まの)」は、現在の福島県相馬郡鹿島町ということです。昭和29年まではその地に、上真野村・真野村があったそうです。
※笠郎女(かさのいらつめ、生没年不詳)
奈良時代《万葉集》第4期の歌人です。閲歴・生没年不詳です。笠金村の女(むすめ)、笠御室の女、笠麻呂(沙弥満誓)と縁故ある女性等の説がある。《万葉集》に計29首入集しており,これは女性では大伴坂上郎女に次ぐ歌数です。すべて大伴家持への恋歌で短歌の形式。〈暮陰草(ゆうかげくさ)〉〈大寺(おおてら)〉等,独特の歌語を用いることが多く,多彩に相聞の情を歌っています。
ウェブニュースより
「課題見つめ、前に」将棋・藤井聡太王位 就位式で七番勝負振り返る ―― 将棋の第62期王位戦(新聞三社連合主催)で初防衛を果たした藤井聡太王位(19)=叡王・棋聖と合わせ三冠=の就位式が28日、東京都内で開かれた。
6月に始まった七番勝負では、第1局は挑戦者の豊島将之竜王(31)に敗れたが、第2局から4連勝で防衛を決めた。藤井王位は「第1局を熱戦にできずに敗れて苦しいスタートとなった。続く第2局も苦しい展開だったが勝つことができ、そこから流れをつかむことができた。七番勝負では序盤で形勢を損ねてしまった将棋が多く、課題の見つかったシリーズだった。この課題をしっかり見つめ直して前に進んで行けたらと思う」と振り返った。
7月には渡辺明名人(37)=棋王・王将と合わせ三冠=の挑戦を3連勝で退けて棋聖位を防衛し、9月には叡王戦で豊島竜王からタイトルを奪って最年少で三冠になった。現在は竜王戦七番勝負で豊島竜王に挑戦し、2連勝している。
王位の就位式後の記者会見では「豊島竜王を始めトップの方と対戦していただく機会が多く、その中で発見や改善すべき点がある。それを一つ一つ改善して成長していけたらと思う」と話した。 【朝日新聞DIGITAL 2021年10月28日 20時01分】
大谷翔平、年間最優秀&ア最優秀ダブル受賞!プレーヤーズチョイス賞とは? ―― エンゼルス大谷翔平投手(27)が28日(日本時間29日)、大リーグ選手会(MLBPA)主催の選手間投票で決まる「プレーヤーズ・チョイス賞」で、最高の栄誉にあたる「年間最優秀選手賞」と「ア・リーグ最優秀野手賞」をダブル受賞した。両部門でのダブル受賞はのべ10人目。年間最優秀選手賞は日本選手初の受賞となり、ア・リーグ最優秀野手賞は2004年のイチロー以来2人目の快挙となった。プレーヤーズ・チョイス賞とは?
大リーグ選手会が創設した同賞は1992年にスタート。選手間投票で決まる。
初年度は「カムバック選手」(各リーグから1人ずつ)のみで、翌93年から「最優秀野手」(各リーグから1人ずつ)、94年から「最優秀投手」と「最優秀新人」(ともに各リーグ1人ずつ)が加わった。97年には地元の野球発展に功績を残した選手に贈られる「マービン・ミラー賞」(1人)、98年から大リーグ全体のMVPに相当する「年間最優秀選手」が設けられた。
年間最優秀選手の第1回受賞者は、同年に70本塁打をマークして当時のシーズン最多記録を塗り替えたマーク・マグワイア(カージナルス)。これまでの最多受賞は、今季途中まで大谷の同僚だったアルバート・プホルス内野手(現ドジャース)の3回。
同受賞者の大半は野手だが、投手は今年の大谷を含め、1998年ペドロ・マルティネス(レッドソックス)、2011年ジャスティン・バーランダー(タイガース)、2014年クレイトン・カーショー(ドジャース)の4人のみ。 [日刊スポーツ 2021年10月29日7時37分]
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