瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
太宰春台は彼の晩年の随筆である「独語(ひとりごと)」の中で享保頃の江戸の様子を次のように描いています。
春台は儒者であり知識人ですから、彼の観察の対象もいささか上層階級に限られているかも知れません。ともかく、江戸が京都化してきたということは一つの傾向として、是認されてもよいでしょう。同じ儒者である室鳩巣も、
「只今江戸の繁盛、日本にては古今に無ㇾ之事に御座候」(享保七〈1722〉年)
と述べています。
既に西鶴の筆によって日本一の江戸が生き生きと描かれていましたが、江戸も中期・後期にかけて文化都市の面目も備えるようになったのです。
享保六年、江戸の人口は武家と町人を合わせて約73万5千人、天明七(1787)年の調べでは約128万5千人となっています。これらには出家・神主・遊女などは含まれていません。
その頃の世界主要都市の人口は、
ロンドン――約70万未満 パリ――約50万 ウィーン――約25万
ベルリン――約17万 モスコウ――約25万 ニューヨーク――約6万
となっていて、江戸が世界第一の人口を抱えた大都会になっていたことが知られます。
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目高 拙痴无
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