瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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  (前)赤壁賦      蘇軾
壬戌之秋、七月既望、蘇子与客泛舟、遊於赤壁之下。
 壬戌(じんじゅつ)の秋、七月の既望(きぼう)、蘇子 客と舟を泛(うか)べて、赤壁の下に遊ぶ。
清風徐来、水波不興。
 清風徐(おもむ)ろに来たって、水波興(おこ)らず。
挙酒属客、誦明月之詩、歌窈窕之章。
 酒を挙げて客に属(つ)ぎ、明月の詩を誦し、窈窕(ようちょう)の章を歌う。
少焉、月出於東山之上、徘徊於斗牛之間。
 少焉(しばらく)にして、月 東山の上より出で、斗牛の間に徘徊す。
白露横江、水光接天。
 白露(はくろ)江に横たわり、水光天(こうてん)に接す。
縦一葦之所如、凌萬頃之茫然。
 一葦の如(ゆ)く所を縦(ほしいまま)にして、万頃(ばんけい)の茫然たるを凌ぐ。
浩浩乎、如馮虚御風、而不知其所止。
 浩浩乎(こ)として、虚を馮(よ)り風を御し、其の止まる所を知らざるが如し。
飄飄乎、如遺世独立、羽化而登仙。
 飄飄(ひょうひょう)乎(こ)として、世を遺(わす)れて独り立ち、羽化して登仙するが如し。
於是、飲酒楽甚。
 是に於て、酒を飲んで楽しむこと甚だし。
扣舷而歌之。
 舷(ふなばた)を扣(たた)いて之を歌う。
歌曰、「
 歌に曰く、
桂櫂兮蘭槳、撃空明泝流光。
 桂の櫂(さお) 蘭の槳(かい)、空明に撃ちて流光に泝(さかのぼ)る。
渺渺兮予懐、望美人兮天一方。」
 渺渺たり 予が懐い、美人を天の一方に望む。

c05a12a4.JPG 壬戌の年(元亀5年、1082年)の秋、7月の十六夜(いざよい)の日、客と舟を泛(うか)べて赤壁(せきへき)の下(もと)に遊ぶ。涼風は静かに吹き、川波一つ立たぬ。酒盃をあげて客に勧め、「明月」の詩を吟じ、「窈窕」の一節を詠う。やがて、月が東の山の端から昇り、北斗と牽牛の間をたゆたう。純白の水玉が大江(おおかわ)一面に広がり、水の輝きは彼方の空へとつながる。葦一葉のごとき舟の進むに任せ、川のおもての果てしなき広がりを切ってゆく。その洋々としたさまは、あたかも虚空をふみ風にまたがり、とどまる所を知らぬが如く、その飄々としたさまは、さながら俗世を忘れてただ一人立ち、羽根が生えて仙界に昇るかのごとくである。/かくして飲酒の楽しさはきわまり、舟べりをたたいて謡う。その歌は「桂(かつら)の櫂(さお)、蘭(もくれん)の槳(かい)。溯るは光降る流れ。はるかにもはるかなる我が懐(おも)い、天の彼方に佳き人を偲ぶ」

客有吹洞簫者。
 客に洞簫を吹く者有り。
倚歌而和之。
 歌に倚って之に和す。
其声嗚嗚然、如怨如慕、如泣如訴
 其の声嗚嗚然として、怨むが如く慕うが如く、泣くが如く訴うるが如し。
余音嫋嫋、不絶如縷。
 余音嫋嫋として、絶えざること縷の如し。
舞幽壑之潜蛟、泣孤舟之嫠婦。
幽壑の潜蛟を舞わしめ、孤舟の嫠婦を泣かしむ。

 洞蕭(どうしょう)の巧みな客が、私の歌にに合わせて吹く。その音色はおろろと恨むが如く慕うが如く、泣くが如く訴売るが如く、その余韻はかぼそくおぼそく、一筋の糸の如く絶えることなく後を引く。この音(ね)には、かの深い谷あいに潜む蛟(みずち)も舞い、放れ小舟の寡婦(やもめ)も涙するであろう。

蘇子愀然正襟、危坐而問客曰、「何為其然也。」
 蘇子 愀然として襟を正し、危坐して客に問うて曰く、何為れぞ其れ然るや。
客曰、「
 客の曰く、
月明星稀、烏鵲南飛、此非曹孟徳之詩乎。
 月明らかに星稀れに、烏鵲南に飛ぶ、此れ曹孟徳の詩に非ずや。
西望夏口、東望武昌、山川相繆鬱乎蒼蒼。
 西のかた夏口を望み、東のかた武昌を望めば、山川相い繆(まと)い鬱ことして蒼蒼たり。
此非孟徳之困於周郎者乎
 此れ孟徳の周郎に困(くる)しめられし者(ところ)に非ずや。
方其破荊州、下江陵、順流而東也、舳艫千里、旌旗蔽空。
 其の荊州を破り、江陵を下り、流れに順いて東するに方(あた)りてや、軸艫千里、旌旗(せいき)空を蔽う。
釃酒臨江、横槊賦詩。
 酒を釃(した)みて江に臨み、槊(ほこ)を横たえて詩を賦すは
固一世之雄也。
 固(まこと)に一世の雄なり。
而今安在哉。
 而して今安(いず)くに在りや。
況吾与子、漁樵於江渚之上、侶魚鰕而友麋鹿、
 況んや 吾れと子とは、江渚の上に漁樵し、魚鰕を侶として麋鹿を友とし、
駕一葉之扁舟、挙匏樽、相屬、寄蜉蝣於天地、渺滄海之一粟。
 一葉の扁舟に駕し、匏尊を挙げて、相属(つ)ぎて、蜉蝣を天地に寄す、眇たる滄海の一粟なるをや。
哀吾生之須臾、羨長江之無窮。
 吾が生の須臾(しゅゆ)なるを哀しみ、長江の無窮を羨む。
挟飛仙以遨遊、抱明月而長終
 飛仙を挟んで以て遨遊し、明月を抱いて長(とこし)えに終ゆ。
知不可乎驟得、託遺響於悲風。」
 驟(にわ)かには得べからざるを知って、遺響を悲風に託す。

1698e148.JPG 私ははっとして、襟を正して坐りなおし、客に問いかける、「なぜこうした気持ちになるのか?」と。客はいう、「『月 明らかに星はまばらに烏鵲(かささぎ)南へと跳ぶ』これはたしか曹孟徳(魏の曹操、155~220年)の詩。西の方(かた)夏口(かこう、湖北省漢口市)を望み、東の方武昌(湖北省鄂城県)を望めば、山川は相連なり、深々と樹々の緑の茂るところ、そこはたしか曹操が呉(ご)の若武者 周瑜(しゅうゆ、175~210年)に苦しめられた所。曹操が荊州(江陵を中心とする湖北省一帯)の劉氏を破り、江陵を下し、長江の流れにのって東(赤壁の方)に下ったとき、船隊は千里も続き、旗さしものは空を覆うばかり、酒を注いで長江の畔に神を祭り、矛を横ざまに抱えつつ詩を詠んだ、その時の彼はまこと一代の英雄であった。その彼も、今はどこにいるというのか。まして私と君とは、長江の岸辺で漁業(すなどり)や樵(きこり)をし、魚を仲間に鹿を友としつつ、一葉の小舟に乗って瓢(ひさご)の徳利を勧め合っている。蜉蝣(かげろう)の天地に身を寄せるがごとき、また米粒の大海に浮かぶにも似たささやかな身の上。わが生のはかなさが悲しく、長江の果てしなさが羨ましい。空翔(かけ)る仙人の遊びを我が物とし、明月を抱いて常しえに永らえようにも、願いは俄かに叶うはずもなし。悲しい秋風に乗せ、心の名残を笛の響きに托しただけ」と。

蘇子曰、「
 蘇子曰く、
客亦知夫水与月乎。
 客も亦夫の水と月を知る乎。
逝者如斯、而未嘗往也。
 逝く者は斯くの如くにして、未だ嘗て往かざるなり。
盈虚者如彼、而卒莫消長也。
 盈虚(えいきょ)する者は彼くの如くにして、卒に消長する莫きなり。
蓋将自其変者而観之、則天地曾不能以一瞬。
 蓋し将た其の変ずる者より之を観れば、則ち天地も曾て以て一瞬たる能わず。
自其不変者而観之、則物与我皆無尽也。
 其の変ぜざる者より之を観れば、則ち物も我れも皆尽きること無き也。
而又何羨乎。
 又何をか羨まんや。
且夫天地之間、物各有主。
 且夫れ天地の間、物各主有り
苟非吾之所有、雖一毫而莫取。
 荀も吾れの有する所に非れば、一毫と雖も取ること莫し。
惟江上之清風、与山間之明月、耳得之而為声、目遇之而成色。
 惟だ江上の清風と、山間の明月とは、耳之を得れば声を為し、目之に遇えば色を成す。
取之無禁、用之不竭。
 之を取れども禁無く、之れを用いても竭(つ)きず。
是造物者之無尽蔵也。
 是れ造物者の無尽蔵也。
而吾与子之所共適。」
 而して吾れと子と共に適する所なり。
客喜而笑、洗盞更酌。
 客喜んで笑い、盞(さかずき)を洗いて更に酌む。
肴核既尽杯盤狼藉。
 肴核既に尽て杯盤狼籍たり。
相与枕藉乎舟中、不知東方之既白。
 相共に舟中に枕藉して、東方の既に白むを知らず。

8f01d922.JPG 私は言った。「君もかの水と月のことはご存知のはず。川の水は『逝くものはかくの如し』といわれながら、尽き果てたことはついぞない。月は満ち欠けはするが、つまるとこと増え減りはせず。変化という点から見れば、天地は一瞬の間もそのままでは有り得ず、不変という点から見れば物もわれもすべて尽き果てることはない。さればなにを羨むことがあろう。まして天地の間では、物それぞれに持ち主があり、おのれの物でなければ、毛の一本も取るわけにはいかぬが、ただ長江の畔の涼風と、山間(やまあい)の明月だけは、耳に触れれば爽やかな響きを得、目に遇えば美しい色となり、いくら取っても禁じられることはなく、いくら使っても尽きることはない。これこそ造物主の『無尽蔵』、我人ともに享受できるもの」/客は喜び、微笑んで、酒杯を洗ってあらためて酌む。肴や果物もはや尽き、杯や皿は散らかったまま。舟の中で、たがいに体を借りて枕とし、東の空が白み始めたのも、気付かずにいた。
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