脈絡が一筋縄にはたどれない例の一つに、女性一般を意味する「おんな」という語があります。
「おんな」は中世以前は wonna と発音されて、「をんな」と書かれており、さらに遡ると「をみな」という形でした。
womina>womna>wonna>onna
と変化してきたのが、現在の形です。この「をみな」に対して、古く、また「おみな」という語がありました。この方は、後に、
omina>omna>ouna>o:na
と変化して、「おうな」という形になりますが、これは、「おきな(翁)・おうな(嫗)」と対にして言われるように、老女の意味です。「おみな」と「をみな」とは、ともに女性ですが、「お」で年長の方を、「を」で年少の方を、それぞれ区別してあらわしたものであると考えられます。「お」が大を意味し(おそらく、「おほし」の「おほ」と関係があるか?)、それにたいして「を」が小を意味したことは、「小川(をがわ)」「小舟(をぶね)」「小(を)暗し」などの語から明らかであるし、市辺押磐皇子(いちのへのおしはのみこ)の二人の皇子のうち、兄をオケの皇子(後の仁賢天皇)、弟をヲケの皇子(後の顕宗天皇)と呼んだというような例もあります(『日本書紀』清寧天皇の条)。
すなわち、「をみな」というのは、元来は少女を意味する語であったようです。この少女に対して、少年は「をぐな」と言いました。「をぐな」と「をみな」との関係は、第二音節の違いで、「ぐ」が男性を、「み」が女性を表しています。それは、「おきな」と「おみな」との関係において、「き」が男性をあらわし、「み」が女性を表しているのと並行しています。イザナキが男神、イザナミが女神であるのも同様の関係です。以上の四語は
年長(お) 年少(を)
男性(k,g) おきな(翁)―――をぐな(少年)
⇕ ⇕
女性(m) おみな(嫗)―――をみな(少女)
という、きわめて論理的な関係をもって構成されていると認められます。
ところが、これとは別にまた、
男性 をとこ
女性 をとめ
という一対の語がありました。これは、「こ」と「め」で両性が区別されていますが、共通要素の「をと」というのは、「月のをち水」とか「をちかえる」とかの語にも用いられて、「若返る」という意味の動詞「をつ」に関係づけうる語と考えられます(wötu~wötö)。すなわち、「をとこ」「をとめ」というのは、「若々しい活力にあふれた男性、あるいは女性」ということで、もと、結婚適齢期の男女を意味する語であったようです。
「をとめ」は『万葉集』では「未通女」などと表記されて、処女を言っており、もちろん、「をみな」とは別でした。
ところが、例えば『古事記』応神天皇の条の歌謡に、
……木幡の道に 遇はしし袁登賣(オ会イニナッタをとめ)……眉画き 此に画きたれ(眉ヲコンナニ長ク描イテ) 遇はしし(オアイニナッタをみな)……
のように、同一の女性を、ヲトメともヲミナとも言っている例があるように、両者は年齢の似寄りもあって、いつのまにか混同されてしまったようです。
その結果、先のばあいとはちがって、
男性 をとこ
女性 おみな
という一対の関係が、成立するようになりました。『万葉集』の
秋野には 今こそ行かめ もののふの
乎等古(をとこ)乎美奈(をみな)の 花にほひ見に
という歌はそれをよく表しています。
「をのこ」が、「男(を)の子」〔「女(め)の子」の対〕の意で、従僕とか軍卒とかの余り身分の高くない男性を言ったのに対して、「をとこ」は、元来は特に結婚の相手としての意味したのですが、やがてその適用の範囲が広まって、男性一般を言うようになったのです。それにつれて、その対語である「をみな>おんな」の方も、女性一般をいうようになります。それが今日の「おんな」という語の用法でして、異常に説いたような関係のずれの起こったことを想定しないと、「おんな」という語を語源的に説明することは、難しいのです。
sechin@nethome.ne.jp です。
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